新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART5 ~傷だらけの女神~

あさくらやたろう-BELL☆PLANET

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第五章その1 ~ほんとに勝ったの?~ 半信半疑の事後処理編

鳳はお嫁に行きたい!

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「………………?」

 目が覚めた後も、誠はしばし呆然としていた。

 慎重に、顔だけ動かして周囲をうかがうと、どうやら子供部屋のようだ。

 昔流行っていた、やたら頑丈な勉強机……イトウくん学習デスクと、横にかけられたランドセル。

 机上には教科書が積まれていて、そばに大きな箱があった。おはじきや数字のカードが収められたそれは、さんすうセット?みたいな名だったはずだ。

 本棚を見ると、児童書や学習漫画が。他にも玩具やテレビゲーム、子供用漫画雑誌のボムボムやロコロコ・コミックも昔のままだった。

「…………俺の……部屋? また夢なのか……?」

 布団から手を出すと、見慣れた長袖の袖口が見える。恐らくは、基地で寝る時に着ていたスウェットの類だろう。

 待っていても目が覚める気配が無いので、誠はそろそろと立ち上がった。

(……こんなに狭かったかな?)

 もう一度室内を見渡し、しばし違和感を感じる。

 机も本棚も、昔見た時より随分小さかったし、部屋も手狭に思えたのだ。

 ……いや、田舎の島の旧家なので、実際は都会の子供部屋より広いのだろう。あくまで記憶と比べればの話だ。

「……!」

 そこでふと、階下から物音が聞こえてきた。

 台所の方だろうか。

 恐る恐る階段までたどり着くと、音は更にはっきり聞こえてくる。

 箱をいくつも下ろす振動。

 何かの袋を開いているのか、ガサガサと騒がしい気配。

 それらがやむと、やがてリズミカルな包丁音が響いてきた。

 あの懐かしい日々に、母が料理をしていたようにだ。

(ほんとに実家なのか? でも、だったら誰かいるはずないし。夢なら早めに覚めてくれよ……!)

 誠は確かめるのが怖くなったが、それでも足は階段を下っていた。

 古めかしい階段は、誠が踏む度に小さく軋む。これも昔の記憶のままだ。

 階段を降り、右手に曲がるともう台所である。

 夢と同じく、入り口には木の球を数珠繋じゅずつなぎにした珠暖簾たまのれんが見える。

 誠は恐る恐る、暖簾ごしに中を覗いた。

「……!」

 そこにいたのは母ではない。

 母よりも背が高く、すらりとした後ろ姿。

 長い黒髪をうなじで縛り、黒いスウェットとパンツルックに身を包んでいる。

 つまりは全神連の一員であり、誠も見知った鳳飛鳥おおとりあすかだったのだ。

「鳳……さん?」

 生まれて初めて珠暖簾たまのれんを手で掻き分け、誠は台所に入った。

 振り返った鳳は、誠を目にしてぱっと顔を輝かせた。

「あっ、これは黒鷹様! 良かった、お目覚めになったんですね!」

 そう嬉しそうに叫んでくれる。感極まったのか、頬は赤らみ、目はどんどん潤んできている。

 赤のエプロンがとてもよく似合っていて、しばし見とれる誠だったが、そこでようやく我に返った。

「え……えっと……鳳さんがいるって事は……これは夢じゃないんですか?」

「はい、夢ではございません。夢ならもっと、私もはっちゃけているでしょう?」

「そ、そういうもんですかね……??」

 誠は何から聞いていいか分からず、取りあえず素朴な疑問を口にした。

「……あ、あの俺、何がどうなったか分からないんですけど……もしかして記憶喪失だったりします? 怪我で何年も寝てたとか…………その、知らないうちに……結婚したりとか……??」

「なっ、ななななっ、何をおっしゃいますかっ、私などが恐れ多い! いっいえ、別に嫌ではありませんし、おおお望みとあらばすぐにでもお嫁入りいたしますが……じゃなくてっ、とにかくそうじゃないんですっ!!!」

