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エピローグ ~風凪ぐ日々を取り戻そう~

世にいかな嵐がふきすさむとも

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「ちわっ、みんな飲んでる?」

 いきなり登場した鶴に、誠は思わずひっくり返った。場所は旗艦みしまの食堂兼・休憩室である。

「ちょ、お前なんでいきなりっ! 消えてから2時間も経ってないだろ!」

「細かい事は井伊直虎、黒鷹ただいまお腹すいたっ」

 鶴はぴょんぴょん跳ねながら近寄り、左隣に腰を降ろした。テーブルの上には、あの狛犬のコマもちょこんと座った。

「ただいま黒鷹。僕もなんだかお腹がすいたよ。何か食べさせてほしいなあ」

「ちょっと待ってろよ」

 誠は急いで料理を用意する。

「てかそれはいいけど、帰り方にタメがなさすぎだろ。もっとこう前フリがあって、光に包まれて降りてくるとかさ」

「もぐもぐ、そこを飾らないのが鶴ちゃんですから」

 食事をぱくつきながら、鶴は嬉しそうに答える。

「あらっ、それにしても、これは恐ろしいほどグルメですわ。きっと名のあるシェフが作った料理ですわよ?」

「いや、お腹空いてるからだろ」

 誠のツッコミをよそに、鶴は楽しそうに食事を続ける。

 こんなおいしいもの初めて食べたわ、でもあのお城のグルメは別よ、などと言う鶴を眺めていると、誠はおかしくなってきた。

「……ほんと、変なヤツだな」

「それは否定できないねえ」

 コマも厚切りの海ハムをもぐもぐやりつつ相槌を打つ。

 鶴がおかわりに席を立ったのを見て、誠はコマに尋ねてみた。

「……ところでコマ、なんでお前の主人は元気になったんだ? その、俺が言うのもなんだけど、失恋ていうか、かなり落ち込んでたのに」

「それは簡単」

 コマはハムを飲み込んで、上手に紙ナプキンで口元をぬぐう。それから小さなおみくじを差し出した。

「鶴にこのくじを引いてもらったんだよ。人間界の風習について書いててね。正妻になれなくても昔はほら、側室がね」

「なっ!!!???」

 誠は思わず立ち上がった。

「な、何をわけわからない事教えてんだっ! 今は戦国時代じゃないんだぞっ!」

「まあまあ、もう少し夢を見せてあげようよ」

 コマはもう1枚ハムをおかわりしながら言う。

「もしかしたら、大逆転で正妻になれるかも知れないし。お人好しの誰かさんが、ホロリとくるかも知れないしさ?」

「勝手な事言いやがって……」

 誠は頭を抱えるが、そこで急激に景色が変わった。

 食堂は一瞬にして消え、誠と鶴とコマだけが、ぐんぐん空の上へと浮かんでいくのだ。

 やがて誠達は、日本を俯瞰する高空で停止する。

 そして2人のすぐ傍に、あの女神達が現れた。

「良くやったな、2人とも。怪我人の手当ても終わったし、そろそろ次の話をせねばならぬ」

「お姉ちゃん、その前にまずはご褒美よ」

 サクヤ姫がウインクすると、誠達の眼前に、白い巨大な光球が現れた。

「黒鷹よ、これは幸魂さきみたまという、膨大な幸運の塊だ。国守る勇者としてのご褒美かつ、支度金のようなものだな。お前が一生幸せに暮らせる量の幸であり、これがあれば、もう不幸に嘆く事もないだろう」

