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第32話 帳簿が覚えています
「馬鹿なことを! その台帳はすでに壊れているんだぞ!」
侯爵が嘲笑うように叫んだ。
「ミレーヌが触れたせいで記録が乱れ、ただの黒い染みになっている。そこから何が読み取れるというのだ!」
「……ええ。肉眼では、何も見えませんね」
私は平坦な声で答え、ゆっくりと目を閉じた。
深く息を吸い込み、魔力回路を目の奥へと繋ぐ。
カッ、と視界が反転する。
真帳視の起動。
黒く焼け焦げたページの表面から、赤い光を帯びた数字の羅列が、空中にホログラムのように浮かび上がってきた。
「っ……!」
微かな頭痛が走るが、私は決して表情を崩さない。
レオンハルト卿が後ろで見守ってくれている。今の私には、倒れる理由などなかった。
「……読み上げます。王暦三百年、五月十二日。第参倉庫より小麦二千袋を出庫。記録上の行き先は王都の第一市場とされていますが、実際の送金先は……白夜回廊の霧門、ギード商会名義の偽装口座」
「なっ……!?」
侯爵の顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「さらに同年、七月。その偽装口座から、マグダ修道院長の個人名義の口座へと、銀貨一万枚が『救済寄付金』として移動。……そして」
私は顔を上げ、怯えて後ずさるミレーヌを真っ直ぐに見据えた。
「同年、十月。マグダ修道院長の口座から、ミレーヌ・アシュレイ男爵令嬢の個人口座へ、銀貨三千枚が『衣服購入および生活支援費』として送金されています」
「あ……ああ……っ」
ミレーヌが喉の奥で引きつった音を立てた。
アルベルトが、信じられないという目で彼女を振り返る。
「ミレーヌ……君の口座に、横領金が? どういうことだ。君は、何も知らないと……」
「ち、違う! 私は知らない! 誰かが勝手に振り込んだのよ! 嘘よ、全部その女の嘘だわ!」
ミレーヌが狂乱して叫ぶが、私は持参した書類の束を証言台に叩きつけた。
「これは、監査院の解析魔術によって復元された、王都中央銀行の送金記録の写しです。口座の開設には、あなた自身の『魔紋の署名』が刻まれています」
決定的な証拠。
ミレーヌは膝から崩れ落ち、両手で顔を覆った。
彼女は『可哀想な幼馴染』を演じながら、裏では修道院や侯爵の不正に加担し、その甘い汁を吸っていたのだ。
アルベルトという愚かな男を隠れ蓑にして。
「そ、そんな……僕はずっと、君を守るために……」
アルベルトは絶望に顔を歪め、呆然と立ち尽くしている。
「嘘だ! 監査院が証拠を捏造したに決まっている!」
マグダが顔を真っ赤にして怒鳴り、背後の護衛騎士たちに目配せをした。
教会の力で、力ずくでこの場を制圧しようという腹だ。
だが、騎士たちが剣に手をかけようとした瞬間。
チャキッ。
冷たい金属音が響き、レオンハルト卿が鞘から半分剣を抜いて彼らの前に立ち塞がった。
「動くな」
低く、しかし絶対的な殺意を伴った声。
「証人に刃を向ける者は、教会の騎士であろうと即座に斬る。……俺が盾だと言ったはずだ」
その圧倒的な威圧感に、護衛騎士たちは一歩も動けず、剣の柄から手を離した。
会場は完全に凍りついていた。
言い逃れも、責任転嫁も、暴力による隠蔽も、すべてが打ち砕かれた。
「あなたがたがどれだけ嘘を重ねても、無駄です」
私は静かに、しかしはっきりとした声で宣告した。
「……帳簿が、覚えていますから」
侯爵が嘲笑うように叫んだ。
「ミレーヌが触れたせいで記録が乱れ、ただの黒い染みになっている。そこから何が読み取れるというのだ!」
「……ええ。肉眼では、何も見えませんね」
私は平坦な声で答え、ゆっくりと目を閉じた。
深く息を吸い込み、魔力回路を目の奥へと繋ぐ。
カッ、と視界が反転する。
真帳視の起動。
黒く焼け焦げたページの表面から、赤い光を帯びた数字の羅列が、空中にホログラムのように浮かび上がってきた。
「っ……!」
微かな頭痛が走るが、私は決して表情を崩さない。
レオンハルト卿が後ろで見守ってくれている。今の私には、倒れる理由などなかった。
「……読み上げます。王暦三百年、五月十二日。第参倉庫より小麦二千袋を出庫。記録上の行き先は王都の第一市場とされていますが、実際の送金先は……白夜回廊の霧門、ギード商会名義の偽装口座」
「なっ……!?」
侯爵の顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「さらに同年、七月。その偽装口座から、マグダ修道院長の個人名義の口座へと、銀貨一万枚が『救済寄付金』として移動。……そして」
私は顔を上げ、怯えて後ずさるミレーヌを真っ直ぐに見据えた。
「同年、十月。マグダ修道院長の口座から、ミレーヌ・アシュレイ男爵令嬢の個人口座へ、銀貨三千枚が『衣服購入および生活支援費』として送金されています」
「あ……ああ……っ」
ミレーヌが喉の奥で引きつった音を立てた。
アルベルトが、信じられないという目で彼女を振り返る。
「ミレーヌ……君の口座に、横領金が? どういうことだ。君は、何も知らないと……」
「ち、違う! 私は知らない! 誰かが勝手に振り込んだのよ! 嘘よ、全部その女の嘘だわ!」
ミレーヌが狂乱して叫ぶが、私は持参した書類の束を証言台に叩きつけた。
「これは、監査院の解析魔術によって復元された、王都中央銀行の送金記録の写しです。口座の開設には、あなた自身の『魔紋の署名』が刻まれています」
決定的な証拠。
ミレーヌは膝から崩れ落ち、両手で顔を覆った。
彼女は『可哀想な幼馴染』を演じながら、裏では修道院や侯爵の不正に加担し、その甘い汁を吸っていたのだ。
アルベルトという愚かな男を隠れ蓑にして。
「そ、そんな……僕はずっと、君を守るために……」
アルベルトは絶望に顔を歪め、呆然と立ち尽くしている。
「嘘だ! 監査院が証拠を捏造したに決まっている!」
マグダが顔を真っ赤にして怒鳴り、背後の護衛騎士たちに目配せをした。
教会の力で、力ずくでこの場を制圧しようという腹だ。
だが、騎士たちが剣に手をかけようとした瞬間。
チャキッ。
冷たい金属音が響き、レオンハルト卿が鞘から半分剣を抜いて彼らの前に立ち塞がった。
「動くな」
低く、しかし絶対的な殺意を伴った声。
「証人に刃を向ける者は、教会の騎士であろうと即座に斬る。……俺が盾だと言ったはずだ」
その圧倒的な威圧感に、護衛騎士たちは一歩も動けず、剣の柄から手を離した。
会場は完全に凍りついていた。
言い逃れも、責任転嫁も、暴力による隠蔽も、すべてが打ち砕かれた。
「あなたがたがどれだけ嘘を重ねても、無駄です」
私は静かに、しかしはっきりとした声で宣告した。
「……帳簿が、覚えていますから」
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