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第二章その6 ~目指すは阿蘇山!~ 火の社攻略編

ありがとう、ひいちゃん

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 タイミングを見計らい、天草は制御室に飛び込んだ。

 制御室の片隅に、子供達が震えている。

 驚いて振り返る人影、つまり魔族を、天草は次々に射撃する。

 必死に子供達に呼びかけた。

「みんな、下がって! 部屋の外に!」

 不意を突かれたせいか、室内の魔族は弾丸に倒れていく。

 だが次の瞬間、横手から声がかかった。

「……これは、不躾ぶしつけな客人だな」

 背の高い、一見して紳士のような風貌の男だったが、その目は人ならぬ光を宿している。

 天草は咄嗟に引き金を引くが、弾丸は赤い光の幾何学模様に阻まれた。

 男は手を伸ばすと、天草の腕と銃を掴む。そのまま大きく振り回し、軽々と放り投げたのだ。

「……こんな玩具で、勝てると思ったのか」

 男は奪った銃を易々と握り潰した。

 天草は起き上がろうとするが、次の瞬間、男から不可視の衝撃が押し寄せる。

「…………っ!!!」

 天草は背後の壁に叩きつけられ、したたかに頭を打った。

 そのまま崩れ落ち、力なく床に転がる。

 先ほど銃撃したはずの魔族達も、次々に起き上がってきていた。

 咄嗟に魔力で弾の威力を弱めたのか、それとも体の頑強さが、人とは一線を画するのか。

「一族を傷つけてくれた礼だ。死をもって償え」

 男はそう言って天草に歩み寄るが、その時、周囲が激しく揺れ動いた。

「どうした?」

 男の問いに、他の魔族が答えている。

「それが……鬼ども派手に暴れまわって、かなり壁が傷んでおります」

「あのバカどもが! 今どこにいる!?」

 男は苛立ちを隠さず、部下達に歩み寄っていく。

 天草は朦朧もうろうとする意識で眺めていたが、ふと傍らに、黒い小さな物が落ちているのに気付いた。

 あの鶴という少女の映写機であり、天草が拾ったまま返すのを忘れていたのだ。

 映写機はそこで光を帯びる。

 すると頭の中に、何かの映像が流れ込んで来た。

 これは……過去の出来事だ。場所は他ならぬ、このコントロールルームである。

 モニターとコンソールに向き合い、天草に背を向けて立つその人物は、確かに生前の父だったのだ。



『正体不明の怪物、なおも増殖中!』

『全居住区画、完全に汚染されました!』

『館内放送を! 出来るだけ化け物を閉じ込めつつ、中の人を誘導するんだ!』

 父はオペレーター達を励まし、必死に指示を続けていた。

 やがてオペレーターが、悲痛な顔で振り返った。

『最終ゲート、避難中の人々が押し寄せています。どうしますか!?』

 モニターには、泣き叫ぶ人々の姿が映る。

 父は言った。

『開けてくれ』

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 その言葉を聞いた時、天草の心臓は、かつてない程に強く脈打った。

