離縁の先で貴方を見つける〜母と子と首なし騎士の新生活〜

ハチキタ

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13話:鱗病<うろこびょう>


次の日、昼食を食べたアルフレッドは庭先で一人ブランコを漕いでいた。


「クリフ、元気になってないかな・・・」


昨日たくさん泣いたせいか、瞼がまだ腫れぼったい。

昨夜のことを思い返すと、少し恥ずかしい。

でも、クリフに魔法のことを話す許しをもらえたのは、嬉しかった。

一緒に魔法が使えたら、きっと楽しい。

そんな期待に胸は高鳴るけれど、それ以上に心を占めるのは、彼の体調のことだった。

お見舞いに行こう。トーシャを誘ってみようかな。

もうすぐ買い物に出る時間でもあるし、ちょうどいいタイミングかもしれない。

アルフレッドは、はずむ気持ちのまま飛ぶようにブランコを降りた。

トーシャの元へ向かおうと、家の中へ歩き出す。そのときだった。

背後で、何かが倒れる音が聞こえた。


「・・・?」


アルフレッドは首を傾げながら振り返る。

音は生垣の穴の方から。

そこはいつもクリフが忍び込んでくるのに使っている、子供がやっと通れる小さな穴。

漠然とした不安に駆られながら穴の前でしゃがみこみ、覗いた。

木の葉の合間から見えるのは小さな手だった。


「トーシャ!!」


アルフレッドの悲鳴に鳥が驚いて飛び立ち、馬小屋にいる白馬も鳴き声を上げる。

トーシャもまたすぐに彼の元に駆けつけると、アルフレッドが真っ青な顔で穴を指さしていた。


「クリフがっ!クリフが!!」

「・・・・・・」


大人が入るには小さすぎる穴を、無理やりこじ開ける。

木々の折れる音もお構いなしに広げると、そこには幼い子供が力なく倒れていた。


**

担ぎ込まれたクリフに病院は一時騒然となった。

フェリシアはトーシャからクリフを預かり、ベッドに寝かせると素早く容態を確認する。


「フェリシアちゃん、クリフ君は?」

「熱は高いですが、何より著しく衰弱しています。呼吸はできていますが、脈も弱く、早いでーー」


フェリシアはマーサに容態を説明しながら心音を計りやすいように上着を脱がす。


「これは・・・・・・」


そこにはクリフの腹から首にかけて黒いアザが浮き上がっていた。

フェリシアとマーサは顔を見合わせる。

幾多にも折り重なるように皮膚を覆うアザは、昨日フェリシアが話した症状と一致していた。

嫌な予感が、最悪な形で当たってしまった。


「マーサさん!うちの子、クリフはどうなっているんですか?」


病院からの知らせに駆けつけたクリフの母親は、息子の状態に声を上げる。


「これは鱗病<うろこびょう>だよ」


昨日までは何もなかった肌に、アザが幾重にも浮かび上がり病名の通り鱗となっている。

クリフの母親の言葉に、聴診器を持ったままマーサは呻くように答えた。

聞き覚えのない病名に彼女が戸惑っていると、フェリシアが説明をする。


「鱗病は、魔獣などの瘴気が身体に蓄積することで発症する病です」

「一般的に瘴気への耐性は、大人になるにつれて高くなりますが、子供はその耐性がありません」

「なんでうちの子だけがこんなっ・・・」

「クリフ君には魔力があるから・・・」


マーサは苦しむクリフの身体を観察し進行状態を確認しながら、フェリシアの言葉に続けた。


「瘴気は身体の中の魔力の元であるマナを吸う習性があるんだよ。私たちのように魔力がない人が持っている微量なマナなら吸われる量も少ないから、悪化する前に病は死滅する」


