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1話 根暗な魔女と変身薬

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「……できた!」



 ラザフォード王国、王城の片隅にある薄暗い医務室で私は一人小さな歓声を上げた。

 魔法薬学研究室に勤務している者は週に何度か医務室勤務がある。とは言っても王城の医務室はここだけではない。公に出入りが許可されている区域には複数の職員が勤務している大きな医務室があるのだけれど、この城の一番辺鄙な場所にある北の医務室にはめったに人は来ない。だから配置される職員も一人だけ。

 今日はその当番が私だった。

 でもすごく暇なのだ。

 研究室からは近いのだけれど、他は倉庫や小さな中庭に使っていない部屋が多い区域なのでまず訪れる人がほとんどいない。やることといえば医務室の清掃くらいだ。

 そんなわけで私は清掃と薬類の簡単な整理を終えた後はこっそりと個人的な研究をしていた。

 目の前にはコロンとした一見するとミルク飴のような球体が入った瓶。



「”変身薬”」



 これは私がずっと子供の頃から夢見て研究してきた薬だった。

 幼い頃絵本で読んだ魔法の薬。これを飲めば自分が思い浮かべた存在に変身することができるのだ。

 幼心に私は変身薬が本当に欲しかった。これを飲めば憧れの姉や周囲の素敵なご令嬢達みたいになれるのだと思ったから。

 まあ大人になるにつれてそんな簡単なことではないと思い知ったのだけれど。

 いくら姿が素敵なご令嬢になったって、私のこの根暗でオタク気質なマインドが変わらなければ意味が無いってことに。

 それでもこの薬を作ってみたいという魔法薬師としての私の目標は変わらなかったけれど。

 貴族学校に入って笑われようともいじめられようとも私は毎日勉強した。魔法に関する古文書を読んで、薬草学の本も片っ端から。そうして仕事の傍ら研究し続けた結果出来上がったのが今目の前にある変身薬だった。

 もちろんまだ試作段階だからまずは実験が必要だ。



「……今日はもう誰も来ないよね」



 今日も一日医務室にやって来たのは庭師のおじいちゃんが一人だけだった。

 誰にも言わずに作った薬だから他人で実験するわけにもいかない。私はそっと一度だけ医務室の外を覗いて、誰も気配が無いのを確認してから椅子に座った。

 心臓の鼓動が早い。

 本当に変身できるのだろうか。

 何かトラブルが起こっても完全に自己責任だ。

 私は意を決して変身薬を一粒飲み込んだ。

 ――思い浮かべてみたのは、姉のアリシア姉様……だったのだけれど。





「――失礼します。傷薬を貰いたいのですが」

「!?」



 変身薬を飲んだ瞬間、身体が一瞬熱くなり視界が真っ白な煙で覆われた。それと同時にノックの音がして誰かが医務室に入って来た!

 うそ、さっきは誰もいなかったのに!?



「あれ? 誰もいないのか……。なんか煙たいな」



 誰かが近づいてくるのが見える。……けど足しか見えない。私倒れてるのかな? いや、違う?

 見えるブーツの感じからおそらくこの城の騎士様ということだけはわかったけれどあとは自分の状態含めて何もわからない。

 手は動かせるみたい。ん? 手? なにこのモコモコ!?

 自分の手がなぜかこダークブラウンのタオル地のまるでぬいぐるみの手になっていることに驚愕していたらどさりと隣に鞄が置かれた。訓練帰りの騎士様がなぜか辺鄙な医務室に来たらしい。



(どうしよう……!?)



 よく見れば変身薬も散らばってしまっている。両手でそっと拾った変身薬は飴玉くらいの大きさだったはずが今の私だと1つ抱えるのが精一杯だ。つまり、私はかなり小さくなってしまっていることになる。まだ足元の私に気がつかない騎士様はキョロキョロと部屋を見渡していた。

 こ、このままじゃ見つかっちゃう!

 咄嗟に私は変身薬を抱えたまま彼の鞄の中に身を隠した。



「中央医務室が混んでたからここまで来たんだけどなあ。どこかに傷薬は……っと。あれ、薬が散らばっている……」



 机からこぼれて散らばってしまった変身薬を不思議そうに眺めるその横顔に私は見覚えがあった。

 ウィル・アンダーソン様!?

 柔らかな金色の髪にぱっちりとした大きな緑の瞳。爽やかで整った王子様のような外見で騎士団の中でも国中の女の子達に今一番人気があると言われているアンダーソン侯爵家の次男。常に多くの人に囲まれていて、私のような日陰者でも知っている有名人だ。

 正直苦手な部類だ。彼には何の罪もないのだけれど、私は完全に根暗で学生時代もぼっちだったものだからどうしてもこう……いつも明るくて爽やかでキラキラしていて皆に囲まれているっていうタイプの人に圧倒されてしまうのだ。



(どうしてこんなところにウィル・アンダーソン様が……)



 ウィル様は律儀にも散らばった変身薬を拾って小瓶に詰め直し机の上に置いた後、傷薬の軟膏を見つけたようだった。テキパキと自分で腕の擦り傷を治療したウィル様は鞄を持って立ち上がった。ぐらりと鞄の中にいた私の身体が傾いて鞄の奥へと転がってしまう。



(うわ!? え、ちょ、ちょっと待って。出られない? どうしよう!?)



 今の私の身体は柔らかいタオル地でできているみたいで少し転がったくらいじゃ痛みもないけれど、そんなこと気にしている場合じゃない。

 なんと私はそのままウィル様の鞄から脱出するタイミングを逃してしまったのだった。
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