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幕間 貴女との約束
遺志
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そのあとも、僕は何度もあの噴水の広場を訪ねた。しかし、セーラが現れることはなかった。
それでも、僕は、通い続けた。
何度も、何度も。
やがて、その回数が二桁を越えた頃、いつものように広場に居た僕の前に赤髪の騎士が現れた。
「何時まで待っているつもりだ?」
「レイド様……」
何とも言えず、レイドを見上げた僕に、彼は静かに告げた。
「姫様はもう居ない」
「え?」
意味が分からず問い返した僕に、レイドは淡々と言った。
「セーラ王女は亡くなられた」
「なっ……」
あまりのことに僕は、声を失った。
だけど、レイドのその言葉を、正確に理解できたのは、その可能性も想像していたからだ。最後に見たセーラの後ろ姿は、それだけのことを連想させたから。
「……どうして」
呟いた僕に、レイドはそっと何かを差し出した。
「これを預かってきた。……姫様が、お前に渡すようにと、俺に託していった」
「手紙……?」
受け取ったそれは、ずっしりと重く、封筒の中に手紙以外の何かが一緒に入っているのがすぐに分かった。僕は、少し迷ったが、レイドが視線で促しているのを感じて、その封筒を開けた。
中から出てきたのは、数枚の手紙と、大きな青い石のペンダント。
僕は、恐る恐る、手紙に目を落とした。
――クラストへ。
この手紙をあなたが読んでいる頃には、もう、わたくしはそこにいないでしょう。でも、どうか、悲しまないで。わたくしはそういう運命の下に生きてきた。はじめから、分かっていたことなのです。
綺麗な文字で綴られたそれは、セーラの生まれについて書かれていた。
竜姫の娘として、この国の王の元に預けられた姫だったこと。
国王や一部の人間にしか知らされていない竜の娘としての役割について。
そして、その役割をセーラは果たせないこと。
そのため、セーラは娘を残していかなければならないこと。
その手紙は最後にこう書いてあった。
いずれ、娘が貴方の側に現れるでしょう。
そうしたら、どうか、娘を助けてやってください。
竜の力はとても恐ろしいものです。
同封したペンダントにはわたくしの力を封じました。いつか、必要な時がきたら、使ってください。
クラスト、わたくしはあなたに会えてとても幸せでした。
どうか、娘にも幸せを与えてやってください。
身勝手なお願いかもしれません。
でも、娘には自由でいてもらいたい。彼女が己の意思で思い通りに生きることができるように。
どうか、よろしくお願いします。
いつまでも、貴方のことを見守っています。
どうか、貴方も幸せでありますように。
愛してます。
セーラ
「姫様は、お前を本当に想っていた。でも、あの方は、俺らとは違う。どうか、分かってやってくれ」
「レイド様……」
読み終わった僕にそういったレイドは、少し疲れたように笑うと、僕に背を向けた。
その背を見送って、僕は、もう一度、手紙に目を落とした。
レイドが一の騎士の役目を返上したのはそれからすぐのこと。こうして、僕は、完全に彼女との繋がりを絶たれた。
やがて、数年の時がたち、ブルーフィス家に一人の女の子がやってくる。
怯えるように僕を見上げたその子の瞳は、セーラと同じ灰色。それが彼女の娘だと、すぐにわかった。
-----
「だから、守ると誓ったんだ」
貴女が遺したこの子を。
貴女との約束を。
「そのためならどんなことでもやってみせる」
発した言葉は、夜闇に吸い込まれて消える。石造の壁は、昔来た時とそれほど変わっていなかった。
上の儀式場には、デティが居るはずだった。ラウルたちが助けるために、駆け込んでいった。その背を見送ったクラストは1人、一階下の客間を訪れていた。
ずっと昔に来たままのそこは、窓の外の景色もそのままだ。窓に近づいたクラストは、首から下げ、服の下に肌身離さず持ち歩いている青い石のペンダントを、服の上から握った。
「だけど、君が遺してくれたとおり、彼女はとてもお転婆なんだ。絶対、君に似たんだよね」
だって、最初の出会いなんか、セーラが木の上から降ってきたんだから。
出会いを思い出して、ふっと笑みを浮かべたクラストは、そのまま視線を遠くに向ける。街並みも山も川も、昔のままの景色だ。
「本当に、僕は、2人でこの景色が見たかったんだ」
不意に、上の階から大きな力が溢れ出した。竜の力が使われ、竜神が召喚される。
その気配を感じて、クラストはハッとする。
《貴方には、苦労をかけるわね》
「セーラ……」
その声は、昔と変わらないセーラの声。近くに、とても近くにその気配を感じて、クラストは固まった。
《ごめんね。でも、あの子を助けてくれてありがとう》
その言葉が聞こえて、すぐにその気配が揺らぐ。光が遠ざかり、消えていく。
「待って……!」
しかし、その声に答えはなかった。再び訪れた夜闇に吸い込まれていく。確かにそこに感じた彼女の気配は、まるで何もなかったかのように消えていた。
「また、行っちゃったんだね。本当に、君はずるいなぁ」
いつだって、僕を遺していくのだから。少しだって、待っていてくれない。
僕が戸惑うのも構わず、手を引いてくれた君だから。恐らく僕は一生彼女に勝つことはできないのだろう。
「でも、約束は守るよ。あの子があの子らしく生きていけるようにーー」
改めて思いを込めて、僕は客間を出る。
向かうのは最上階の儀式場。まずは、あの子を救うところから。
