禁断の魔術と無二の愛

くー

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5話

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 マシューは自室の寝台の上で、どうにも眠りにつけずにいた。目を閉じ、幼き日の記憶を辿っっていく。
 ——セシルのやつ、昔は頬っぺたがまんまるで、可愛かったなあ……まあ、今も別の種類の可愛さはあるけど……ありすぎるくらいあるけど……。
 
 マシューとセシルは村の学校に通い、読み書きを教わったが、優秀なセシルに比べるとマシューは勉強が苦手な子どもだった。加えて弟たちの世話や家の手伝いで学校を休むことも多かった。
 ——あれは8歳くらいだったかな……。
「セシル、なにしてんだ?」
「マシュー!」
 木陰で木にもたれて本を読んでいたセシルの背後から、マシューは不意に現れ声をかけた。
「なにって、本を読んでるんだよ」
「え~。本なんてつまんなーい。遊びにいこうぜ!」
 でっかい昆虫捕まえてやるよ、と言って手に持った虫取り網を高く掲げ、セシルの腕を引くマシュー。
 だが、セシルは動くまいと踏んばっていることに気づき、目を見開き非難がましい目を向ける。
「なんだよ~。俺と遊ぶより本の方がいいのかよ?」
「そうだよ」
 ぷくっと頬を膨らませて不満を訴えるマシューに、セシルは呆れた。
「マシューも、もっと本を読んでみたら? おもしろいよ」
「ほん~? 俺はパス!」
 腕で大きなバツマークを作ったマシューは、イーッと歯を見せた。
「本なんて、つまんない、つまんない、つまんない~」
「そんなことないよ。本はね、知らないせかいをぼうけんできるんだよ。とってもたのしいんだから!」
「俺は昆虫とってるほうがたのしい!」
 マシューは虫取り網をぶんぶんと振り回した。
「……もう、しょうがないなあ……」
 セシルが本を閉じて木の傍に置いたマシューは、やったあ! と歓声を上げ、幼馴染の手を引いて駆け出していくのだった。
 ——結局、セシルが折れてくれたんだよなあ……。俺の方がいっこだけど年上なのに、情けねえ……。
 記憶の中で微睡んでいたマシューだったが、次第に意識は途切れ、夢の世界へと足を踏み入れるのだった。
 
 今から十年前、セシルは王都の魔術学院で学ぶことになった。村から王都までは歩いて十日程かかるため、セシルは寮生活を送るという。
「どうしても、行っちゃうのかよ?」
「うん……これ以上、村長さんの厄介になるわけにはいかないから」
「……やだ」
「マシュー?」
「学校なんて行かなくていいよ。俺んちで一緒に暮らそう?」
 セシルは静かに首を振った。流行り病と不作が続き、マシューの家も苦しい。去年生まれたばかりの妹もいる。
「お前の母ちゃんから、頼まれてんだぞ。セシルをよろしく、って!」
 セシルの母は二ヶ月前、流行り病で帰らぬ人となっていた。
 幼いセシルの脳裏に、病で母のやつれた顔が過ぎる。

「セシル……ごめんねえ、まだ小さいのに……お前をひとりきりに……」
「お母さん……」
「大好きだよ、セシル。わたしの可愛いぼうや——」
「お母さん、死なないで……お願い」
「ごめんね……」
 病気のつらさを押し殺して、母は最期までセシルのことを案じてくれていた。
 セシルは命の火が消えかけた冷たい母の手に、そっと触れる。日々の労働によって、荒れた手だった。
 街でお針子をしていた母は、のちに夫となるセシルの父と出会い、結婚してこの村で暮らし始めた。
 だが、セシルが生まれてまもなく、父は当時の流行り病で亡くなってしまった。それから母は女手ひとつでセシルを育ててきたのだ。
 夫の遺した畑で未だ慣れない野良仕事に励む母に、セシルはいつも手伝いを自ら申し出ていた。母はセシルの優しさを喜んだが、その申し出を受けることはほとんどなかった。
「ありがとうねえ。気持ちだけ貰っておくよ。いいからほら、遊んでおいで」
「でも……お母さんひとりで、大変そうだよ」
「そんなことはないよ。お母さんなら大丈夫だから。それとも——遊ぶのにはもう、飽きちゃったのかい?」
「……うん。そうだよ」
「それなら本をお読み。セシルがたくさん勉強してくれたら、お母さん、とっても嬉しいよ」
 父親がいないせいでに生じる苦労を、息子にはできる限り背負わせまい、と母は一人奮闘していたのだった。
 しばらくの後——静かに息を引き取った母を見下ろし、セシルは静かに涙を流した。
「さよなら……お母さん——ぼくも、大好きだよ……」

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