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第26話 戻るのではない、裁くために行く
白夜回廊から王都へと向かう監査院の専用馬車は、重厚な装甲と防音魔術が施されていた。
向かいの席には、腕を組んで目を閉じているレオンハルト卿が座っている。
彼の長い足が窮屈そうに折りたたまれ、馬車が揺れるたびに剣の鞘がカチャリと小さな音を立てた。
「……レオンハルト卿。護衛の任、ありがとうございます」
私が声をかけると、彼は片目だけを開けて私を見た。
「規程通りの任務だ。気にするな」
素っ気ない返事だったが、彼がわざわざ王都までの長旅に同行してくれたことの意味を、私は理解していた。
公開監査の場には、私を逆恨みするクラウゼ家の関係者や、マグダ修道院長の息がかかった教会の者たちも集まる。
どんな圧力がかかろうとも、彼が隣にいる限り、私はただ事実だけを述べることに集中できる。
「君の目は、今は凪いでいるな」
不意に彼が言った。
「え?」
「初めて会った時、君は感情を殺して無理をしているような目をしていた。だが今は違う。迷いがない」
彼の言葉に、私は自分の両手をじっと見つめた。
「……以前の私は、ただ理不尽に耐え、自分が犠牲になることで丸く収めようとしていました。でも、それは間違っていたと気づいたんです」
私は窓の外の流れる景色に目を向けた。
「私はもう、誰かのために笑って耐えたりしません。正しい手続きを踏み、正当な代償を支払わせる。……それだけです」
「いい心がけだ」
レオンハルトは短く頷き、再び目を閉じた。
その静かな相棒としての存在感が、私の心を強く支えてくれていた。
♦︎♦︎♦︎
数日後、馬車は王都の巨大な門をくぐった。
街並みは以前と変わらないはずなのに、どこか違って見えた。
すれ違う人々の話し声が、馬車の隙間から断片的に耳に入ってくる。
「クラウゼ家の息子、借金取りに追われて屋敷から一歩も出られないらしいわよ」
「自業自得だ。優秀な婚約者を追い出して、あんな阿婆擦れを囲っていたんだからな」
私を冷遇し、ミレーヌを「可哀想な令嬢」と持て囃していた人々の口から、今は真逆の言葉が飛び交っている。
告示の鏡板によって拡散された公文書の力が、この街の世論を完全にひっくり返していた。
馬車が王立監査院の重厚な門の前に到着し、ゆっくりと停止した。
「着いたぞ」
レオンハルトが先に降り、私に手を差し出してくれた。
その大きな手に手袋越しの指を重ね、私も石畳の上に降り立つ。
「リオナ……!」
背後から、ひどく掠れた声がした。
振り返ると、監査院の鉄柵にしがみつくようにして立っている男がいた。
泥に汚れ、金糸のようだった髪は脂で汚れきっている。
落ち窪んだ目には濃い隈ができ、かつての華やかな次期侯爵の面影は微塵もなかった。
アルベルトだった。
「リオナ……ああ、神よ、本当に君なんだな……!」
彼は柵越しに震える手を伸ばし、私の名前を呼びながら、ぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた。
向かいの席には、腕を組んで目を閉じているレオンハルト卿が座っている。
彼の長い足が窮屈そうに折りたたまれ、馬車が揺れるたびに剣の鞘がカチャリと小さな音を立てた。
「……レオンハルト卿。護衛の任、ありがとうございます」
私が声をかけると、彼は片目だけを開けて私を見た。
「規程通りの任務だ。気にするな」
素っ気ない返事だったが、彼がわざわざ王都までの長旅に同行してくれたことの意味を、私は理解していた。
公開監査の場には、私を逆恨みするクラウゼ家の関係者や、マグダ修道院長の息がかかった教会の者たちも集まる。
どんな圧力がかかろうとも、彼が隣にいる限り、私はただ事実だけを述べることに集中できる。
「君の目は、今は凪いでいるな」
不意に彼が言った。
「え?」
「初めて会った時、君は感情を殺して無理をしているような目をしていた。だが今は違う。迷いがない」
彼の言葉に、私は自分の両手をじっと見つめた。
「……以前の私は、ただ理不尽に耐え、自分が犠牲になることで丸く収めようとしていました。でも、それは間違っていたと気づいたんです」
私は窓の外の流れる景色に目を向けた。
「私はもう、誰かのために笑って耐えたりしません。正しい手続きを踏み、正当な代償を支払わせる。……それだけです」
「いい心がけだ」
レオンハルトは短く頷き、再び目を閉じた。
その静かな相棒としての存在感が、私の心を強く支えてくれていた。
♦︎♦︎♦︎
数日後、馬車は王都の巨大な門をくぐった。
街並みは以前と変わらないはずなのに、どこか違って見えた。
すれ違う人々の話し声が、馬車の隙間から断片的に耳に入ってくる。
「クラウゼ家の息子、借金取りに追われて屋敷から一歩も出られないらしいわよ」
「自業自得だ。優秀な婚約者を追い出して、あんな阿婆擦れを囲っていたんだからな」
私を冷遇し、ミレーヌを「可哀想な令嬢」と持て囃していた人々の口から、今は真逆の言葉が飛び交っている。
告示の鏡板によって拡散された公文書の力が、この街の世論を完全にひっくり返していた。
馬車が王立監査院の重厚な門の前に到着し、ゆっくりと停止した。
「着いたぞ」
レオンハルトが先に降り、私に手を差し出してくれた。
その大きな手に手袋越しの指を重ね、私も石畳の上に降り立つ。
「リオナ……!」
背後から、ひどく掠れた声がした。
振り返ると、監査院の鉄柵にしがみつくようにして立っている男がいた。
泥に汚れ、金糸のようだった髪は脂で汚れきっている。
落ち窪んだ目には濃い隈ができ、かつての華やかな次期侯爵の面影は微塵もなかった。
アルベルトだった。
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