その先に待つのが苦難だとしても、僕はあの子の力になる。
それが、貴女との約束だから。
それでも、僕は、通い続けた。
何度も、何度も。
やがて、その回数が二桁を越えた頃、いつものように広場に居た僕の前に赤髪の騎士が現れた。
「何時まで待っているつもりだ?」
「レイド様……」
何とも言えず、レイドを見上げた僕に、彼は静かに告げた。
「姫様はもう居ない」
「え?」
意味が分からず問い返した僕に、レイドは淡々と言った。
「セーラ王女は亡くなられた」
「なっ……」
あまりのことに僕は、声を失った。
だけど、レイドのその言葉を、正確に理解できたのは、その可能性も想像していたからだ。最後に見たセーラの後ろ姿は、それだけのことを連想させたから。
「……どうして」
呟いた僕に、レイドはそっと何かを差し出した。
「これを預かってきた。……姫様が、お前に渡すようにと、俺に託していった」
「手紙……?」
受け取ったそれは、ずっしりと重く、封筒の中に手紙以外の何かが一緒に入っているのがすぐに分かった。僕は、少し迷ったが、レイドが視線で促しているのを感じて、その封筒を開けた。
中から出てきたのは、数枚の手紙と、大きな青い石のペンダント。
僕は、恐る恐る、手紙に目を落とした。
――クラストへ。
この手紙をあなたが読んでいる頃には、もう、わたくしはそこにいないでしょう。でも、どうか、悲しまないで。わたくしはそういう運命の下に生きてきた。はじめから、分かっていたことなのです。
綺麗な文字で綴られたそれは、セーラの生まれについて書かれていた。
竜姫の娘として、この国の王の元に預けられた姫だったこと。
国王や一部の人間にしか知らされていない竜の娘としての役割について。
そして、その役割をセーラは果たせないこと。
そのため、セーラは娘を残していかなければならないこと。
その手紙は最後にこう書いてあった。
いずれ、娘が貴方の側に現れるでしょう。
そうしたら、どうか、娘を助けてやってください。
竜の力はとても恐ろしいものです。
同封したペンダントにはわたくしの力を封じました。いつか、必要な時がきたら、使ってください。
クラスト、わたくしはあなたに会えてとても幸せでした。
どうか、娘にも幸せを与えてやってください。
身勝手なお願いかもしれません。
でも、娘には自由でいてもらいたい。彼女が己の意思で思い通りに生きることができるように。
どうか、よろしくお願いします。
いつまでも、貴方のことを見守っています。
どうか、貴方も幸せでありますように。
愛してます。
セーラ
「姫様は、お前を本当に想っていた。でも、あの方は、俺らとは違う。どうか、分かってやってくれ」
「レイド様……」
読み終わった僕にそういったレイドは、少し疲れたように笑うと、僕に背を向けた。
その背を見送って、僕は、もう一度、手紙に目を落とした。
レイドが一の騎士の役目を返上したのはそれからすぐのこと。こうして、僕は、完全に彼女との繋がりを絶たれた。
やがて、数年の時がたち、ブルーフィス家に一人の女の子がやってくる。
怯えるように僕を見上げたその子の瞳は、セーラと同じ灰色。それが彼女の娘だと、すぐにわかった。
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「だから、守ると誓ったんだ」
貴女が遺したこの子を。
貴女との約束を。
「そのためならどんなことでもやってみせる」
発した言葉は、夜闇に吸い込まれて消える。石造の壁は、昔来た時とそれほど変わっていなかった。
上の儀式場には、デティが居るはずだった。ラウルたちが助けるために、駆け込んでいった。その背を見送ったクラストは1人、一階下の客間を訪れていた。
ずっと昔に来たままのそこは、窓の外の景色もそのままだ。窓に近づいたクラストは、首から下げ、服の下に肌身離さず持ち歩いている青い石のペンダントを、服の上から握った。
「だけど、君が遺してくれたとおり、彼女はとてもお転婆なんだ。絶対、君に似たんだよね」
だって、最初の出会いなんか、セーラが木の上から降ってきたんだから。
出会いを思い出して、ふっと笑みを浮かべたクラストは、そのまま視線を遠くに向ける。街並みも山も川も、昔のままの景色だ。
「本当に、僕は、2人でこの景色が見たかったんだ」
不意に、上の階から大きな力が溢れ出した。竜の力が使われ、竜神が召喚される。
その気配を感じて、クラストはハッとする。
《貴方には、苦労をかけるわね》
「セーラ……」
その声は、昔と変わらないセーラの声。近くに、とても近くにその気配を感じて、クラストは固まった。
《ごめんね。でも、あの子を助けてくれてありがとう》
その言葉が聞こえて、すぐにその気配が揺らぐ。光が遠ざかり、消えていく。
「待って……!」
しかし、その声に答えはなかった。再び訪れた夜闇に吸い込まれていく。確かにそこに感じた彼女の気配は、まるで何もなかったかのように消えていた。
「また、行っちゃったんだね。本当に、君はずるいなぁ」
いつだって、僕を遺していくのだから。少しだって、待っていてくれない。
僕が戸惑うのも構わず、手を引いてくれた君だから。恐らく僕は一生彼女に勝つことはできないのだろう。
「でも、約束は守るよ。あの子があの子らしく生きていけるようにーー」
改めて思いを込めて、僕は客間を出る。
向かうのは最上階の儀式場。まずは、あの子を救うところから。
その先に待つのが苦難だとしても、僕はあの子の力になる。
それが、貴女との約束だから。
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