幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか

ラムネ

文字の大きさ
27 / 40

第27話 泣いているのは誰

「リオナ、お願いだ! 話を聞いてくれ!」

アルベルトの叫び声が、冷たい風が吹く監査院の門前に響き渡った。
彼は鉄柵に顔を押し付け、必死に私に手を伸ばしている。

「僕が悪かった! 君のありがたみが、いなくなって初めて分かったんだ! 君がいないと、僕は……僕たちは、もうおしまいだ!」

ボロボロと流れる涙が、彼の汚れた頬に筋を作っている。
かつて「君は強いから大丈夫だろ」と私を放置し、平然と笑っていた男が、今や誰の目も気にせず、子供のように泣きじゃくっていた。

私は感情の動かない冷え切った目で、その姿を見下ろした。

「……お久しぶりです、アルベルト様」

私の平坦な声に、彼はすがるような目を向けた。

「戻ってきてくれるね!? 監査院に、あれは誤解だったと言ってくれ! 君がもう一度台帳を管理してくれれば、きっとやり直せるはずだ!」

彼はまだ、そんな妄想に縋っているのか。
公文書として不正が公開された今、私が何を言おうと覆るものではない。
それに、彼が求めているのは私という人間ではない。彼の崩れゆく生活を支えるための、便利な道具としての私だ。

「……お気持ちは受け取りました。ですが、私の答えは変わりません」

私は静かに、しかしはっきりとした拒絶の言葉を口にした。

「私は監査院の補助官として、手続きの場に出向いただけです。あなたとお話しすることは、もう何もありません。……それでは、公開監査の法廷で」

私が背を向けて歩き出そうとした、その時だった。

「待って! リオナ様!」

アルベルトの背後から、淡い色のボロボロのドレスを着たミレーヌがよろけながら現れた。
彼女はアルベルトの腕にしがみつき、私に向けて大きな瞳から涙を溢れさせた。

「私がいけなかったんです! 私がアルベルト様に甘えて、リオナ様を悲しませてしまったから……! 私、どうなってもいいです! だから、どうかアルベルト様だけは許してあげて!」

ミレーヌの泣き声が、周囲の通行人たちの足を止めさせた。
彼女は自分の身を挺して愛する人を庇う、悲劇のヒロインを完璧に演じていた。

「私が悪いんです……私さえいなければ……っ」

「ミレーヌ……君はなんて優しいんだ……!」

アルベルトが彼女の肩を抱き寄せ、二人はその場で涙を流し合う。
遠巻きに見ている通行人たちの中に、「あの令嬢も、反省しているみたいだ」「少し気の毒だな」という空気が生まれ始めた。

これが彼女の最後の武器。
涙と罪悪感を利用して同情を誘い、世論を味方につける『可哀想な女』の戦術。

「……本当に、反省しているとでも?」

私が冷たい声で問いかけようとした瞬間、監査院の門の内側から、重々しい足音が近づいてきた。

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち
恋愛
王女フランチェスカは近い将来、臣籍降下し女公爵となることが決まっている。 その婿として選ばれたのがヨーク公爵家子息のセレスタン。だがこの男、よりにもよってフランチェスカの侍女と不貞を働き、結婚後もその関係を続けようとする屑だった。 あることがきっかけでセレスタンの悍ましい計画を知ったフランチェスカは、不出来な婚約者と自分を裏切った侍女に鉄槌を下すべく動き出す……。

【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました