『処刑されたはずの悪役令嬢は、3回目の人生で『完璧な悪女』を目指して嫌われたい〜なのに、なぜか今度は王太子殿下から求婚されています〜』

ラムネ

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第9話 魔物に生贄志願したら、なぜか『深海の支配者』として崇められました

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「わたくしを食べなさい! この中で一番美味しくて、一番栄養があるのはわたくしよ! さあ、遠慮なくどうぞ!」

月明かりの下、私は高らかに叫んだ。 目の前には、伝説の海魔クラーケンの巨大な触手がうねっている。 背後では、アレクセイ様やハインリヒ、そして生徒会メンバーたちの悲鳴に近い叫び声が聞こえる。

「リリス! ダメだ!」 「会長! 戻ってください!」 「お姉様ーーッ!」

(ふふふ、いい反応だわ)

私は心の中でほくそ笑んだ。 これぞ、完璧な逃亡計画。 魔物に食べられるふりをして連れ去られ、そのまま行方不明になる。 公爵令嬢リリスは「名誉の戦死(扱い)」となり、私は見知らぬ土地で別人としてスローライフを始めるのだ。 クラーケンだって、こんなに可愛くて美味しそうな女の子(自画自賛)を目の前にしたら、食べるよりもまずは「巣に持ち帰る」という習性が働くはず!(※ラノベ知識)

「さあ、来なさい! わたくしを捕まえて、遠くの海へ連れて行って!」

私は両手を広げ、無防備な姿(マイクロビキニ)を晒した。 ヌメヌメとした触手が、私の頭上に振り上げられる。 太い。電柱くらいある。 吸盤一つひとつが私の顔より大きい。

(……ちょっと怖いけど、背に腹は変えられないわ!)

私はギュッと目を閉じた。 風切り音が聞こえる。 触手が迫る。 さようなら、アレクセイ。さようなら、王太子妃という重荷。

しかし。

ピタリ。

衝撃が来ない。 身体が持ち上げられる浮遊感もない。 ただ、生暖かい湿った風が吹き付けただけ。

「……?」

恐る恐る片目を開ける。

そこには、私の鼻先数センチのところで静止している、巨大な触手があった。 触手はプルプルと小刻みに震えている。 まるで、何かに怯えているかのように。

「なによ? 早くしなさいよ」

私は不満げに触手をペチペチと叩いた。

「わたくしは『食べて』って言ってるの。遠慮はいらないわ。ほら、ガブッといきなさいよ!」

すると、クラーケンは「ヒィッ!」というような(幻聴かもしれないが)反応を示し、スルスルと触手を引っ込めたではないか。 巨大な目玉が、私を凝視している。 その瞳孔が、恐怖で収縮しているように見える。

なぜ? どうして私を食べないの?

その答えは、私の体から漂う『香り』にあった。

先ほどのバーベキュー。 私が全身全霊を込めて作った、特製激辛ソースたっぷりの肉。 私はそれを味見し、吐き出したものの、口元や指先にはまだその成分が残っていた。 さらに、調理中にソースが跳ねて、水着や肌にも微量に付着していたのだ。

この世界には存在しない魔界唐辛子『ドラゴンの涙』。 その刺激臭は、海中で暮らす敏感なクラーケンにとって、致死レベルの『猛毒ガス』に等しかった。

クラーケン視点: (なんだこの生き物は!? 全身から凄まじい刺激臭を放っているぞ! 触れただけで触手が焼け爛れそうだ! しかも『私を食え』だと? これは罠だ! 体内に入った瞬間、内臓を溶かすタイプの自爆型生物兵器に違いない!)

クラーケンは後ずさりした。 本能が警鐘を鳴らしている。 『コイツハ、ヤバイ』と。

しかし、そんな事情を知らない私は焦った。

(ちょっと! 逃げないでよ! 私の逃亡計画が台無しじゃない!)

「待ちなさい!」

私は逃げようとするクラーケンを追いかけた。 波打ち際で、マイクロビキニの少女が、伝説の魔物を追い回すというシュールな構図。

「逃がさないわよ! 責任とって私を誘拐しなさい!」

私は足元の砂浜に落ちていた、バーベキュー用の鉄串(ロングサイズ)を拾い上げ、魔物に向かって投げつけた。

「ええいっ! こっちに来いっていうのよ!」

ヒュンッ!

私の投げた串は、美しい放物線を描き……。

ブスリッ!!

