笑顔を忘れた令嬢とほほ笑みの花~追放された田舎でなぜか王子様とスローライフを満喫しています~

葉月くらら

文字の大きさ
4 / 32

3話 グレンダとカレン

しおりを挟む
「本当にここで良いのでしょうか?」

「ええ、ここで待っていれば迎えが来ると聞いていたのだけれど……」



 初夏だというのに冷たい風が吹いて、不安そうにデビーが身を縮こまらせた。

 馬車が出発して五日目。クローズ家の馬車が二人を送り届けたのは街道沿いのアンカーソン領の入口までだった。周囲に見えるのは草原と夏だと言うのにわずかに雪化粧した山々だけだ。

 約束ではアンカーソン男爵家の者が迎えに来るはずだった。

 その時遠くからカッポカッポと呑気な音が聞こえてきた。



「まあ」

「荷馬車……ですね」



 のんびりとマイペースにこちらへ向かってくるのはいわゆる貴族が乗るような馬車では無い。それはどう見ても屋根もついていない農作業用の荷馬車だった。御者の青年と荷台にコーデリアと同年代に見える少女が載っていた。



「おーい!」



 御者の青年と荷台の少女が大きく手を振ったので慌てて向き直ったコーデリアとデビーはぺこりと頭を下げる。本当にあれが迎えの馬車なのだろうかと半信半疑だったのだ。



「はじめまして! あなたたちがクローズ家の人?」

「は、はい。そうです。コーデリア・クローズと申します。こちらは侍女のデビーです」



 コーデリア達の目の前で荷馬車が停まると少女が軽やかに荷台から飛び降りた。濃い栗色のくせ毛を高い位置で一つにまとめ、男性と同じような作業着を着ている少女はとても活発そうに見えた。意志の強そうな大きな緑の瞳がコーデリア達を見つめる。



「私はカレン・アンカーソン。アンカーソン男爵代理のグレンダの娘よ。こちらは幼馴染のギルバート。隣領の領主の息子なの」

「よろしく。カレン、足場を出してやれよ。おまえと違ってそちらさんはお嬢様なんだからこのままじゃ荷台に登れないだろう?」

「言われなくてもわかってる!」



 御者席の稲穂色の短髪の青年にコーデリア達は慌てて頭を下げる。ギルバートと話しながらもカレンはテキパキと荷台の扉を開けて小さな木箱の足場を用意した。



「さあどうぞ。足元気をつけてね」

「あ、ありがとうございます」



 上がった荷台は本来は人が乗る場所ではないのだろう。席も無いので戸惑いながらもコーデリアとデビーは板張りの床にそのまま腰を下ろした。最後に乗り込んできたカレンが苦笑いした。



「こんな荷馬車でごめんね。掃除はしてあるから大丈夫だと思うんだけど」

「いえ、急なお願いをしてしまったのはこちらですから」



 突然クローズ家から娘を押し付けられたアンカーソン家には申し訳ないとコーデリアは思っていた。しかしカレンはさっぱりとした笑顔で手を振った。



「気にしないで大丈夫。準備っていったってそんなにすることもなかったし」



 爽やかな高原の風のような人だなとコーデリアは思う。ごく自然な明るい笑顔が眩しくて羨ましい。それと同時にどうして自分にはそれができないのかと悲しい気持ちになってしまう。



(きっと私のような笑顔の無い不気味な者は気味悪がられてしまうわ)



 せめてあまり人に迷惑をかけないように暮らそう。

 そんな後ろ向きな決意をするコーデリアを乗せて荷馬車どこまでものどかな道を進んでいった。







 荷馬車に乗って一時間ほどでアンカーソン領で一番大きなアンカーソン村へと入った。その中心部に立つ大きな屋敷が領主であるアンカーソン男爵家だ。コーデリアの住んでいたクローズ家の屋敷よりは小さいが、それでも一般の家々と比べるとかなり広々としている。

 中心に本邸があり、東側には別館がある。南側には厩と畑が見えた。



「ただいまー!」

「ああ、おかえり。こっちだよ」

「おかえりなさい、お嬢様」

「あら、まあ綺麗な娘さん!」



 カレンが玄関の扉を開けて声をかけると、畑の方から女性の声が聞こえてきた。

 ここへ来る途中にも広大な畑が広がっていたが、屋敷内にある畑でも村の女性達が働いているようだった。カレンの後ろに控えていたコーデリアとデビーは慌ててそちらへ向き直る。



「いらっしゃい、あなたがコーデリア?」

「はい、コーデリア・クローズと申します。本日よりお世話になります。こちらは侍女のデビーです」

「よろしくお願いいたします」



 カレンによく似た濃い栗色の髪を高い位置で結い上げた女性がこちらへ歩いてきた。洗いざらしのシャツに土に汚れたズボンという格好にコーデリアは内心驚いた。コーデリアの知っている女性というのは皆ドレスやワンピースを身に着けていたからだ。



「初めまして、私はアンカーソン男爵代理のグレンダよ。長旅で疲れたでしょう。カレン、お茶を淹れてあげて」

「はあい」

「はいは短く! ……まったく、お転婆で困ってるの」

「は、はあ」



 ぴしゃりと叱られてもカレンはどこ吹く風だ。苦笑するグレンダにコーデリアとデビーは目を丸くした。親子とは本来このようなものなのだろうか。







 カレンに案内された応接間は、華やかさこそないが隅々まで手入れが行き届いているようだった。豊かな森が近くにあるせいか木材がふんだんに使われている温かみのある部屋だ。木をそのまま一枚の板に加工したテーブルの上にカレンがカップを置いた。



