笑顔を忘れた令嬢とほほ笑みの花~追放された田舎でなぜか王子様とスローライフを満喫しています~

葉月くらら

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2話 屋敷からの追放

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「……お義母様?」



 数日後、いつものように屋敷の奥まった場所にある事務室で仕事をしていた時の事だった。ふと顔を上げた時、視線の先の窓の向こうにイザベラの姿が見えたのだ。この部屋から見える裏庭はあまり手も行き届いていない日当たりも悪い場所だ。

 どうしてそんな場所に彼女が?

 なんとなく気になって窓に近寄って見ると、イザベラは侍女もつけずに一人だった。そして掃除用具の入った小屋を通りすぎ、その先にある焼却炉の前で彼女は立ち止った。



(手紙?)



 遠すぎて手元はよく見えないが、イザベラは手紙のようなものを破ると焼却炉に放り込んでいた。

 どうしてわざわざイザベラが自らそのような真似を……?

 そう疑問に思った時だった。



「ちょっとお姉様! これはどういうことなの!?」

「え? どうしたの、ダイアナ」



 背後の扉が大きな音を立てて開いたかと思うと妹のダイアナが飛び込んできた。

 ダイアナが抱えていたのは彼女の真っ赤なドレスだった。



「どうしたのじゃないわよ! これよ!」

「これ……破れ、いえ、切り裂かれているの?」

「白々しい。どうせお姉様の仕業でしょう?」



 ダイアナのドレスは裾から大きく切り裂かれていた。とても糸がほつれて穴が開いた程度のものではなく意図的に切り裂かれていた。それをダイアナはコーデリアがやったと言っているのだ。

 慌ててコーデリアは首を横に振る。



「私が? そんなことやっていないわ!」

「嘘、昨日は私もお母様もお茶会で一日屋敷を留守にしていたのよ。使用人の数も少なかったし。人の目が無いのをいいことに、私に嫌がらせをしたんでしょう。お姉様は私と違って出来損ないだから」

「ダイアナ……!」

「このことはお母様に言いつけるからね」

「きゃあ!? ダイアナ待って……!!」



 そう言うとダイアナはコーデリアを突き飛ばした。

 床に倒れ込んだコーデリアを見下すように睨むとダイアナはフンと鼻を鳴らして事務室を飛び出していった。







「出て行きなさい」



 その日の晩、イザベラの部屋に呼び出されたコーデリアに告げられたのは冷たい一言だった。

 イザベラの後ろに控えたダイアナがニヤニヤとコーデリアを楽しそうに見つめている。

 コーデリアは言葉を失ったが、それでも一度息を整えてから口を開いた。いくらなんでも証拠も無しに犯人だと決めつけられるのも、屋敷から追い出されるのも納得できるわけがない。



「お義母様、濡れ衣です。私はダイアナのドレスを切り裂いてなどいません」

「……コーデリア、あなたは本当に可愛げのない子ね。ここまで言われてまだ罪を認めないだなんて。ダイアナのことが妬ましかったんでしょう? あなたと違ってこの子は素直で笑顔の本当に可愛い皆に愛される娘ですもの」



 笑顔、という言葉にコーデリアの視線は揺れる。

 それを消し去ってしまったのは、目の前にいるイザベラだというのに。



「しかもあなた、噂で聞きましたがアルフレッド王子にまで色目を使っていたんですって?」

「……え?」



 まったく予想外の言葉にコーデリアは目を丸くする。

 イザベラの後ろにいたダイアナが口を挟んだ。



「この前お茶会で聞いたのよ。お姉様、舞踏会の夜に王子に助けてもらったんでしょう?」

「……それは、確かにその通りです。馬車を手配していただきました」



 ダイアナが怒って先に帰ってしまい、置いていかれて途方にくれていたコーデリアをアルフレッド王子が助けてくれたのだ。もちろん、後日お礼状は出している。



「困ったふりをして王子の気を引こうとしたんじゃないの?」

「何を言うのダイアナ。そもそもあなたが一人で馬車で帰ってしまうから……」

「私のせいだって言うの!?」



 そこでイザベラが大きなため息をついた。

 蔑むような視線を向けられて、コーデリアの胸の奥が痛む。



「まったく、いつも薄暗い顔をしているあなたがどうやって『ほほ笑みの花』を咲かせて王子の相手になれると思うのかしら。なんて浅ましい……! クローズ家の恥さらしだわ!」

「そんな……! 酷いですお義母様! それに王子のお相手になろうだなんて誤解です」



 まったく予想外の言葉にコーデリアは驚いて否定した。一体どうしてそんな発想になるのかわからない。笑顔の作れないコーデリアが王妃になろうとなど考えるわけがない。けれどイザベラは乱暴にコーデリアの細い腕を掴むと部屋の扉へと引きずって行った。

 

「もういいわ。このままではいつダイアナに危害を加えられるか考えるのも恐ろしい。さっさと荷物をまとめなさい。もうこの屋敷にあなたの居場所はありません。ヒューズナー伯爵との縁談がまとまるまではと思っていたけれど、もう我慢の限界だわ!」

「待ってくださいお義母様! 話を聞いて……お義母様、あ!?」



 必死に言い募るコーデリアの言葉を無視してイザベラは乱暴に扉を開けた。そして薄暗い廊下にコーデリアを放り出した。お義母様、という小さな声をかき消すように大きな音を立てて扉が閉まる。

 コーデリアは呆然と床に座り込んだまま灯りの漏れる扉を見上げることしかできなかった。







「……デビー」

「おはようございます、コーデリア様」



 それから十日後の早朝、コーデリアは屋敷から出ることになった。

 数少ない荷物を入れた鞄一つを持って見送る者もいない裏口から静かに外に出ると、侍女のデビーが馬車の前で待っていた。デビーもコーデリアと同じように鞄一つを持っている。



「デビー、あなたはここに残っても大丈夫なのよ」

「いいえ、私の主人はコーデリア様だけです。一緒に行かせてください」

「本当にいいの? これから行く場所はとても寒いところだと聞いたわ」

「かまいません。元々孤児だった私にとっては屋根と壁があれば上等なんです」



 悪戯っ子のようにデビーが笑う。

 ああ、とコーデリアは思う。ずっと絶望の淵に立たされた心地だったけれど胸の内が少しだけ温かくなった。小さな両手を包み込んでコーデリアはデビーを引き寄せた。



「ありがとう、デビー」



 そしてコーデリアは裏口に目立たないように待たされた小さな馬車にデビーと乗り込んだ。

 さすがに伯爵家の令嬢を身一つで放り出すのは外聞が悪いと思ったのか、イザベラによりコーデリアの行先は決められていた。

 ウォーレン王国最北にある山の麓のアンカーソン領。その地を治めるクローズ家とは縁戚にあたるアンカーソン男爵家にコーデリアは預けられることになっていた。

 そこは伝え聞くところによるととても寒く、暗く寂しく貧しい場所だという。



「行きましょう、アンカーソン領へ」
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