なんと、クラーケンの眉間(目と目の間にある急所)に、深々と突き刺さったのだ。

「ギョエェェェェェェ!!」

クラーケンが断末魔のような悲鳴を上げた。 巨体がのたうち回り、高波を起こす。

「あ」

やっちゃった。 誘拐されるどころか、攻撃しちゃった。 しかも、なんか致命傷っぽい。

クラーケンは苦しそうに触手をばたつかせ、やがて……ズズズン、と砂浜に巨大な頭を横たえた。 白目を剥いている。 完全にノックアウトだ。

シーン……。

再び訪れる沈黙。 私は立ち尽くした。 鉄串一本で、伝説の海魔を討伐してしまった。

(……違うの。私はただ、気を引きたかっただけなの……)

背後から、アレクセイ様たちが駆け寄ってくる音がする。 私はゆっくりと振り返った。 どんな顔をすればいいのかわからないまま。

「リリス……!」

アレクセイ様が私を抱きしめた。 強く、痛いほどに。

「無事か!? 怪我はないか!?」

「あ、はい。……無事ですわ」

「信じられない……」

ハインリヒが、倒れたクラーケンを見上げて呆然としている。

「あの伝説のクラーケンを、たった一撃で? しかも、魔力も使わず、ただの鉄串で?」

「リリス会長……」

シドが震える手で眼鏡を直す。

「今の投擲、計算しました。風速、角度、そして回転力。全てが神業の領域です。いや、それ以上に……あの魔物が会長に対して『恐怖』していたのがわかりました。会長の覇気が、魔物の本能を屈服させたのです!」

「覇気……?」

ガストンが感涙に咽んでいる。

「すげぇよ会長! 『私を食べろ』っていうのは、自分の毒(覇気)で魔物を内部から破壊してやるっていう挑発だったんだな! まさに肉を切らせて骨を断つ! 漢(おとこ)だぜ!」

「違います。ただの逃亡失敗です」

しかし、誰も聞いていない。 マリアが祈りを捧げている。

「海を鎮めた聖女様……! リリスお姉様こそ、真の『海の女神』です!」

私の頭上に、また新たな称号が追加された。 『クラーケンスレイヤー』兼『海の女神』。 もうやだ。帰りたい。

          ◇

一方、崖の上。 帝国の宰相補佐官グスタフは、水晶玉を落としそうになっていた。

「ば、馬鹿な……!」

彼は戦慄していた。

「あのアレクセイの剣も、ハインリヒの剛腕も弾き返した強化型クラーケンだぞ!? それが、なぜあんな小娘の一撃で……!」

グスタフは冷や汗を拭う。 彼のシナリオでは、リリスがピンチに陥り、無意識に強大な魔力を暴走させて魔物を撃退する――つまり『魔王の器』としての片鱗を見せるはずだった。 しかし現実は、魔力など一切使わず、物理(鉄串)とメンタル(激辛臭と殺気)だけでねじ伏せてしまった。

「……評価を修正せねばならん」

グスタフは震える声で独りごちた。

「彼女は『魔王の器』などという生ぬるい存在ではない。……すでに『魔王』そのものだ」

彼の中で、私の危険度がSSランクからSSSランクへと引き上げられた瞬間だった。

          ◇

翌日。 クラーケンの処理について、浜辺で会議が開かれていた。

巨大すぎる死体(気絶しているだけだが)。 これをどうするか。 放置すれば腐敗して環境汚染になる。

「燃やすか?」とハインリヒ。 「埋めるか?」とガストン。 「解剖して研究材料にしましょう」とシド。

私は、横たわる巨大なイカ(タコ?)を見つめていた。 この吸盤。この弾力のある肉質。 見ているうちに、ある記憶が蘇ってきた。 前世、日本で食べた居酒屋の味。 イカ焼き。タコの唐揚げ。

(……これ、食べられるんじゃない?)