『私の責任でいい、開けるんだ! 出来るだけタイミングを合わせて、怪物が外に出る数を減らす!』

 父はもう一度、はっきりとそう言った。

 その時、父の背後に人影が現れた。先ほど天草を攻撃した、あの魔族である。

 男の手の平から発された何かが、父の背を貫いた。

 オペレーター達も、次々と凶弾に倒れ付す。

『……美談は不要、政府は民に恨まれねばならん。国崩しにはそれが一番だ』

 男はそう言って笑みを浮かべるが、そこでふと横手を見やった。

 父が起き上がっていたからだ。

 喧嘩などからきしであろう父は、唇を震わせ、血を吐き出しながら、それでもコンソールにしがみついている。

 父は震える手を必死に伸ばす。透明プラスチックのカバーに覆われた、黒いコックレバーにだ。

 だがそこで、男が父の首を掴んだ。

『……ウジ虫が。不要だと言っているだろう?』

 男は父を乱暴に持ち上げ、背後の壁に投げつけた。

 コンクリートの壁が柘榴ざくろのように割れ、破片が高く舞い上がった。

 男が何かを呟くと、床から巨大な炎の手が伸び、父の体を掴んだ。

 その瞬間、まるで爆発したように、父を大量の炎が包んだのだ。

 燃え上がり、消え行く父の遺体を見下ろし、男は嘲笑うように笑みを浮かべた。



「…………っ!!!!!!」

 天草の中に、何かが宿った。怒りなのか、それとも違う感情なのか。

 目をやると、部屋の反対側に操作盤コンソールパネルが見えた。

 弾けるように身を起こし、天草は走る。

 怖さも痛みももう感じなかったし、何も考えていなかった。

 あの男が振り返ったが、位置的に天草とは遠い。

 だが配下の魔族が近づいていた。今にも捕まるかと思った瞬間、魔族達に小さなものが飛びかかったのだ。

 キツネに狛犬、それに牛……あの鹿児島にいた、沢山の神使達である。

 眼帯を付けた狛犬が、魔族に飛び蹴りしながら叫んだ。

「まだ死ぬなよ姉ちゃん! 約束のラーメン、食わしてもらってないんじゃい!」

 キツネと牛も奮闘しながら怒鳴った。

「堪忍な! 先回りするはずやったけど、敵がぎょうさんおったんや!」

「モウレツに時間をくってしまいました!」

 奮戦する神使達の横をすり抜ける天草だったが、そこで肩を掴まれた。

 あの背の高い魔族の男だった。

 コンソールから引き離すように投げ飛ばされ、背中を強打した。

 父が叩きつけられた辺りであり、壁に大きく割れた跡があった。

 男は素早くこちらに迫り、天草の首を掴むと、そのまま壁に押し付ける。

 今度は手を離さず、確実に絞め殺そうとしているのだ。

 ぎりぎりともの凄い力で締め上げられ、意識が遠退く。

「……いい加減悪あがきはよせ、ウジ虫が……!」

「……っっっ!!!!!」

 その言葉を聞いたとき、遠退きかけた意識が呼び戻された。

 許せない! 絶対にこの男を許さない!

 天草はもがくように壁をまさぐる。割れていたコンクリートの破片が、右手に触れた。

「う、うわああああっ!!!」

 思い切り、破片を男の顔に投げつけた。投げるように叩き付けた。

「ぐおっ!?」

 さしもの男も一瞬怯み、その隙に天草は相手を突き放した。

 そのまま何も考えずに走った。

 男が怒り狂って何かを叫ぶ。

 もの凄い熱気が辺りを包み、前方から炎の手が立ち上がった。

 あの手に掴み取られたら、一瞬で焼き尽くされるだろう。

 でも止まっている時間はない。

 ふいに、あの人の声が聞こえた。

『ひいちゃんの髪、羽みたいだ』

 天草は覚悟を決め、炎の手に向かって走る。

 今にも掴まれそうになった時、天草は身を屈めた。

「……私には、羽があるのよっっっ!!!」

 床を蹴って、思い切り飛び越える。

 炎の指が足を掠めたが、天草は何も考えなかった。

 着地して、そのままコンソールパネルに倒れ込む。

 パネルの右上に手を伸ばし、透明プラスチックのカバーを開けて、中のコックレバーを握った。

 その時、不意に懐かしい光景が目の前に浮かんだ。

 あの懐かしい我が家の廊下だ。

 リビングに続くドアの隣には、幹がねじれた観葉植物が置いてある。

 名前は確か、ベンジャミンだ。

 ドアの向こうから両親の笑い声がして、おいしそうな料理の匂いが漂ってくる。

 もう思考も何もかなぐり捨てて、天草はドアにしがみついた。

 ただ夢中でドアノブをひねり、室内に飛び込む。

 部屋は光に包まれていた。

 何も見えない。

 もう一度、声が聞こえた。

『…………ありがとう、ひいちゃん』
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