神農町奇談

文字の大きさ
3 / 8

3

しおりを挟む
「観光客を数えれば暦がなくても日がわかる」のは、神農町もいっしょだった。中世の武器防具を目にしたい客が国の内外を問わずにやってくる。市の郷土資料館で業物をみたり、古い町並みの写真をとったり、生まれ育った一春にはなにがおもしろいのかわからない。とくに日曜日はその度が平日より加熱していた。
 かつては農道だったという裏道を伝いながら、一春は手の中で例の石をもてあそんでいた。
「……おまえの持ってるのは『蜂の牙』じゃねえか。いや、『石蜂』だったかな」
 あきらめた伊豆見が立ち去ったあとで、ヘビがそっと尋ねた。
「ただの石じゃないのか」
「ただの石だよ。少し人の手は加わっているがね」
 名前がついているなら「それならただの石ではないのではないか」と考える知恵がさすがの一春にもあった。けれどもやはりヘビは「ただの石さ」と繰りかえすばかりである。
「だからよ、それ自体はただの石なんだ。でもその石がなければ、あらゆる武器防具はありえなかったろうさ。もう落として割ったりするんじゃないぜ」
 そういってヘビは話を打ちきり、するすると壁をのぼると開いていた窓の隙間から出ていった。
「来燎火はしばらく町にいるだろうぜ、町で鋭気を養ってから飛びたつつもりさ」
 

 ヘビのいいなりではないが、家の中はもちろん、町中も大人たちがいそがしく捜索していた。たしかに探すとなれば家の外だろうが、これほど当てがない捜し物もない。
「いっそのこと……」
 一春は駅の南側へむかった。
 線路を挟んで風景は一変する。再開発が進んで、ビルが立ちならぶ。かつては南口も老舗が軒を連ねていたが、電車が二本通って町が分断されて、またさらに南の大きな市とつなぐ幹線道路が敷かれて地価が上がった。そうして跡継ぎを失った土地は再開発されて、かつての姿をしのぶよすがもない。一春が向かう公園も、かつては町の火よけ地の名残だった。
 このあたりに観光客はあまりこない。神農町に住む人々のための公園で、遊具はないが円形に芝生で広場が作られており、今日もたくさんの親子がそれぞれなりの楽しみ方を見つけていた。かつての湧き水があった土地柄を模して、池も作られている。そのわきで一春は知った顔をみつけた。
「篠笛先輩……」
 とはいえ別に一春の学校の二、三年生というわけでもない。十は年上である。以前にちょっとした出来事をさかいに顔見知りとなった。名前もそのときの事件に由来している。
「ああ、水和木さんちの。おはようございます」
「もう昼前です」
 テーブルがしつらえた席で本を読んでいる姿は、そのまま一幅の絵になるほど様になる。栗色の髪は持ちあげて束ねてもなお腰まで達し、黒縁メガネの奥でいつも夜明け色の目をいつも眠そうにさせている。幼さの残る顔は時に一春より年下にさえみえる。乾燥でひびわれた唇は、あくびをしているか気持ち悪い薄笑いをうかべているかのどちらかだった。
「まあ、かけたまえよ」ととなりの席を叩き、テーブルの魔法瓶からカップに茶を注ぐ。
 白いブラウスに濃紺のロングスカート姿が妙に似合っているが、一春との間に壁を作る赤いランドセルをこの人は本当にここまで背負ってきたのだろうか。だが、篠笛先輩を知る今の一春ならば、自信をもって首を縦に振ることができた。
 テーブルには太い本が置かれている。はさまれたしおりからみてまだ序盤、あるいはあきらめたのかもしれない。
「水和木くん、私は重大な疑問が生じてしまったのだ」
 無言で立ち上がる一春のすそを掴んで座らせる。
「よく映画やドラマで、人物がお茶を飲みながら読書しているシーンがある。あれが私にはできないんだ」
 聞き手の顔に「どうでもいい」感情が臆面もなく浮かぶ。
「本に集中していると、お茶の味や香りがわからない。かといって、お茶に集中したら、小説の内容から取り残されてしまうという……」
「本当にどうでもいいですね」
「うむ、私もそう思う。どうでもいいことを考えられる時間を作るのが、大人の休息というものだ。休日は与えられるものだが、その中身は自分で作らねばね」
 そういって、湯気が立つカップに自分で口をつけた。
「ところで変な物を持っているな」
「貸してみたまえ」と手ごと掴んで引き寄せる。一春の例の石を前後左右からのぞくが、それなら手から外せばいいものをとも思う。
「……私も長く先輩をしてきたが、こんなものを手にはめて持ち歩いている人間はみたのは初めてだ」
「知ってるんですか、これ」
「イシボーチョーであろう」
 変な単語が出たと表情に浮かんだのか、篠笛先輩は開いた本の余白にブルーブラックのペンを走らせる。
「石包丁……稲作で実ったお米を収穫するときに使うものだな、歴史教科書の弥生時代のページに出てくる」
「ああ」それなら、と一春も見覚えがあった。石のナイフという第一印象は正しかった。言われた目的に沿って動かしてみると、なるほどしっくりくる。
「蜂の牙、とかいったりしますか」
「なんだねそれは。まあ、私の知らない他の道具かもしれないが、おそらく指に紐をかけて手元の大きくないなにかを刈り取る道具なことはまちがいないだろう。君の店ではそんなものも扱っているのかい」
「買いにくる客がいますか」
「かつてはベストセラーだったろう。流行はループしてやってくる」
「二千年前からくる気配ないですね」
 ふと顔をあげると、芝生の中でバラバラだった子供たちの動きに統一感が表れ始めた。
 右へいったり、左へ行ったり、その先端にいる白い服の人物とは、あろうことか
「ろくめい……」
 一春を木の頂上からたたき落とした張本人が、子供たちにいいように追い回されていた。
「どうした水和木君。告白か」
「ちがいます、用事を思い出したので失礼します」席を立って、駆け出したが、また止まって振りかえる。「ありがとうございました、この名前を教えてもらって」
「いいよ。行きたまえ。少年でいられる時間は短いのだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...