私の悪食スキルが発動した。 どうせなら、最後にこの魔物を有効活用して、みんなに振る舞ってやろう。 そして、「魔物を食べるなんて野蛮だ!」とドン引きされよう。

「ねえ、皆様」

私は提案した。

「これ、食べちゃいませんこと?」

「「「は?」」」

全員が固まる。

「リリス、正気か? これは魔物だぞ? 毒があるかもしれないし、そもそも硬くて食えたものじゃ……」

アレクセイ様が困惑する。 しめしめ、その反応が欲しかったのよ。

「あら、毒なんて気合いで消せばよろしいのよ。それに、この身の弾力……焼けばきっと絶品ですわ。わたくし、お腹が空きましたの。さあ、ガストン! 解体なさい!」

「へ、へい!」

私の無茶振りに、ガストンが巨大な包丁(というより大剣)を持ち出す。 シドが毒素の検査をし(結果:なぜか無毒化していた。昨夜の激辛成分が中和剤になったらしい)、ハインリヒが火をおこす。

そして始まった、前代未聞の『クラーケンBBQ大会』。

醤油と酒(に似た調味料)、そして生姜をたっぷりと塗り、炭火で豪快に焼く。 香ばしい匂いが漂い始める。 あれ? すごくいい匂いなんですけど。

「……美味そうだ」

ハインリヒがゴクリと喉を鳴らす。

「はい、焼けましたわ。どうぞ」

私は焼き上がった巨大なゲソを切り分け、皿に盛った。

恐る恐る口に運ぶ男性陣。 もぐもぐ。 もぐもぐ。

「……!!」

全員の目が輝いた。

「うまいッ!!」

「なんだこれは! プリプリとした食感、噛むほどに溢れ出る濃厚な旨味!」 「甘辛いタレが絶妙に絡んで、いくらでも入るぞ!」 「ビールだ! 至急ビールを持ってこい!」

大好評だった。 なんでよ。 ゲテモノ食いとして軽蔑されるはずが、またしても美食家としての評価を上げてしまった。

「リリス。君の発想力は天井知らずだ」

アレクセイ様が、焼きイカを片手に微笑む。

「魔物さえも『糧』に変えてしまう。君がいる限り、この国から飢餓はなくなるだろうね」

「そうだな。帝国軍の兵糧問題も、リリスがいれば解決だ」

ハインリヒが頷く。

「リリス様、この『イカ焼き』のレシピ、生徒会日誌に残しておきます。将来、学園祭の目玉商品になりますよ!」

マリアが目を輝かせる。

私は、串に刺さったイカを見つめながら、遠い目をした。 美味しい。 悔しいけど、めちゃくちゃ美味しい。 これ、日本酒が欲しくなる味だわ……。

こうして、合宿は『クラーケン討伐』と『大宴会』という伝説を残して幕を閉じた。 私の「品位を落とす作戦」は、すべて「カリスマ性を上げる結果」に終わったのだった。

          ◇

夏休みが明け、新学期。 学園は、来るべき一大イベント『学園祭』の準備で持ちきりになっていた。

生徒会長である私は、当然その総責任者だ。 本来なら面倒な仕事だが、今回は違う。 これこそが、私の「悪女計画」の集大成となる舞台だからだ。

学園祭のテーマ決め。 予算配分。 出し物の審査。

ここで私が権力を乱用し、不公平な采配を振るい、つまらない企画を強要すれば、生徒たちの不満は爆発するはず。 特に、目玉イベントである『演劇』。 これのキャスティングを私物化し、主役を独占し、大根役者ぶりを晒して脚本を台無しにしてやるのだ。

「ふふふ……待っていなさい、学園祭。このリリス様が、最高にカオスで最低な祭りに変えてあげるわ!」

生徒会室で、私は高笑いをした。 しかし、その背後でシドとレンが何やらヒソヒソと話しているのには気づかなかった。

「……会長が『カオス』をお望みだ」 「了解。例の『裏プログラム』を発動させるか」 「ああ。会長が主役となる伝説の舞台……脚本はすでにマリア様が執筆済みだ」 「タイトルは?」 「『聖女リリスの受難~愛と革命の物語~』だ」

……私の知らないところで、私の半生(超美化バージョン)が舞台化されようとしていた。

          ◇

数日後。 学園祭実行委員会の会議。

「今年の学園祭のテーマですが」

私が議長席から見下ろす。 集まった委員たちは、緊張した面持ちで私を見ている。

「『混沌(カオス)』にします」

「えっ?」

委員たちがざわつく。 通常、学園祭のテーマといえば『絆』とか『未来』とか『希望』とか、キラキラしたものが選ばれる。 そこに『混沌』。 明らかに異質だ。

「わたくしは、予定調和なんて退屈で嫌いですの。何が起こるかわからない、トラブルだらけの祭り……それこそが、青春の1ページになると思いませんこと?」

私は意地悪く微笑んだ。 さあ、反対意見を出しなさい。 「そんな不穏なテーマは認められない!」と反乱を起こしなさい。

しかし。 委員長(真面目なメガネ女子)が、ハッとした顔をした。

「……なるほど! 『混沌』とは、無秩序の中にある無限の可能性! 既存の枠組みを壊し、新たな価値観を創造する……まさに革命的なテーマです!」

「は?」

「わかりました、リリス会長! 今年は例年のような形式張ったものではなく、生徒一人ひとりが自由に、常識に囚われずに表現する……アバンギャルドな学園祭を目指します!」

