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20話
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正午を少し過ぎた時刻に、カナフ達魔術師を乗せた馬車が、魔術学院の正門へと到着した。カナフは隊長との挨拶もそこそこに、学院長室へと足を運んでいく。
正門から学院の正面扉へと近付くにつれ、古めかしいとんがり帽子を被った人影が目に入り、カナフは目を見開いた。
「学院長?」
「ご苦労じゃったの。カナフや」
帰還を予知していたかのような学院長の行動にカナフは驚きかけ——そうだった、彼は稀代の占星術師——何でもお見通しか、と納得した。
「学院長、至急お話したいことが」
「ここで立ち話はなんじゃから、儂の居室で話そうぞ」
「はい」
カナフと学院長は連れ立って学院の正面扉をくぐり抜け、外界から閉ざされた神秘の学び舎の奥へと消え去った。
「——と、いうわけなのです」
カナフは事の詳細を掻い摘んで学院長へと報告した。
「なるほどのう……えらく難儀したようじゃのう。よく無事に戻ってきてくれたわい」
「無事と言えるのかどうか……。よくも……」
「気を静めるのじゃ、カナフ。この件は儂に一旦預からせてくれんかの」
「学院長のお手を煩わせずとも……」
老魔術師は静かに首を横に振った。
「くだんの魔術師については、儂の方で調査を進めておく。これは決定事項じゃ」
「……わかりました」
「下がってよいぞ。ゆっくり休みなさい」
カナフは一礼し、学院長室を辞した。
犯人——ヨアヒムには僕の手で直接制裁を下したかったのだけれど……まあ、今は他にもやることがあるしな……。
カナフはある人物に会う為、早急な足取りで魔術研究学部の棟へと向かう。
「あれ——カナフ? いつ帰ってたの?」
「アロン!」
探し人を見つけたカナフは、アロンの元へと駆け寄り、彼の肩を両手で強く掴んだ。
「ど、どうした!?」
「今すぐに、君の力が必要だ! 協力してくれ!」
「えぇっ!? なんだよ、いきなり!」
カナフは眉尻を下げ、涙を浮かべながらアロンに訴えかけた。
「婚約者がいた!」
「はぁっ? ……って、例の騎士の話か?」
みなまで言わずとも理解に至ったアロンの察しのよさを頼もしく感じつつ、カナフは唯一の頼みの綱をしっかと握りしめる。
「どうしたら……僕はどうしたらいい?」
「はぁー……とりあえず、お前の部屋で詳しく話を聞いてやるから」
「助かる! ありがとうアロン!!」
アロンはカナフに腕を引かれながら、やれやれ、世話の焼けるヤツだなあ——と内心で愚痴を零しつつ、頼りにされて満更でもない表情を浮かべるのだった。
カナフは息切れして何度か足を止めつつも、カフェ・ベルデへと辿り着いた。
——そういえば、騎士達との合同任務から帰ってから——ハルに気持ちを伝えてしまってから。店に来るのは初めてだな……。
カナフは慣れない運動によるものではない喉の渇きを覚え、ゴクリと唾を飲み込む。
いや……今は一刻も早くハルに伝えてやらないと。平常心、平常心——と自身に言い聞かせ、緊張に胸の鼓動を早めつつも、いつもより重たく感じる店の扉を押し開けた。
「いらっしゃいま——……」
「や、やあ。久しぶり」
「……お久しぶりです。こちらのお席へ、どうぞ」
ハルは普段より幾分かぎこちない所作で、カナフを空いている席へと案内した。
「ご注文はいかがいたしましょう」
「えっと……本日のおすすめで」
「かしこまりました」
「…………」
うぅ、やっぱり気まずいな。ハル、いつもより事務的だったような——とカナフは内心独り言ち、詰めていた息を小さく吐き出した。
あの日、人生で初めての告白をして——きっぱりとフラれたんだよな……自分でも、よくここに来られたと思う——いや、アロンが調べてくれた婚約者のことがなければ、絶対に来られてなかった。だって、この情報はすぐに知らせてやらないと——。
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