新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART2 ~鎮西のジャンヌダルク~

あさくらやたろう-BELL☆PLANET

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第二章その4 ~信じてほしいの!~ ガンコ才女の説得編

招かれざる客人

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「……きっかけは、ある連中からの声かけでした。今考えればおかしな話ですが、納入する装備の質を落とせば、資金をくれるっていうんです。丁度種子島に工場を移転する金もかかってたんで、つい……」

「資金援助って……」

 天草が露骨に表情を険しくした。留吉に歩み寄り、強い語気で彼に尋ねる。

「ちょっと待って下さい、煉獄堂さん。一体誰が、何の目的でそんな事を?」

「……そ、それが分からないんですよ。こっちも電話だけで、直接顔を見たわけじゃないんで」

「素性も分からない相手に協力したんですか……!?」

 天草が驚くと、留吉は気まずそうに項垂れた。

「……そ、そうなんです。ただ言う事を聞けば、確かに金は振り込まれたんで。始めは拒むヤツもいたんですが、協力を断ったヤツが相次いで殺されまして。結局誰も逆らえなくなったんです」

「…………もしかしたら、一連の工場爆破テロと繋がってるかもしれないわね」

 天草は厳しい顔で考え込んでいる。

 留吉はいっそう反省した様子で続けた。

「いや、ほんとに我に返ってみると、何て事をしてたんでしょうか……」

「どアホ、反省して済むかいな!」

「そうじゃい、死んで詫びんかい!」

「ひいっ!? やっぱり殺される!」

 キツネと狛犬に追いかけられ、留吉は悲鳴を上げて逃げ惑っている。

 唯一冷静な牛が、留吉の後を続けた。

「どうも彼らは、軽い洗脳を受けていたようです。モウ消えていますが、首筋に大きな痣がありましたよ。霊障や呪われ傷の類でしょう」

「そっ、そそそう言えばっ、社員が痣がなんとか言ってました! ひいっ!?」

 絶体絶命の留吉をよそに、鶴はコマに問いかける。

「ねえコマ、要するに、この城下にまだ曲者くせものがいるって事よね。ほっといたら何をされるか分からないわよ」

「そりゃあ出来れば何とかしたいけどさ。相手は顔も見せてないし、場所も分からないんだよ?」

 表立って支配してきた四国の敵より、随分用心深い相手である。

 誠達が困っていると、後ろから蚊の泣くような声が聞こえた。

「………………あ、あの、よろしいでしょうか……?」

 誠達が振り返ると、そこにはいつの間にか、志布志隊の八千穂が立っていたのだ。

 八千穂は少しおどおどしながら、誠達に語りかけてくる。

「……あ、あの、さっきのお話ですが、少し気になる事があったので……」

「き、君は、青島の娘か」

 蓑虫みのむしのように縛られ、宙吊りにされた留吉が言うと、八千穂は律儀に頭を下げた。

「は、はい。煉獄堂さん、お久しぶりです」

「あ、いや、こちらこそ。それはそうと青島のお嬢さん、出来ればここから降ろしていただけると……」

 下で焚き火を始める神使に焦る留吉だったが、八千穂は必死の表情で誠達に向き直った。

「そっ、その、やっと思い出したんです。昔、父の会社に変な人が来ていて」

 八千穂の話によると、今から8年程前、青島グループに怪しい連中が近づいて来たという。

「勿論父は、何度も彼らを追い返していました。この非常時にろくでもない連中だって。でもその後、一族はみんな行方不明になって…………」

「そ、それは……お気の毒に……」

 誠がどう言葉をかけていいか分からないでいると、八千穂は気丈に首を振った。

「いいえ、大丈夫です。勿論今も辛いですけど……私もみんなの役に立ちたいんです……!」

 八千穂はそこで鶴を見つめる。

「あ、あの、宗像さんの時みたいに、私の思い出、見ていただけませんか?」

「ありがとう、ちほりん! あなたの勇気、ひとかけらも無駄にしないわ!」

 鶴は力強く頷くと、虚空から例の映写機を取り出した。

 それを八千穂の頭に載せると、映写機は光を帯びて、思い出の光景を映し出したのだ。



(…………なんだろう。すごく懐かしい感じがする……)