 鳳は瞬時に真っ赤になって手を振り回すが、勢い余って包丁を飛ばしたため、誠は間一髪それをかわした。

 リアクションが昭和過ぎて命の危機を感じながら誠は謝る。

「……ご、ごめんなさい、失礼な事聞いて。という事は……ディアヌスを倒したのは現実なんですかね?」

 その言葉を聞いた途端、鳳はふっと落ち着いた表情になった。

「…………はい、現世うつしよ真実まことでございます……!」

 彼女は床にひざまずき、手を突いて深々と頭を下げた。

「人々を苦しめ、長きに渡りこの国を闇に沈めた八岐大蛇やまたのおろち……魔王ディアヌスは、あなた様が乗る人型重機・震天によって討ち取られました。全神連を代表し、この鳳飛鳥、心より御礼申し上げます……!」

 誠も慌ててしゃがみこんだ。

「そ、そんな……顔上げて下さい。俺1人で勝ったわけじゃないし、鳳さん達が助けてくれたから……」

「それでも誇っていただきたいのです。あなたがいなければ、あの無敵の魔王を切り伏せる事は出来なかったでしょう……!」

 鳳は顔を上げ、真っ直ぐに誠の目を見つめた。

 頬にはいつの間にか涙が伝っている。

 悲しい涙ではない、心からの喜びの涙だ。

 その顔を見ていると、誠も何だか報われたような気がした。

 無我夢中でもがいただけで、そんな立派な事をしたつもりはない。

 それでもこんなに喜んでくれるのなら、そしてこの先の復興が少しでも早くなるなら、きっと正しい道だったのだ。

 この10年、死に物狂いで戦ってきた事は……自分と共に戦い、傷ついてきた仲間達の行為は無駄ではなかった。そんなふうに思えたのだ。

「本来なら永津様とのご謁見えっけんの後、皆でお礼を申し上げるつもりでしたが、すぐお眠りになられましたので。疲れが取れるまで、ゆっくりしていただく事になったのです」

「そうだったんですか……」

「姫様はお座敷ですよ。さっきまでコマもいたのですが、彼も仕事がありますからね。どうぞこちらへ」

 鳳は微笑むと、立ち上がって座敷へ案内してくれる。

 自分の家じぶんちだから知ってるんだけどな、などと思いつつ、誠は鳳の後ろを歩く。

 たちまち座敷の前に着くのだったが、誠はそこである事に気が付いた。

「……ちょ、ちょっと待った鳳さん。俺、ディアヌスと戦った時、あんなに神器の太刀を使ってるから、ヒメ子に会ったらやばいかも。使うたびに前世の記憶が……その、ヒメ子を……好きだった気持ちがよみがえるらしいんで……」

 慌てる誠に、鳳は目を閉じて何度も頷く。

「うんうん、それは悩みますねえ……でも開けますね、ガラガラっと♪」

「うわっ!?」

 鳳が素早く引き戸を開けたので、誠は面食らってしまった。

「どうでしょう? 私も意外と冗談が言えるのです」

 鳳が得意げに言うので、誠は曖昧に苦笑いしたが、そこで室内に目が釘付けになった。

 いかにも古い家らしい、やたらと広い座敷の中央……そこに布団が敷いてある。

 そして鶴が眠っていた。

 うっすらと白い光が立ち昇っていて、鶴が呼吸する度に、瞬くように輝いている。

 誠はしばしその様子を見つめ、出来るだけ小声で呟いた。

「……な、なんか俺、思ったより落ち着いてる。今回はセーフだったのかな?」

「……たぶん違うと思いますよ?」

 鳳も微笑み、同じように小声で答えた。

「……もう一段、上がったんじゃないでしょうか。恋より上に。いて当たり前、いないと不安なぐらいにですね」

「そ、そうなんですかね……?」

 誠は半信半疑だったが、ともかく抜き足差し足、鶴の元にたどり着いた。

 すう……すう……

 鶴の寝息は、普段のイタズラぶりから想像出来ないぐらい大人しい。

 眠る邪魔にならないよう、髪は顔の右横でわえ、病人の髪型のようだったが、頬はすこぶる血色が良く、生命力に満ち溢れている。
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