ラビュステル 〜呼ばれし者と死者たちの王国〜

くー

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第一章 失くした記憶と巡り会う運命

2. もう一人の迷い人

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 この状況——いわゆる……いや——でも、まさか……
 
「あの……」
 エルフの少年が、おずおずと話しかけてきた。

「……ん?」
「おにいさん、名前は?」
「僕の名前は……中村光樹……ミツキでいいよ。君は?」
「ぼくはアルシュ。えっとね……ミツキはどこから来たの?クリュシェットの街?」
 
 またもや聞いたことのない地名だった。ここが本当に異世界なら、当然か……

「……僕は日本のN市ってところから来たんだ」
「にほん……?聞いたことないなあ。ミレトスの外の国?」
「ミレトス……?ここはミレトスっていう国なの?」
「ううん。ミレトスは国の名前じゃなくて、大陸の名前なんだよ」
「ああ、なるほど……うん……きっと普通じゃ行けないくらい、日本とミレトスは遠くにあるんだと思うよ……」

 どうしよう……本当に異世界に来てしまったのだろうか。

 そのときふと、背後から誰かが近づいて来る気配を感じた。

「え……?」

 振り返ると、見知らぬ青年がこちらへ向かってふらふらと歩み寄ってきていた。
 少年——アルシュと目線が合ったが、知らない——と、首を横に振られた。
 

 青年の髪は艶やかな光沢を放っていた。髪色は烏の濡羽色——濃い黒だが、白金色にきらめく髪が幾筋か混じっている。長さは襟足で短く揃えられているが、顔の側面の髪は襟元まで伸ばされていた。
 服装は髪と同様に黒を基調としているが、一目でわかる程の高級な生地で仕立てられており、ところどころに煌びやかな金糸の刺繍があしらわれている。素人目にも相当な値が付くと確信できる、見事な金細工の装身具をいくつも着けている。これらの衣装を纏った青年は、神秘的で高貴な雰囲気に包まれていた。
 肌は透き通るように白く、顔立ちは女性のように整っているが、華奢というわけではない。身長は僕よりも少しだけ高い。175㎝程ではないだろうか。
 わずかに朱が差されたような切れ長の目じりは、少々釣り上がっていて、意思の強さを感じさせた。長いまつ毛に縁取られた瞳は光を反射し、黒曜石のようにきらめいている。

 異世界の貴族——?
 青年の高貴な身なりや容貌は、のどかで自然溢れるこの場所に一切馴染まない出で立ちだ。当然、どう見ても庶民には見えない。

「すまないが……」
 青年は形の良い唇を開き、声を発した。
 
「は、はい……?」
「ここは、どこだろうか……」
「ここはルフェーブル王国のモネルの村だよ」
 青年はアルシュと目線を合わせた。
 
「ルフェーブル……ああ、アーヴィング連盟の加盟国か」
 青年は俯き、額に手のひらを当てた。目蓋を閉じ、眉根はきつく寄せられている。白い肌に影を落とす黒い睫毛は驚く程に長い。しばらくすると、諦めたように首を横に振った。

「なぜ……私は、ルフェーブル王国にいるのだ?私はどこから来たのだろうか……?」
 顔を上げた青年の表情は、不安に満ちていた。
 
「え……」
「何もわからない……ここはどこで、私は誰なのか……」
「なっ……⁉︎」
「おにいさん……もしかして、記憶喪失?」

一拍置いて、青年は答えた。
 
「……おそらく、そのようだ」

「どうしよう……ミツキ……」
 僕とアルシュは思わず顔を見合わせてしまった。


 
 
 ……落ち着くためにも、一度状況を整理しよう。

 僕の名前は中村光樹。小さい頃はあだ名で呼ばれていたこともあったけれど、今はそういうことはない。そんな陽気な性格でもないせいかな……
 年齢は二十一歳。大学四回生で、就職活動真っ只中だ。予定していた面接をすべて終わらせ、家に帰るために電車に乗ったところで、記憶は途絶えている。

 異世界転移——

 僕は、地球ではないどこか別の世界へと飛ばされてしまったのだ——まるで小説やゲームの主人公のように、一切の前触れもなく。
 何度も何度も、夢ならば醒めてくれと願った。
 けれども、困ったことに何度頬をつねっても、『これは夢だ』と念じても、状況は変わらないままだった。

 落ち着け落ち着け……

 ふう——……深呼吸。


 ——で、……これから一体、どうしたらいいんだ……?


「ミツキ、おにいさん……」

 エルフの少年、アルシュが僕たちに声をかけた。

「あのね……近くに、ぼくの住んでるモネルの村があるんだ。……来る?」
「えっ……いいの?」
「うん……だって、ぼくのにいちゃんが言ってたんだ。困ってる人は助けてあげないとダメだよって……」

 アルシュ……なんて親切で、いい子なんだろうか。異世界で初めて会ったのが、この子でよかった……本当に。

 
「おにいさん、大丈夫?こっちだよ」
アルシュは黒髪の青年の手を取って歩き始めた。
「世話をかけてすまない……私の名はおそらく、クロだ。きみの名前は?」
「ぼくはアルシュ。名前……おそらくって?」
 
 クロと名乗った青年は、胸元から万年筆らしきペンを取り出した。

「ここにその名が彫られていた。これが私の持ち物であるならば、『クロ』が私の名前であるはずだ」
「それじゃあ、これからよろしくね、クロ」
「ああ……よろしく頼む、アルシュ」
 それからクロは、僕の方へと顔を向けた。
 
「僕はミツキ。ここ……ミレトス?からとても遠い国から来たんだ。……気を失ってたみたいで、目が覚めたらここにいたんだ。どうやって来たのかは分からない。そこだけ記憶がなくて、どうにも思い出せそうになくて……きみと少し境遇が似てるね?」
「そうだったのか……だが、自分が何者かわかるだけ私よりはマシだよ」
「ん……」

 どうかな……。クロの身なりはいかにも、異世界の住人といった風情だ。記憶を取り戻しさえすれば、家族や知人なりが見つかるだろう。

でも僕は——……

「こっちだよ。ぼくについて来てね」

 アルシュの声に沈みかけた思考が浮上する。エルフの少年に導かれ、僕はゆっくりと歩き始めた。


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