「お、おう……(なんか勝手に解釈された)」

「では、スローガンは『Break the Border ~混沌からの創造~』でいきましょう!」

拍手喝采。 決定してしまった。

その後も、私の妨害工作はことごとく裏目に出た。

予算配分をめちゃくちゃにしようと、「演劇部に予算の9割を与える!(他は0)」と宣言すれば、 「なんと大胆な選択と集中! 今年は演劇にすべてを賭けるのですね!」 と演劇部が狂喜し、他の部は「予算がないなら知恵を出せということか! 燃えてきた!」と廃材アートや0円食堂を企画し始めた。

出し物の審査で、真面目な研究発表を全部落とし、ふざけた企画(「筋肉コンテスト」「激辛カレー早食い」「女装コンテスト」)ばかりを通せば、 「学術にとらわれないエンターテイメント性の追求! これなら外部の客も楽しめる!」 と大絶賛された。

そして迎えた、演劇のキャスト発表。

「主役は……わたくし、リリスがやりますわ!」

私は宣言した。 演目は、マリアが書いた『聖女リリスの受難』ではなく、私が勝手に差し替えた『悪役令嬢の破滅』だ。 私が演じるのは、性格最悪の悪役令嬢。 これなら演技をする必要もない。素のままでやればいいのだ。 そして最後に無様に断罪され、泥まみれになって退場する。 これを見れば、観客も「リリス様って意外と惨めね」「ざまぁみろ」と笑ってくれるはず!

「相手役の王子は、アレクセイ様にお願いしますわ」

これも計算だ。 アレクセイ様に私を断罪させる役をやらせることで、彼の深層心理に「リリス=断罪する対象」というイメージを刷り込むのだ。

「喜んで引き受けよう」

アレクセイ様は台本を受け取り、タイトルを見て微笑んだ。

「『悪役令嬢の破滅』か……。ふふ、君は本当に演劇(ドラマ)が好きだね。あえて自分を悪役に置くことで、逆説的に真実の愛を表現しようというわけか」

「違います。ただのバッドエンドです」

「わかった。僕は君を全力で追い詰める冷酷な王子を演じきってみせるよ。君の期待に応えるために」

彼の目が本気だ。 よし、これならいける。

「あと、悪役令嬢をいじめるヒロイン役は、マリアさん。あなたにお願いするわ」

「ええっ!? 私がリリスお姉様をいじめるなんて……無理です!」

「演技よ! 思いっきり意地悪な顔をして、私を罵倒しなさい!」

「ううっ……練習します……」

こうして、キャストは決まった。 いよいよ、学園祭当日。 伝説の舞台の幕が上がる。

          ◇

学園祭当日。 学園は、テーマ通り『混沌』の渦中にあった。

正門には、ガストンたちが作った巨大なリリス像(廃材製だが、妙に芸術的)が鎮座している。 校庭では、筋肉ムキムキの男子たちがポージングをし、その横で激辛カレーを食べて火を吹いている人たちがいる。 教室では、メイド喫茶ならぬ「執事喫茶(全員ハインリヒのようなオラオラ系)」や「お化け屋敷(リアルすぎてリタイア続出)」が行われている。

「カオスだ……」

私は校舎の上からその光景を見下ろし、満足げに頷いた。 これぞ地獄絵図。 品位のかけらもない。 きっと来場者(貴族や王族含む)は眉をひそめ、「こんな学園祭を許可した生徒会長は誰だ」と怒るに違いない。