 映し出された映像を、天草は見つめていた。

 場所はどこかの室内である。

 白1色の清潔な壁。光沢を帯びた木製のフローリング。

 観葉植物のベンジャミンが、2本の幹をり合わせながら垂直に伸び、上の方だけにこんもり葉を茂らせている。

 スチールパイプの4本足を持つ椅子は、セブンチェアというたぐいだったか。背もたれや座面が、厚さ1センチ程の木の板で出来ていて、もたれかかるとよくしなるのである。

 壁際の棚には様々な商品が飾られていたし、天井から突き出た沢山のスポットライトが、首を傾けてそれらの品々を照らしていた。

 インテリア好きだった天草の母は、よく本と睨めっこしながら「ここまで棚がきて、ここに鉢を置くでしょ」と身振り手振りを交えて考えていた。

 おかげで天草もそれらの名前を覚えたのだが、ともかくここは、企業か何かの展示室であろう。

 ただそんな洒落た室内とは不似合いに、映像には細かいノイズが飛び交っている。まるで子供の成長を記録した、古いビデオフィルムのようだ。

「…………っ!」

 懐かしさのもう1つの理由に気が付き、天草は身を硬くした。

 そんな母と天草を記録しようと、あの男がよくカメラを向けていたからだ。

 頭のどこにこびりついていたのか、「ひいちゃん笑って」というあの男の声が、妙に生々しく思い出される。


 天草の内心をよそに、幼い八千穂は進んでいく。

 スリッパがパタパタと音を立て、通路や部屋をいくつか過ぎると、広い事務所にたどり着いた。

 業務用デスクが並ぶ一番奥で、怪訝そうな顔をした男性が見えた時、八千穂は感極まったように呟いた。

「ああ、お父さんだ……!」

 八千穂は耐え切れず涙を流したが、それでも懸命に映像を指差す。

「あ、あの人達ですっ……!」

 皆、食い入るように映像を見つめた。

 思い出の八千穂は身を屈め、そっと机の下から近づいていく。

 濃いグレーのスーツに身を包んだ来客達は、どこか言い知れぬ不穏な気配を放っていた。上辺では丁寧な態度を装っていても、端々に冷たい何かが見え隠れしているというのか。

 彼らが置いたバッグが机の端から覗いていたが、そのバッグの持ち手には、透明ケースに入った身分証がくくられていた。

 机の足が邪魔であり、その全体は見えないのだが、鶴が映像を拡大すると、『合同会社・興事きょうじエレメンタル総業』と記されている。

「おおお、やったな! これであいつらの名前が分かるぜ!」

 今まで大人しくしていた壮太が、興奮して身を乗り出してきた。

「こら壮太、黙ってる約束でしょ。あたし達がでしゃばると、八千穂が話せなくなるんだから」

 湯香里がジト目で壮太を睨むが、そこで八千穂が悲壮な声で呟いた。

「……ご、ごめんなさい。私、邪魔しちゃいけないと思って、ここから前に出てないんです。だから住所とか、お名刺全部見えません……」

 だがそこで鳴瀬少年が言った。

「……あの身分証、端に変なマークがあるよな。あれって高千穂研の通行許可証パスだ。父さんが持ってたから覚えてる」

 そこで鶴が不思議そうに首を傾げる。

「でも黒鷹、これって餓霊が出てきた後の事でしょ? 研究所が壊れたのに、何で付けたままにしているの?」

「それは……信用になると思ったのかな。あそこに出入りしたって事は、それなりの業者って事だし。それか、素人の人間相手だから舐めきってたのか。変装用具なんて使い回しでいいって、見下した気持ちがあったとかさ」

「多分後者ね。まったくけしからんわ!」

 鶴はそう言ってぷりぷり怒るが、肩にいた狛犬?が彼女をとりなす。

「でもさ鶴、という事は、当時の高千穂研の記録があれば、あいつらの素性が分かるんだよね。どこかに保管されてるといいけど」

 コマの言葉に、一同は天草に視線を集めてきた。

 天草は少し戸惑いながら頷く。

「……そ、そうね。高千穂研そのものは国家の管轄だけど、入所の管理は地元の宮崎県がしていたから。未整理だけど、撤退した役場の資料があったと思うわ」

「素晴らしいわ。鶴ちゃんやみんなの活躍で、ようやく道が見えてきたわね」

 鶴は満足げに頷くと、気さくに天草こちらの肩を叩いた。

「それじゃあまちゃん、さっそく行くわよ。その資料の場所を思い浮かべて」

「わ、分かったわ」

 天草がその場所をイメージした瞬間、眩しい光が周囲を包む。

「ちょっと待って、その前にわしを降ろしてくれっ!」

 吊るされた留吉が叫ぶのも虚しく、数瞬の後、天草達は書類庫へと降り立っていた。
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