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第25話 公文書が拡散する日
冷たい雨が、王都の石畳を黒く濡らしていた。
アルベルトは深くフードを被り、中央広場の隅に立ち尽くしていた。
いつもなら華やかなドレスや仕立ての良い外套を着た貴族たちが行き交うこの場所が、今日は異様な熱気とざわめきに包まれている。
人々の視線の先にあるのは、広場の中央にそびえ立つ巨大な石碑――『告示の鏡板』だ。
王立監査院の魔紋が刻まれたその表面に、青白い光の文字が浮かび上がっている。
それは単なる噂や怪文書ではない。
監査院が正式に発行し、王国中の鏡板に一斉に複製拡散された『公文書』だった。
【クラウゼ侯爵家における国家資金横領、および魔導台帳の不正操作について】
光る文字は、クラウゼ領の第参倉庫から消えた小麦の量、その売上金が王都の匿名口座へ送金されていた事実、そして管理者印を持たない者が台帳に触れ、システムを破壊したことまで、冷酷なほど正確に記していた。
「おい、見たかよ。あのクラウゼ家が横領だとよ」
「しかも、婚約者に実務を全部押し付けて、自分は別の女と遊んでいたらしいぜ」
「挙げ句の果てに、その女が台帳を壊したんだと。大馬鹿野郎だな」
群衆の中から聞こえてくる嘲笑の声が、アルベルトの鼓膜を容赦なく叩く。
数日前まで「ミレーヌ様は可哀想」「アルベルト様はお優しい」と彼を持ち上げていた社交界の貴族たちは、今や手のひらを返し、クラウゼ家と関わりがあった証拠を消すことに奔走している。
屋敷には朝から、債権の回収に押しかける商人たちの怒号が響き渡っていた。
もう、誰一人として彼を助けてはくれない。
公文書として拡散された事実は、どんな言い訳も涙も通じない、絶対的な現実として彼を押し潰していた。
「……リオナ……」
雨に打たれながら、アルベルトは震える唇でかつての婚約者の名前を呼んだ。
だが、その声は広場の喧騒にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
♦︎♦︎♦︎
同じ日の午後。
空が晴れ渡った白夜回廊の仮設執務室で、私はセルジュ上級監査官から一通の書状を受け取っていた。
「……クラウゼ侯爵家の資産凍結が完了し、王都の監査院にて正式な公開監査の場が設けられることになりました」
私が平坦な声で書状を読み上げると、セルジュは深く頷いた。
「ああ。君が残した手記と、ここで押収した修道院の裏帳簿が、決定的な証拠となった。本院は君の功績を高く評価している」
セルジュは少しだけ言い淀んだ後、私の目を真っ直ぐに見た。
「そこで、本院からの正式な通達だ。リオナ補助官。君には『最重要証人』として、王都へ帰還してもらう」
王都への帰還。
その言葉を聞いても、私の心は不思議なほど静かだった。
「……承知しました。出発の準備を整えます」
「リオナ君。君にとって、あの領地は辛い思い出の場所だろう。もし証言台に立つのが精神的に厳しいなら、私から本院に配慮を求めることもできるが……」
「お気遣いありがとうございます。ですが、その必要はありません」
私は手元の書類を揃え、静かに微笑んだ。
「私は感情で動くつもりはありません。記録に残された数字の矛盾を、ただ淡々と説明するだけです。それが私の、監査補助官としての仕事ですから」
私がそう告げると、執務室の扉が開いた。
「その通りだ。逃げる理由など何一つない」
漆黒の外套を羽織ったレオンハルト卿が、冷たい風と共に部屋に入ってくる。
彼は私の顔をじっと見下ろし、短く告げた。
「俺も同行する。白夜回廊から王都への証拠の移送、および重要証人の護衛は、監察騎士である俺の管轄だ」
私は彼の銀色の瞳を見つめ返し、小さく息を吐いた。