「どうぞ、ミルクと砂糖はどうする?」

「……ミルクをお願いします」

 

 ソファに座ってコーデリアは落ち着かない気分で紅茶の淹れられたカップを見つめた。映っているのは相変わらず暗い表情の自分だ。

 グレンダは着替えてからやって来ると言っていたが、イザベラからなんと言われているだろう。コーデリアを押し付けられて迷惑をしているのではないだろうか。そんなことを考えているだけで緊張してくる。後ろに控えて立っているデビーが心配そうな視線を送って来ていた。



「ねえ、驚いたでしょう? うちの母の恰好。都会じゃあまり見ないだろうから」

「え、あ、はい……。その、男爵代理のご婦人と伺っていましたので」



 アンカーソン男爵家の当主は数年前に流行り病で亡くなっている。現在は当主の妻であったグレンダが領地を守っていると聞いていた。クローズ家のイザベラと立場は同じなのだろう。ウォーレン王国では家の主人が亡くなった際、子供が成人していない等で他に相応しい後継者がいない場合は当主の妻が代理を務めることになっている。

 しかし毎日着飾って社交に精を出しているイザベラを見て育ったコーデリアは確かに領民達と共に働くグレンダの姿に驚いていた。

 コーデリアの向かい側に座ったカレンがクッキーを摘まんで笑う。



「都会の貴族は畑仕事なんてしないんでしょう? いいなあ、私なんて日焼けばっかりで……」

「カレン、おしゃべりはそこまで。外でギルバート君が待ってるわよ。送ってくれたお礼にクッキーを持って行ってあげなさい」

「はい、お母さん。……じゃあ、またあとでね」

「は、はい」



 扉が開いて入って来たのは農婦姿から濃い緑のドレスに着替えたグレンダだった。窓から見える屋敷の入口近くでは、先ほど荷馬車を引いてくれた青年、ギルバートが立っていた。確か隣領の領主の息子だと言っていただろうか。カレンは声をかけられるといそいそとクッキーを包んで部屋を出て行った。



(仲が良いのね……)



 ぼんやりとどこかふわふわしたカレンの後姿を眺めていると向かい側にグレンダが腰かけた。



「さて、あらためてご挨拶するわね。私がグレンダ・アンカーソンです。どうぞよろしく」

「コーデリア・クローズです。急な申し出をお受けしてくださり、ありがとうございます」



 コーデリアは立ち上がり深々と頭を下げた。

 縁戚とはいえほぼ付き合いが無いにもかかわらず初対面のコーデリアを受け入れてくれたのは、家格がクローズ家の方が上だから断れなかったのだろう。

 恐る恐る顔を上げてグレンダの表情を伺う。



「あの、義母ははは私のことをなんと……」

「そんなかしこまらなくていいわよ。ほら、座ってちょうだい……って私が言うことじゃないかしら」

「いえ! そんな……」

「あなたのお義母様からの手紙には色々書いてあったけど……。あなたを謹慎させたいとかね。でもうちは見ての通り王都と違って人手も少ないし、あなたの世話をさせる人を付ける余裕もないの」

「お嬢様のお世話でしたら、私が」



 グレンダの言葉に慌ててデビーが口を開く。

 やはり自分は厄介者なのだろうとコーデリアは緊張で両手を膝の上で握りしめた。



「いいえ、この村では自分の世話は自分で焼くのよ」

「え……」

「部屋はもちろん貸しますし、食事も出すわよ。でもね、コーデリア、デビー。貴方達には仕事をしてもらいます」



 にっこりとほほ笑んだグレンダの言葉に、コーデリアとデビーはぱちぱちと瞳を瞬いた。



「それでいいかしら、コーデリア?」

「コーデリア様……」



 デビーが心配そうに見上げてくる。

 グレンダはつまり、コーデリアが伯爵家の令嬢であってもただではここに置かないと言っているのだ。一体どんな仕事をさせられるのだろう。けれどクローズ家を追い出されたコーデリアにとっては家に置いてもらえるだけありがたい話なのだ。それにアンカーソン家には迷惑をかけてしまっているのだから自分が何かするのは当然だとも思えた。

 だからコーデリアは覚悟を決めて顔を上げた。



「よろしくお願いします」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄された宰相です。 正直、婚約者も宰相も辞めたかったので丁度よかったです

鍛高譚
恋愛
内容紹介 「婚約破棄だ! そして宰相もクビだ!」 王宮の舞踏会で突然そう宣言したのは、女性問題を繰り返す問題王太子ユリウス。 婚約者であり王国宰相でもあるレティシアは、静かに答えた。 「かしこまりました」 ――正直、本当に辞めたかったので。 これまで王太子の女性問題の後始末、慰謝料交渉、教会対応、社交界の火消し…… すべて押し付けられていたレティシアは、婚約も宰相職もあっさり辞任。 そしてその瞬間―― 王宮が止まった。 料理人が動かない。 書類が処理されない。 伝令がいない。 ついにはトイレの汚物回収まで止まり、王宮は大混乱。 さらに王太子の新たな女性問題が発覚し、教会は激怒。 噂は王都中に広がり、王宮は完全に統治不能に。 そしてついに―― 教会・貴族・王家が下した決断は、 「王太子廃嫡」 そして。 「レティシア、女王即位」 婚約破棄して宰相をクビにした結果、 王宮を止めてしまった元王太子の末路とは――? これは、婚約破棄された宰相が女王になるまでの 完全自業自得ざまぁ物語。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と 罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、 エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」 辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。 商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。 元夫が「戻ってこい」と泣きつくが—— 「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

処理中です...