 岩凪姫はそう告げた。

「受け取るがいい。見事第5船団を勝利に導き、人々を守り抜いたお前には、これを受け取る資格がある」

「………………」

 誠はしばらく黙っていたが、やがて口を開く。

「……それって、みんなに分けれませんか?」

「皆に?」

「俺の力だけで勝ったわけじゃないし……それにまだ苦しんでる人がいるなら、後味も悪いし」

「それはいいが、日本中の人数で割れば、飴玉1つ程度の幸になるぞ?」

「明日馬さんなら、そうすると思いますから」

 誠は迷わず頷いた。

 勿論幸せは、喉から手が出るほど欲しい。はっきり言ってやせ我慢だ。この幸をもって雪菜を幸せに出来れば、それが何より恩返しになるかもしれない。

 でも今も苦しんでいる人がいるのに、自分達だけご褒美をもらったって、雪菜はきっと喜ばないだろう。

「そうか。まあ別に止めぬがな」

 岩凪姫は苦笑する。

 サクヤ姫はにこにこしながらやりとりを眺めていたが、やがてこう提案してくれた。

「ねえ黒鷹くん、何か声を届けてあげたら? 鶴ちゃんも一緒にね」

 誠は鶴と顔を見合わせ、同時に頷く。

 2人は声を合わせて叫んだ。

『必ず助けに行くから、負けないで!』

 そんなメッセージを受け取ると、白い光球は分裂し、無数の流れ星がごとく列島に降り注いでいったのだ。

 やがて2つの光が舞い踊り、鶴と誠の手の平に落ちた。大きさはマシュマロ程度である。

「わずかな幸だが、お前達の分だ。何を願う?」

 岩凪姫の言葉に、誠はしばし考えた。

「……とっておきます」

「ふむ?」

「だって絶対幸せが来るって分かってるんでしょ? だったらこの戦いが終わった時の楽しみにとっときます」

「そうね、私もとっておくわ。きっと世界一おいしい飴になるわよ」

 鶴も嬉しそうに同意する。

 光は戸惑うように舞い上がり、2人の周りを回りながら消えてしまった。

「……いいだろう。それではこの先の話をしようか」

 岩凪姫は頷くと、眼下の日本に目を向けた。

「知っての通り、日の本は6つの船団に分かれている。北海道の第1船団。東北の第2船団。関東から東海にわたる第3船団。日本海側の第4船団。瀬戸内と四国を管轄する第5船団。そして九州以西を統べる第6船団だ」

 女神の言葉と共に、それぞれの船団の支配海域が色分けされ、海岸線は同じ色で縁取られていく。

「このうち問題が少ないのは第3船団だな。横須賀の奇跡で知られる通り、日本最強の船団だからだ。第6船団の九州は、始まりの地・高千穂を有するだけに、かなり苦戦している」

 そこで近畿地方の一帯に、赤い巨大な光が点滅し始めた。

「各船団に加勢し、魔王の配下を討ち滅ぼせば、最終的にはあの魔王ディアヌスと戦わねばならぬ……が、今の戦力では、正直勝ち目は薄いだろう。まずは他の船団に協力しつつ、人々の力を結集するのだ。そのためには政治の働きかけも必要だぞ。よその船団の支配地に、許可無く入れば侵略者となるしな」

 女神はそこで誠達を見据えた。

「……いかに鶴が強運の持ち主でも、ここから先は艱難辛苦かんなんしんくの連続であり、幾多の悲劇がお前達を襲うだろう。それでも私は、お前達に託したい」

 岩凪姫はそこで片手を前に突き出す。唐突に激しい風が吹き荒れたが、風はやがて穏やかになり、誠達の頬を撫でていった。

「勿論私も全力でお前達を導く。世にいかな嵐がふきすさむとも、風凪ぐ日々を取り戻そう。そのために私は岩凪姫の名を名乗ったのだ」



 誠は力強く頷いた。

「俺も、出来ると信じてます。ヒメ子が……そしてあなた達がいるから」

「いい顔になったわね」

 サクヤ姫が微笑むと、岩凪姫も頷いた。

「果て無き試練に立ち向かい、積み上げてきた最高の自信だ。もう、なまなかな事では揺らぐまい」

 やがて景色は少しずつ薄れていく。

 サクヤ姫が手を振り、ゆっくり休んでね、と言ってくれた。
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