ラビュステル 〜呼ばれし者と死者たちの王国〜

くー

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第一章 失くした記憶と巡り会う運命

16. 護衛任務

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 集合場所に指定された街の東側の門に到着すると、そこには既にルークの姿があった。
「お!すっかり魔法使いらしくなったな」
 昨日、街で揃えたローブとブーツを着込んだ僕を見て、ルークは親しげに笑っている。
「でもまだ魔法は使えないんだけどね」
「まあ、一朝一夕じゃあな。依頼人には黙っておくか」
「そうしてもらえると助かるよ」
 
 少し待つと、依頼人であるローウェル氏と荷を積んだ馬車が姿を見せた。馬車には白い幌が取り付けられており、荷台にははたくさんの荷物が積まれている。ローウェル氏の他には、馬車の御者と使用人らしき男が一人。ローウェル氏を含めてこの三人が、今回の護衛対象というわけだ。
 
「みなさん、本日はよろしくお願い致します」
「ローウェルさん、ご安心ください。大切な積み荷は俺たちが責任を持って守ります」
 パーティのリーダーであるルークとローウェル氏は握手を交わした。 

 
 馬車は街の門から出立し、街道沿いをゆっくりと進んでいく。木々は開けており、見晴らしがいい。遠くに見える山々は青く霞んでいた。
 昨日取り決めておいた通り、依頼人たちは馬車に乗り、僕たちは馬車を囲むようそれぞれの持ち場についていた。魔物や盗賊の接近を警戒して、馬車の四方を取り囲む配置をとっている。ルークが馬車馬の横に並び前方を警戒し、僕とクロは馬車の左右につき側面を、気配に敏感なエルフのアルシュが後方を担当する。

「お天気よくてよかったね」
「本当に。護衛中は傘を差すわけにはいかないしね」
「ぼく、カルトゥーシュって行ったことないや。クリュシェットのお隣さんなのにね」
「そうなんだ。どんな街なんだろうね?」
「揚げ物料理がおいしいんだって!着いたら食べようよ」
「それは楽しみだなあ」

 ハア——……聞こえてきたのは、クロの重たげな溜め息だ。
 
「ふたりとも、仕事中だぞ。もっと緊張感を持つべきだ」
「はーい。ごめんなさい」
「ごめん、クロ。仕事に集中しなきゃね」
「いや……わかってくれたのならいい」
 
 アルシュを振り返ると、少年はペロっと小さな舌を見せた。
「てへへ……怒られちゃったね」

 クリュシェットからカルトゥーシュまででおよそ五時間。途中馬を休ませ昼食をとる時間を挟んでも、まだ陽の高い内に余裕をもって到着できる。
 カルトゥーシュの街か……一体どんな街なんだろう……

 
 
 クリュシェットの街を出て一時間程経った頃——街道の左右に徐々に木々が並び始めた。
 木の葉が風に揺れる音を遮り、馬車の後方から声を上げたのは、アルシュだ。
 
「ミツキ、クロ……」
「どうかした?アルシュ」
「姿は見えないけど、人の気配がする」
「え……」
「確かか?」
「十人くらい……林の中に潜んでる」
 ひそめた声でクロがアルシュに囁く音が、かすかに耳に届く。
「落ち着くんだ、アルシュ。私たちが気づいていることを、賊どもに悟られてはならない」
「僕はルークに報告を……」

 そのときだった。
 
 ヒュンッ——という、風を裂く鋭い音が木立の奥にある林の方から聞こえ、足元を見ると地面に矢が刺さっていた。
「敵襲だ!」
 ルークと依頼人たちに知らせるため、僕は大声で叫んだ。御者が手綱を引き、馬を急停止させた。辺りに馬の嘶きが響き渡る。
 
「怪我はないか?みんな⁉︎」
 馬車の前方からルークの声と、剣を鞘から引き抜く音。
「ルーク!囲まれてるよ。どうしたら……」
 ヒュンッ——また、林の中から矢が……っ!矢は僕の体のすぐ横を掠めて、馬車の車輪に付き刺さった。
 
「林の中から誰かが矢を!狙われてる……!」
「ミツキ!」
 弓矢を携えたアルシュが、庇うように僕の前に立った。素早い動作で弓を引き絞ると、林の中に向かって矢を放った。
 
「ぎゃああ!」
 矢が命中したらしく、粗野な男の悲鳴が林の中から上がった。
 
「伏せて!」
 アルシュに腕を引かれ、倒れ込むように地面に身を伏せる。頭上を襲撃者の放った矢が掠める気配を感じ、背筋に悪寒が駆け抜ける。
 
「積荷を寄越せえぇ!」
 
 怒号を上げながら、武装した襲撃者たちが馬車目がけて走り出してきた。十人、いや、もっとだ。布を顔に巻き付け、目以外の顔のほとんどを隠した男たちは、手に斧や槍、剣といった得物を各々が携えている。
 
「ア、アルシュ、どうすれば……」
 すぐ近くからクロの声——?振り返ると、荷台の下に真っ青な顔色のクロがいた。  
「ミツキ、ぼくらも荷台の下に隠れよう!」
「わかった……!」
 
 襲撃者たちにより、地面が荒々しく踏み鳴らされている。僕の心臓は、いままで感じたことがないくらい、張り裂けそうなくらいに激しく鼓動を打っている。アルシュは荷台の下、無理な体制ながらも弓を引き絞り、男たちの襲撃に備えている。
 
「わ、私も……」
 
 クロはそう言って杖に魔力を集中させようとしたが、その手は恐怖のせいかガタガタと大きく震えていて、魔法を使えるようにはとても見えなかった。
 
 そうだ……護身用のナイフを持っていたんだ。今まで気づかなかったなんて……
 
 腰のベルトにさげられていたナイフを抜き、手に握り込んだ。
 
 
「盗賊どもめ、俺が相手だ!」
 
 ルークの声の後に、刃物を撃ち合う鋭い音が響き渡る。
 
 荷台から、複数の男たちの足元が見えていた。盗賊どもは馬車の幌を切り裂き、荷台に上がっているようだ。
 
「ひぃいい!」
「積荷を寄越せ!」
「な、なんでも持っていってください!ですから、どうか、命ばかりは……」
 
 
 荷台を支える薄い木の板が荒々しく踏み鳴らされ、何かが壊される激しい音を、僕たちは荷台の下でじっと息を殺して聞いている他なかった。音の中にはローウェル氏やその使用人のものと思われる痛ましい悲鳴が混じっていたが、彼らを助けるために荷台の下から外に出るなんて……できない。無理だ。
 
 
 
 やがて、悲鳴は止んだ。
 
 荷台の板の隙間から、ポツリポツリと何かが滴り落ちてくる。錆びた匂い。
 その赤い液体は、頭上で惨劇が起きたことを告げていた。
 
 次は僕たちの番……?
 心臓が早鐘のように脈打ち、手の震えは止まらない。
 
 ついさっきまで他愛無い話で笑い合っていたのに……
 
 
 
 馬車から引きずり出され、その後は——
 
 
 いやだ、死にたくない…… 
 
 
 
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