そのため、多くの場合は軽症で風邪として診断される。

フェリシアは目を伏せながらクリフの母親に伝える。


「けれど、クリフ君のように魔力が強い子は吸われる量も多くなり、病が進行して・・・今のように鱗のようなアザが発症します」

「そんな瘴気なんてここにそんな物・・・この村にはないですよ!それなのに何故!」


信じられないと声を荒げる母親に、マーサは頷いた。

瘴気の元は魔獣の血の腐食から発生する。

鱗病はかつて、魔獣が大量発生した時期に広く蔓延したが、今となってはほとんど見られず、事実上姿を消したといってもいいだろう。


「瘴気については同感だが、今はそれどころじゃないよ」


鱗病の恐ろしさは、鱗が出た場合、ほとんどの場合が体内の魔力を吸い尽くされ死に至ることにある。


「フェリシアちゃん、中央部では昨年流行していたんだね」

「はい・・・原因は結局不明でしたが・・・聖女の大奇跡により人々の病は良くなりました・・・」

「聖女様をここに連れてくるにしても、時間が足りないね」


クリフの病気の進行は異常なほど早い。

彼の体力次第だが、このままでは明日までも持つか。


「それにしてもフェリシアちゃん、あんたこの病にやたら詳しいね」


鱗病は既に殲滅したとされていた病。

昨年、中央部で流行していたとはいえ、あまりに詳しすぎる。

マーサの問いかけにフェリシアは頷いた。


「はい・・・アルも、以前この病にかかりました。」

「処方箋は?」

「・・・・・・」

「教えてくれるかい?」


昨日はアザもなく、可能性が低いからと薬の処方についてまでは話せていなかった。

母親はフェリシアの言葉に救いの一手を見出すが、一方のフェリシアは顔色が悪く、言葉の歯切れも悪い。

マーサは嫌な予感に駆られながらも、フェリシアの返答を待つ。


「使用するのはエツミと、オウカです」

「・・・それは、また・・・」


驚愕の声を上げるマーサに、母親は説明を求める。


「エツミは瘴気中毒で使用される薬草だよ。ただ、オウカは毒・・・だ」


オウカの別名は“悪魔の花”。

美しい薄紅色の花で観賞用として愛されるが、毒性が高い。

さらに魔力を吸う習性から、魔法使いが忌み嫌う植物だ。


「フェリシアちゃん・・・・・・」

「そんなので治るわけないじゃない!」


クリフの母親の疑惑の目に、フェリシアは首をすぼめる。

彼女の顔色は真っ青で、指先が震えていた。

フェリシア、だからアンタは・・・。

マーサは聖女の“大奇跡”を聞いた際に、もう一つ気になる噂を耳にしていた。

ー聖女様の陰で、シュトラウス公爵夫人が毒を盛った毒婦であると。

フェリシアをよく知るマーサは酷い与太話だと聞き流していたが、当時彼女は今のように人々から弾圧されていたのだろうか。


「ちょいと待ー」

「僕は治ったよ!」


バンっと大きな音を立てて、診察室に入ってきたのはアルフレッド。その背後でトーシャが控えていた。


待合室で待機していたが、大人達の会話が耳に入り、思わず乱入してしまったのだろう。


「母様は嘘つきじゃない!!だって僕も同じ病気になったもん!」

「嗚呼、そうだ。アンタのお母さんは嘘つきじゃないさ」


マーサは必死に訴えるアルフレッドの背を撫で、なだめる。


「そういうわけだ、クリフ君のお母さん。今は最後まで話を聞こうじゃないか」

「そんな、マーサさん」

「私だってクリフ君を治したい。だが、手の施しようがない今、フェリシアちゃんの方法しかないさ」


幸いにも実証例もあるみたいだしね、とアルフレッドの背を叩くと、彼は力一杯頷いた。

しかしフェリシアは、アルフレッドが来ても浮かない顔のまま説明を続けた。


「オウカの花の毒性を取り除けば、魔力を抑えるだけでなく薬草の効力を底上げします」


しかし、と言葉を切り、俯いた。


「高温の中でしか解毒できないんです・・・」

「温度?」

「1000度の高温です」

「はぁあ!!1000度って、製鉄じゃないかい」


桁違いすぎる温度に、マーサは狼狽える。

ここには製鉄場なんてない。

あったとしてもその温度にするまでに時間がかなりかかる。

大人達の絶望的な表情に、アルフレッドは瞳を揺らす。

子供ながらに、このままではクリフが危ないことは理解していた。

ークリフを助けるために僕にできることがある!


「僕がやる」

「いや、アル君・・・あんたそれは・・・」


幼い子供の声に、大人達はギョッとする中、フェリシアとトーシャだけが静かにアルフレッドを見つめる。


「アル・・・」


魔法の素人であるフェリシアにもわかる。

初級魔法どころではない、高度なことを要求していることを。

沈黙する空間を破ったのは、別の子供の掠れた声だった。


「・・・やっぱ使えんじゃん・・・魔法・・・・・・」


真っ青な顔で呟くクリフの言葉とは裏腹に、その顔はどこか嬉しそうであった。


「クリフ!!」


意識を取り戻したクリフに、母親は駆け寄る。

少年は咳き込みながらも、頷いて応えた。

その傍でアルフレッドは困ったように笑いながらも、弱り震える彼の手をギュッと握る。


「クリフ、ごめんね。今度は嘘じゃないから・・・お母さんとお薬用意するから、だからもう少しだけ待っててね」

「仕方ねぇな・・・頑張ってやるよ、気張ってこいよ・・・」


話すのも辛いだろうに、クリフは強気な言葉で笑った。

子供達の友情に、フェリシアは大きく息を吸い、吐き出すと、思い切り自身の頬を叩いた。


「よし!」


気合いを入れねばならない。

そのためには準備が必要だと、トーシャの方を向くと、タイミングよく魔法板が差し出された。


『何が必要だ?』

ーーこの人は私の話を疑うこともせず、当たり前のように信じてくれている。


「トーシャ・・・手を貸して。アルも」

「うん!」

「勝手なこと言ってるのはわかってる!でもあの子が死んでしまうなんて!そんなの!」

「最善を尽くします。マーサさん、クリフ君をお願いします」


診察室を出ようとするフェリシア達に、クリフの母親は縋る。

その手を握ると、力強く頷いた。


「勿論。担当医は私だからね。調合は・・・あの家があるもんね」


託されたマーサは笑顔で快諾し、かつて共に仕事をした彼女を思い出した。

鱗病にも精通していた彼女の家ならば、道具は揃っているだろう。


「はい、お借りしている家に全て揃っています」


既に外は暗く、夜になっている。

クリフの容態は安心できないが、彼らに託すしかない。

マーサは3人の背中を祈るような思いで見送った。
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