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第一章その7 ~あなたに逢えて良かった!~ 鶴の恩返し編

何度泥にまみれても

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 やがて誠の前に、1体の敵が進み出た。

 大きさは心神と変わらないが、ただの餓霊ではない、と直感で分かった。

 外皮は鎧のように鋭角に研ぎ澄まされ、兜には長い角が生えている。

 右手にはいびつな剣を持ち、左腕には盾のように硬質化した板皮ばんぴを備えていた。

「随分と暴れてくれたな。人間」

 誠はその声に聞き覚えがあった。旗艦で誠達を襲った、あの爪繰つまぐりと名乗る男のそれだ。

 他の餓霊は、今は遠巻きに控えて様子を窺っていた。

「多大な損害をくれた礼だ。私自ら相手をしてやろう」

 敵はおもむろに右手の剣を振りかぶる。身構える誠だったが……

「!!!???」

 その瞬間、全身に物凄い衝撃が走り、機体は膝をついていた。

 手足が痺れる。目の前にチカチカ火花が見えて、声にならない声が漏れた。

(何をされた? 何も見えなかった……)

 誠は荒い呼吸で相手を見据える。相手は頭部の口を開いて嘲笑った。

「どうだ、屈辱だろう。だが私はもっと屈辱だったのだ。人間ごときに計画を狂わされ、夜祖様や御方様の信頼を失いかけた事がだ……!」

 相手は再び剣を上段に構える。

(剣はフェイントだ、よく見ろ……!)

 誠は必死に目を凝らすが、次の瞬間。

 !!!!!!!!!!!!

 今度は背後から攻撃を受け、誠の機体は倒れていた。

 先ほどより、更に強い衝撃が襲ってきて、体中の神経が焼け付くようだ。とても身を動かすどころではない。

「色々と調子に乗ってくれたが、私が出張ればこの通りだ。術も使えぬ人間など、そもそも我らの敵ではない」

 相手は更に大きく口を開き、愉快そうに嘲笑した。

 誠は意識を必死に保ちながら、機体の身を起こした。

(見てたらだめだ、こっちから攻める!)

 誠は一気に距離を詰めたが、斬りつけたはずの敵は、まるで煙のように薄れて消えた。

「幻覚だよ。術だと言っただろう?」

 再び後ろから、あの衝撃が全身を襲った。

 誠は背後を薙ぎ払ったが、刀は空しく空を切る。

 同時に先ほどの衝撃が、連続して誠の身を叩いていく。

(何も見えない、何も分からない……!!!)

 普通の餓霊であれば、電磁バリアの輝きは人の目に見える。光ってから効果が発動するまでのタイムラグもある。

 だがこの相手はレベルが違った。

 見えにくいよう、発動のぎりぎりまでその輝きを隠し、瞬時に術を展開してダメージを与えているのだ。

 術を編み上げる速度と錬度が、普通の餓霊とは次元の違う高みにあった。

「…………っ!!!!!」

 僅かに呼気だけが漏れて、誠は機器に頭を打ち付けた。

「無様だな。いかにチャンバラに優れようが、人間ごときが思い上がるからだ」

 相手は2重に重なった声で、上機嫌の言葉を続ける。決して誠に近付こうとせず、距離を保ってなぶっているのだ。

 だがその時、誠の機体のコクピットに、大音量の声が響いた。

 顔を上げると、モニターにはあの購買のおばちゃん・渡辺さんが大写しになっていた。こうして近くで見るとド迫力である。

「あんた、何をへばってるんだい! あんなにうまいもん食べたんだろ、こんな所でへこたれるんじゃないよっ!」

 渡辺さんが怒鳴ると、周囲にはあの幼子を含めた、沢山の子供達が現れる。

「お兄ちゃん、負けるなーっ!」

「頑張れーっ!」

 皆、声を枯らして応援してくれている。

 誠は操作レバーを握り締め、機体を再び起こし始める。

 それから心の中で謝った。

(……ごめんな、俺は偽者なんだ。俺にそんな力は無いし、明日馬さんとは違う。でも、)

 我知らず、レバーを握る手に力が入った。

(それでもこの機体に乗ってる以上、少しでも長くこの国を守る。いつか本物の英雄が現れるまで、負けるわけにいかないんだよ……!)

 最早何度起き上がり、何度倒されたのか覚えていない。攻撃が加えられる度、体が焼き尽くされるように痛んだ。

(……正直、ちょっと嫌になる。死に物狂いで鍛えても、どんどん弱くなるんだから。それなのに、倒れられない理由だけ、バカみたいに増えてくんだ……!)

 子供達の声を支えに、誠は再び機体を起こした。

 機体の手をついた場所に、コンクリートの破片が落ちていた。

 誠はあの避難区で、弁当箱に詰まっていた石を思い出す。

『男の子だから、こんな事で負けちゃだめよ』

 雪菜はいつもそう言っていたのだ。だから誠は身を起こす。



 誠を嘲笑っていた敵も、流石に苛立ってきたようだ。

「しつこい輩だ。いい加減腹立たしくなって来たな」

 誠が機体を前に走らせると、相手の姿は霧になって消えた。

「幻覚だと言っただろう、そろそろ終わりだ!」

 相手が言うのと同時に、誠の周囲に無数の光が閃いた。

 あの衝撃が、かつてない数で同時に襲ってきたのだ。激しい雷に打たれたようになって、誠は意識を失った。
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