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第二章その6 ~目指すは阿蘇山!~ 火の社攻略編

あの頃恋した人の後ろで

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 物凄い轟音が、室内を……建物全体を叩いていた。

 赤い光が荒れ狂い、部屋中を駆け巡っている。

 長い長い時を経て、門が再び開いていくのだ。

「やったで姉ちゃん! ようやった!」

 キツネが天草の肩に飛び乗って喜んだが、それも束の間。

 部屋の壁に、床に、無数の亀裂が走り始める。

 狛犬や牛も大慌てで、天草の肩や頭に飛び乗ってくる。

「やばいぞ! 結界が途切れたら、力が暴走しとるんじゃい!」

「モウ建屋がもちませんね!」

 モニターから見える外壁が、どんどん崩れ落ちていく。

「不知火様、脱出を!」

 配下に促され、長身の魔族は悔しげに歯噛みしていたが、やがて身を翻す。

 壁際に赤い光の円を浮き上がらせると、魔族どもはその中に消えたのだ。

 最後にあの男の声が聞こえた。

「覚えていろ人間……そして神の傀儡かいらいどもよ……!」

「ワイらをなめんなよ! 忘れるのは得意なんやで!」

 キツネがあかんべをしているが、天草はそこで全身から力が抜けるのを感じた。

 今まで体を覆っていたうっすらとした光が、どんどん薄れていくのである。

 それと同時に、体の機能も元に戻っていくのだろう。立っているのも辛くなって、天草は神使達に言った。

「あなた達、お願い! 子供たちを、早く……!」

「まかしとけ!」

 天草の嘆願に答え、神使達は人質の子供達に駆け寄った。

 神使達は数匹が1組となり、子供達をぶら下げて宙に浮かぶと、窓からふわふわ連れ出していく。

「姉ちゃん、ちょっと待っとれや! この子ら送ったら、すぐ戻ってくるで!」

 キツネがそう言って、窓の外に最後の子供を連れ出した。

 良かった。これで子供達は助かるんだ。

 天草は安堵したが、そこで大きな振動が走った。

 何かが爆発するような轟音が連続して起こり、ひび割れた床が、大きくずれ始めたのだ。

 崩落する…………!

 床は柘榴ざくろのように裂け、天井からは粉塵と破片が雨のように降り注いでいる。

 ざあざあとノイズのように、耳を叩く瓦礫の雨。

(…………ああ、ここで死ぬんだ)

 不意にそう気が付いた。

 体は言う事を聞かないし、もう神使達の帰りを待つ時間はない。

(怖い……怖いけど……)

 天草は後ろ手を伸ばし、すがるようにコンソールパネルに手を置く。

(……いいよ。お父さんと一緒だもの)

 10年前、父が最後を迎えたこの部屋で、同じように自分も死ぬ。

 それは何か、避けがたい大きな決め事のように天草には思えた。

 ふと足元に、小さな黒い塊が見えた。あの映写機である。

 天草は痛む体でそれを拾うと、ポケットに収めた。

 やがて天井に、一際大きな亀裂が走った。

 見上げる天草の元へ、巨大なコンクリートの塊が、鉄骨と共に迫ってくる。ゆっくりと、そう少しずつ。

(そうだ、これは罰なんだ……!)

 天草は恐怖心と戦いながらそう思った。

 長きに渡り、無実の父を憎み続けた自分への罰なのだ。だからここで眠るんだ。

 怖いような、寂しいような、不思議な気持ちだった。

 心は落ち着いているのに、心臓だけが大慌てで、どんどんと胸を打ちつけている。

 だが、次の瞬間。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 後ろから猛烈な衝撃が響くと、何かが天草の頭上に覆い被さっていた。

「……………………?」

 1秒……2秒。

 何が起きたか理解出来ない天草をよそに、それは瓦礫を振り落とした。

 巨大な人型重機の腕である。

 恐る恐る振り返ると、そこには白い機体がいた。

 コントロールルームの壁を破り、あの明日馬あすまが乗っていた伝説の人型重機・心神がいたのである。

「……明日……馬……くん……?」

 混乱する天草をよそに、心神はその手を天草の傍に寄せる。

「天草さん! 早く乗って!」

 心神の外部拡声器スピーカーから声が聞こえた。あの少年の声だった。

 天草はふらふらと、しゃがみこむように鋼鉄の腕に乗る。

 座って、それから必死にしがみついた。

 心神は、ゆっくりと手を室外に引き抜く。

 引き抜いた衝撃で、コントロールルームの壁も、天井も、大きく崩落していくのが分かった。

 あと一瞬遅かったら、間違いなく潰されていただろう。

 目をやると、周りは何も無い高い空間である。

 高所が苦手な天草は、下半身から血の気が引くのを感じた。

 心神が地上に着地すると、操縦席の隔壁コクピットハッチを開き、あの少年が姿を現す。

 少年は天草の手を引いて、後ろの補助席に座らせた。

 遠い昔、まだ10代の少女だった頃、一度だけ座った事のある補助席だ。

 少年は手早くハッチを閉めながら、前を向いたままで言った。

「良かった無事で。ケガはないですか?」

「…………はっ、はいっ……!」

 天草は反射的に答えていた。

 少年は安堵し、機体を操作して崩れる門から離脱していく。

 その後ろ姿を見つめながら、天草は混乱していた。

 顔が熱い。何も考えがまとまらない。

 心臓はもうバカになっているのか、祭り太鼓のように大騒ぎだった。

 一体自分は、どうなってしまったのだろう?

(………………ちっ、違うっ!? 絶対絶対、違うんだからっ!)

 ある可能性に思い当たり、天草は慌てて首を振った。

(そうだ、きっとこれは怖さのせいだ……!)

 いくら羽があるとは言っても、高い所は怖かった。だからこんなにドキドキしているのだ。

 そうだ、そうに決まっている……と思い込もうとしたのだが、タイミングの悪い事に、再び父の姿が思い出される。

『ちゃんと確かめないといけないな』

 父は変わらぬ笑顔でそう言っている。

「………………」

 天草は少し抗議するように、崩れ行く門を見つめていた。

 ありがとう、と自然に唇が動いた。

 本当は、もっと沢山言うべきだったのだ。

 小さい頃、言い足りなかった感謝の言葉を、心の中で何度も言う。

 惨劇の門は崩れ落ち、やがて土煙の中に姿を消した。
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