トンネルを抜けると、そこはあやかしの駅でした。

アラ・ドーモ

文字の大きさ
11 / 33
ほたる咲く丘

1-8

しおりを挟む
「にゃあ」と、まるで僕にはじめましての挨拶をしたみたいに鳴いてきた猫。
 うん。猫だ……犬でもないし文鳥でもない。
 小さくて三角形の耳がぴんと立ってて、目が金色のまん丸で、白い毛に包まれてて……

 あ!!
 僕の方へと音もなく歩いてきたかのあに、つい反射的に後ずさりしてしまう。動物が苦手ゆえに。
 ……って、そうだ! この猫! 
 おじいさん……じゃなくて、社長のひざの上に乗っていたあの白い猫と一緒だ!
「なぁお」って、当たりだって僕に話してきてるのかな? ごめんなさい。猫の言葉は分からなくって……
「マジじゃ。彼女がここの駅長じゃよ。よくいるマスコットではなく、正真正銘の駅長なのじゃ」
 そう言って社長は、駅長の机の引き出しから取り出したもの……
 それは、小さな制帽と制服の上着だった。
 それを彼女は嫌がるわけでもなく、社長の手ですんなりと着ていた。
「ほおら、どこから見ても立派な駅長じゃろう?」
 僕の着ている一般職の制服とは違い、帽子をぐるりと取り囲む赤いラインが走っている。それは最上位職をあらわすしるし。
 同様に制服の上着の両袖には金の刺繍が。紛れもなく駅長だ。
 さらに左胸ポケットには真鍮製の名札が。
 サイズこそ小さいが、よく見るときちんと「駅長 白妙」と刻まれている。
「そうだ、タエちゃんなどと気安く読んではダメじゃぞ。きちんと駅長と呼ぶのじゃ」
 僕はまだ実感がわかないまま、はぁ……と気のない答え方をしてしまった……

 前足でぺろぺろと毛づくろいしている駅長を前に、社長は最後の言葉をくれた。

「夢で話したとおりじゃ。好きと思えばおのずと向こうから近づいてくるし、邪険にすれば離れてゆく……まあ、これは猫だけとも限らん。しかしこの事を君の頭の片隅にでも置いてこれからの仕事に用いてもらえれば、きっと周りからも慕われてゆくはずじゃ。頑張りなさい」

 そうして社長は、次の電車で帰っていった。

 ……何からなにまで不思議すぎて、全然頭の整理が追いつかなかったけど。

 夕焼けに染まる空と共に、小さくなる電車を見送ると、急に不安が心の奥底からどっと押し寄せてきた。
 小さな小さな駅……それだけに、1人でやる仕事の量も多くなる。
 ちょっと怪しげで頼りなさげな先輩に、駅長の猫だけでこの先僕はやっていけるのかな……って。

「だーいじょうぶ! そこまで心配しないでもへーきへーき。それに俺以外にも…まあ、頼りになる先輩達はいるしな。最初は覚えることばかりで大変かも知れないけど、一緒に頑張ろうぜ!」
 
 僕の表情をみて村雨先輩が察したのか、励ましの言葉をかけてくれたはいいんだが……またこれで不安の種が増えた気しかしない。

「さーてと、これから一日の仕事の流れをざっと教えてやるからな。明日から1人で頑張れよ!」
「えええええ⁉︎」いや待ってよ、そんなの聞いてない!
 普通は半月くらい先輩がついてくれて、その間にいろいろ教育とかしてくれるのに! 絶対無理だそんなの! 着任した翌日……しかももう夜だし。そこから単独業務だなんて!!

 不安の種が二つ…いや、一気に数百個に増えた。汗も止まらなくなってきたし。
 そう、それにまだ僕は新入社員なんだ!
 まだ都会の駅で三ヶ月そこそこしか仕事してないし!
「ああ、ンなこと心配せんでも平気だっつーの。ここお客さんなんてほとんど来ないし、別に寝てたって文句言うの誰もいねーし。それに分からないところがあったら、ほら、駅長だっているしな」
 いやいや駅長っていったって猫だし!!

「では、そうと決まったらまずは掃除のやり方からかな。あとは備品のある場所と……いや、まず最初に手旗とか信号のことからか?」
 慌てて手帳を用意し、僕は心の中で祈った。

 ー今度の異動で、また元の駅に戻してくれますようにー
 って。




 でも、この時はまだ全然知らなかったんだ。
 たくさんの先輩や駅長……ううん、ここに住んでる人たちも、そして電車も。
さらにはこの駅そのものが、とっても不思議で、優しくて楽しくて…離れたくない場所になったということに。

 新しい毎日が、ここからはじまる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...