「リリス、そろそろ出番だよ」

アレクセイ様が呼びに来た。 彼は王子の衣装(自前)を完璧に着こなしている。

「ええ、行きましょう。……わたくしの『最期』を見せつけてやりますわ」

私は漆黒のドレスに身を包み、舞台へと向かった。

講堂は超満員。 立ち見が出るほどの盛況ぶりだ。 最前列には、国王陛下や、ハインリヒ(今日は観客)、そしてグスタフ(まだ諦めていない)の姿もある。

幕が上がる。

舞台は舞踏会。 私演じる悪役令嬢が、マリア演じるヒロインを扇で叩くシーンから始まる。

「おのれ、平民の分際で!」

私は素で言った。 マリアの頬を叩く(ふりをする)。

「ひっ……ごめんなさい……」

マリアの演技が上手い。 本当に怯えているようだ(実際、私の迫力にビビっている)。

そこへ、アレクセイ王子が登場する。

「待て! 何をしているんだ!」

「あら、殿下。この娘が私のドレスを汚しましたのよ」

「嘘だ。僕は見ていた。君がわざと彼女にぶつかったのを」

アレクセイ様の声が響く。 冷たく、鋭い声。 いいぞ、その調子だ。

物語は進み、いよいよクライマックスの断罪シーン。

「リリス・フォン・ローゼンバーグ! 君との婚約を破棄する!」

アレクセイ様が高らかに宣言する。 このセリフ! これを待っていたの!

「君はマリアをいじめ、学園の秩序を乱し、私利私欲のために権力を乱用した! その罪は万死に値する!」

「そ、そんな……殿下……」

私は崩れ落ちる演技をする。 心の中では「ヒャッハー!」と叫んでいるが、顔は絶望に歪ませる。

「衛兵! この女を捕らえろ! 地下牢へ連行し、一生陽の目を見させるな!」

アレクセイ様の迫真の演技に、会場が静まり返る。 私の破滅が決まった。 さあ、観客よ! 私を罵れ! 石を投げろ!

しかし。

「――待ってください!」

脚本にはない声が響いた。 マリアだ。

「え?」

私が顔を上げる。 マリアが、アレクセイ王子の前に立ちはだかっていた。

「王子様! リリス様を責めないでください! 彼女は……彼女は悪くありません!」

「マリア? 何言ってるの?(台本と違うわよ?)」

「リリス様が私をいじめたのは、私が貴族社会の厳しさを知らずに不用意に振る舞ったからです! 彼女は私を教育するために、あえて厳しく接してくださったのです! それは愛の鞭でした!」

マリアがアドリブで擁護を始めた。 やめて。 そこは「ざまぁみろ」って笑うところよ。

「それに、彼女が権力を乱用した? 違います! 彼女はその力で、学園の腐敗を一掃し、弱き者を助け、私たちに自由を与えてくれました! この学園祭を見てください! みんなが笑っている! これこそがリリス様が作った平和な世界です!」

マリアが客席に訴えかける。

「皆さん! リリス様は悪女なんかじゃありません! 孤独な仮面を被った、悲劇の聖女なんです!」

「「「おおおおおっ!!」」」

客席からどよめきが起こる。 泣いている人もいる。

アレクセイ様が、剣を下ろした。 そして、困ったように、でもどこか嬉しそうに私を見た。

「……参ったな。これでは、僕が悪者じゃないか」

彼は台本を捨て、私に歩み寄った。

「リリス。……マリアの言う通りだ。僕は君の表面的な行動しか見ていなかった。君の真意、その深い愛に気づけなかった愚かな男だ」

「ちょ、殿下? 台本! 断罪してください!」

「断罪などできるわけがない。……愛しているよ、リリス」

彼は舞台上で、私の前に跪き、手の甲にキスをした。

ワァァァァァァァ!!

会場が揺れるほどの大歓声。 スタンディングオベーション。 「リリス! リリス!」「最高のハッピーエンドだ!」「演出が憎いねぇ!」

私は舞台の真ん中で、真っ白に燃え尽きていた。

悪役令嬢の破滅劇。 それはいつの間にか、『誤解された聖女が真実の愛で結ばれる感動の物語』に改変されていたのだ。

幕が下りる。 私の希望も一緒に下りた。

舞台袖で、ハインリヒが涙を流して拍手している。 「いいもん見せてもらったぜ……。やっぱ俺の女帝はスケールが違うわ」 グスタフが頭を抱えている。 「断罪劇を自作自演し、それを逆転させることで民衆の心を掌握するとは……。恐ろしい子……!」

違う。 全部違う。 私はただ、普通に断罪されたかっただけなのに……!

学園祭は大成功に終わった。 そして私の「聖女伝説」に、また新たな1ページが刻まれたのだった。
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