帰るのではない。
私が自らの手で整えた証拠の刃を、彼らの喉元に突きつけるために行くのだ。
アルベルトは深くフードを被り、中央広場の隅に立ち尽くしていた。
いつもなら華やかなドレスや仕立ての良い外套を着た貴族たちが行き交うこの場所が、今日は異様な熱気とざわめきに包まれている。
人々の視線の先にあるのは、広場の中央にそびえ立つ巨大な石碑――『告示の鏡板』だ。
王立監査院の魔紋が刻まれたその表面に、青白い光の文字が浮かび上がっている。
それは単なる噂や怪文書ではない。
監査院が正式に発行し、王国中の鏡板に一斉に複製拡散された『公文書』だった。
【クラウゼ侯爵家における国家資金横領、および魔導台帳の不正操作について】
光る文字は、クラウゼ領の第参倉庫から消えた小麦の量、その売上金が王都の匿名口座へ送金されていた事実、そして管理者印を持たない者が台帳に触れ、システムを破壊したことまで、冷酷なほど正確に記していた。
「おい、見たかよ。あのクラウゼ家が横領だとよ」
「しかも、婚約者に実務を全部押し付けて、自分は別の女と遊んでいたらしいぜ」
「挙げ句の果てに、その女が台帳を壊したんだと。大馬鹿野郎だな」
群衆の中から聞こえてくる嘲笑の声が、アルベルトの鼓膜を容赦なく叩く。
数日前まで「ミレーヌ様は可哀想」「アルベルト様はお優しい」と彼を持ち上げていた社交界の貴族たちは、今や手のひらを返し、クラウゼ家と関わりがあった証拠を消すことに奔走している。
屋敷には朝から、債権の回収に押しかける商人たちの怒号が響き渡っていた。
もう、誰一人として彼を助けてはくれない。
公文書として拡散された事実は、どんな言い訳も涙も通じない、絶対的な現実として彼を押し潰していた。
「……リオナ……」
雨に打たれながら、アルベルトは震える唇でかつての婚約者の名前を呼んだ。
だが、その声は広場の喧騒にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
♦︎♦︎♦︎
同じ日の午後。
空が晴れ渡った白夜回廊の仮設執務室で、私はセルジュ上級監査官から一通の書状を受け取っていた。
「……クラウゼ侯爵家の資産凍結が完了し、王都の監査院にて正式な公開監査の場が設けられることになりました」
私が平坦な声で書状を読み上げると、セルジュは深く頷いた。
「ああ。君が残した手記と、ここで押収した修道院の裏帳簿が、決定的な証拠となった。本院は君の功績を高く評価している」
セルジュは少しだけ言い淀んだ後、私の目を真っ直ぐに見た。
「そこで、本院からの正式な通達だ。リオナ補助官。君には『最重要証人』として、王都へ帰還してもらう」
王都への帰還。
その言葉を聞いても、私の心は不思議なほど静かだった。
「……承知しました。出発の準備を整えます」
「リオナ君。君にとって、あの領地は辛い思い出の場所だろう。もし証言台に立つのが精神的に厳しいなら、私から本院に配慮を求めることもできるが……」
「お気遣いありがとうございます。ですが、その必要はありません」
私は手元の書類を揃え、静かに微笑んだ。
「私は感情で動くつもりはありません。記録に残された数字の矛盾を、ただ淡々と説明するだけです。それが私の、監査補助官としての仕事ですから」
私がそう告げると、執務室の扉が開いた。
「その通りだ。逃げる理由など何一つない」
漆黒の外套を羽織ったレオンハルト卿が、冷たい風と共に部屋に入ってくる。
彼は私の顔をじっと見下ろし、短く告げた。
「俺も同行する。白夜回廊から王都への証拠の移送、および重要証人の護衛は、監察騎士である俺の管轄だ」
私は彼の銀色の瞳を見つめ返し、小さく息を吐いた。
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