ラビュステル 〜呼ばれし者と死者たちの王国〜

くー

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第一章 失くした記憶と巡り会う運命

1. 目が覚めたら

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 目を開けると、雲一つない青空が広がっていた。

 近くで水の流れる音。少し遠くの方からは、鳥の可愛らしい囀りが聞こえてくる。
 
 なんていい天気なんだろう——
 
 
 ——そういえば……

 
 ここは、どこなんだ——? 


 草の上で仰向けに横たえていた上体を起こし、辺りを見回した。

 見晴らしがいいなあ……丘の上だろうか。すぐ近くに小さな小川が流れているのを見つけた。そよそよと、穏やかな風が吹いている。



 たしか……今日は面接が二件入っていて、どうにかこうにか終わらせて、家に帰るために電車に乗って……




 ——あれ? 

 それからの記憶がまったく思い出せない。 
 
 うそだろ——⁉︎ 
 背筋に悪寒が駆け抜けるのを感じた。
  


 あっ——そうか! 
 
 これは夢か……

 
 僕は目を瞑り、早く覚めてくれ、と心から祈った。

 
 これは夢だこれは夢だこれは夢だ……

 
 

 
 
  
 
 どうしよう……覚めない……

 
 もう一度草の上に身を横たえても、意識はハッキリとしたままだった。

「夢じゃない……? 現実?」

 起き上がり、恐る恐る目を開けた。
 淡い期待は裏切られ、僕はさっきとまったく同じ場所にいた。相変わらず、そよそよと心地のよい風が吹いている。

 チチチ……小鳥の囀り。

「ハア——?」

 夢じゃない? 現実? 一体何が起こった⁉︎ 目が覚めたら知らない場所にいたって……記憶喪失⁉︎ 
 いや——名前も年齢も、昨日の夕食も覚えている。ただ、なぜここにいるのか、どうやってここに来たのか、その記憶はどうやっても思い出せなかった。
 
 やばい……どうしよう。とりあえず、ここはどこなんだ。——そうだ! 

 立ち上がり、服のポケットを探ったが、ハンカチ以外何も入っていなかった。ちなみに服装はというと、上は襟付きの白いシャツと紺色の薄手のセーター、ベージュのパンツ、靴は黒のスニーカーを履いていた。
 

「うそだろ……」

 スマホどころか、小銭一つ持っていないなんて、そんな……
 

 もう一度辺りを見回すも、人の手による建造物はひとつも見当たらない。遠くの方には、霞んだ山々が見えるだけだった。

「き、きっと——何とかなるはず……パニクっちゃダメだ。落ち着こう……そうだ、深呼吸——」

 自分を落ち着かせるためにに独り言を呟いていたせいか、誰かがこちらへ近づいて来る足音に直前まで気づかなかった。
 すぐそばから聞こえた、草を踏みしめる足音にハッとして振り返った。


 そこにいたのは外国人の少年だった。金色の髪が陽の光を受けてきらきらと輝いている。スクリーンの中から抜け出してきたような整った顔立ち。肌は透き通るように白く、頬や唇は健康的に赤く色づいている。くりっとした琥珀色の大きな目が、上目遣いにこちらをじぃっと見つめていた。
 
 やっぱりここは、海外なのか……? 
 
 こういうとき、なんて言ったらいいんだろう。もっと英語を勉強しておけばよかった……

「あの……大丈夫?」
 どう見ても外国人の美少年の口から出たのは、流暢な発音の日本語だった。変声期前のボーイソプラノが可愛らしい。

「……あ、ええっと……」
 少年の重たげなまつ毛は髪と同じ金色だった。どう見ても日本人の見た目じゃないけれど……あ、日本で生まれ育った子なのかなあ。
 ということは、ここは日本? 
 
 少年はゆっくりした足取りで、こちらへと歩み寄ってきた。
「お兄さん、何か困ってる? 僕にできること、ある?」

 なっ……いい子っ——! 

「あ、ありがとう! それじゃ、悪いんだけれど……スマホ持ってたら貸してくれる?」
「すまほ?」
 少年は首を横に傾げた。身長は150㎝より少し低いくらいだから……歳は小学校高学年くらい? そのくらいだと、持ってない子もいるのか……? 

「ぼく、すまほ? 持ってないよ」 
「ああ、そっか……」
 持ってないか……どうしよう……
「あの……すまほってなに?」
「え?」
 スマホを知らない? 小学生が? 
「ここって……日本だよね?」
「にほん……? ちがうよ」
 
「え……?」
 
「ここは、ルフェーブル王国のモネルの村だよ」
 
「ルフェーブル王国……?」
 聞いたことのない国名だ。
「ええっと……響きから察するに、ヨーロッパだよね……?」
 
 少年は、困ったように首を傾げた。
 
「ヨーロッパ? 違うよ。ルフェーブル王国はアーヴィング連合の加盟国のひとつで、エルフの王様が治める国だよ」

 エルフ——? 

 とがった耳を持ち、人間よりも寿命の長い種族。
 
 でも、実在しているわけじゃない。人間が空想した、ファンタジー世界の産物だ。



 そんな——




 金髪の隙間から覗いている少年の耳の先は、ツンと尖っていた。



 じゃあ、ここは……


 
 異世界——!⁉︎? 

 少年は日本人どころか、人間でもなかった。

 ファンタジーの定番種族、エルフだったのだ——


 
 
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