10 / 117
第五章その1 ~ほんとに勝ったの?~ 半信半疑の事後処理編
目覚めのチッスをどうぞ!
しおりを挟む
誠は恐る恐る手を差し出し、鶴の首元に触れた。
脈拍も普通……特に発熱も無いようだ。
「熱も大丈夫……良かった……ほんとに平気そうだな」
誠はようやく安堵した。
安らかな鶴の寝顔を見つめ、心からの感謝を伝える。
「……ありがとな、ヒメ子。こんな時代まで助けにくれて……!」
誠はひとしきり鶴を見つめ、起こさないよう立ち去ろうとする……が、そこで強い力で手を掴まれた。
「ええっ!?」
目をやると、鶴が布団から手を伸ばし、誠の腕を引っ張っている。
「ヒ、ヒメ子、起きてたのか!?」
「ちょうどジャストタイムで起きたところよ! それより黒鷹、これは一体どういう事なの? まさか眠れる鶴ちゃんに、目覚めのチッスを!? だとしたら大スプークだわ!」
「い、いやヒメ子、そういうわけじゃなくてだな!」
鼻息荒く興奮する鶴に困る誠だったが、そこで鳳が助け舟を出した。
「姫様も、お目覚めになられて何よりです。先ほど黒鷹様にも申し上げましたが、本当に、大変なお務めをご苦労様でございました」
鶴は上体を起こして得意げに言った。
「それは私だもの、必ずやると思っていたわ。ナギっぺは私の真面目さを疑っていたけど、これこの通り、見事に務めを果たしたもの。後でたっぷりお説教してやらなきゃ」
「お説教って、岩凪姫様にですか?」
鳳はおかしそうに微笑んだ。
「でも、それもいいかも知れませんね。今はとびきりご機嫌麗しいですから、姫様が何を言ってもお怒りになりませんよ」
「まあ、それはいい事を聞いたわ! 待ってなさい、今までの不平不満は、たーんと書き付けてあるんだから」
鶴は飛び起きて、いそいそと布団を押入れに片付ける。
そして光に包まれると、いつもの鎧姿に変わった。
長い髪はポニーテールのように結わえ直され、白いハチマキが閃いている。
こうなると完全に普段の元気な鶴である。
鳳はニコニコしながら続けた。
「ちなみに黒鷹様のお宅は、全神連が手入れしておりました。疲れを取るのは、慣れたお宅が一番と思いまして。島嶼部は富裕層の避難区ですから、更地にしようとする勢力もありましたが、そこは断固阻止いたしまして」
「そっか、それで無事だったんですね。嬉しいです、ありがとうございます」
帰る場所を守ってくれた事に、誠は素直に感謝したが、鳳は少し言いにくそうに顔を曇らせた。
「…………ただ、ですね。いいニュースばかりではありません。高千穂に入り、魔王と長時間戦った事で、黒鷹様には多大なダメージがあります。浴びた邪気も膨大になりましょうし、もう以前のように、全力で戦う事は出来ないと思われます」
「いいですよ、そのぐらい」
誠は気にせず首を振った。
「もうディアヌスはいないんだし、これから平和になるんでしょ?」
「……そうでしたね。私とした事が杞憂でした」
鳳は再び明るい顔に戻った。
「それじゃ今度は景気のいい話を。こちらをご覧下さい」
鳳はそこで隣の部屋の引き戸を開けた。
「うわっ、寒っ!」
ひんやりした冷気が流れ出て、誠は思わず身震いしたが、それ以上に眼前の光景に驚いたのだ。
一言で言えば、魚を並べた市場のようである。
部屋一面に笹の葉が敷き詰められ、その上に大きな盥が並んでいる。そして様々な海の幸が、所狭しと盛られているのだ。
はち切れそうに身が張った鯛やブリ。
鎧感がすごい伊勢海老や毛蟹、ずわい蟹。
トゲトゲの海胆、ホタテにサザエ。
ムール貝に牡蠣、色鮮やかなヒオウギ貝ときて、ぬるぬるした光沢の穴子。
どれも新鮮そのものであり、タコやイカはうねうねと手招きしている。
「霊力で冷やしておりますので、少し寒いのですが。神様から賜ったご褒美です」
鳳は嬉しそうに言った。
「主な魚貝は恵比寿神こと事代主様から。そして海幸彦様、つまり佐久夜姫様の息子様からですね。そちらの伊勢海老はお伊勢様から、牡蠣と穴子は、厳島の女神様からです」
とんでもない送り主の羅列に、誠はさすがに面食らった。
「うわっ、なんてお歳暮だ。ありがたすぎる、バチ当たらないかな……」
「平気よ黒鷹、当たる前に避ければいいのよ」
鶴はまたも適当な事を言って喜んでいる。
「こんなに沢山食べきれるかしら。うんとお腹を空かせておかなきゃ」
鳳もぽんと手を打って頷いた。
「そうですね。それではお食事の用意を致しますから、お散歩でもされたらどうでしょう。姫様も黒鷹様も、大三島は懐かしいでしょうし」
「いいアイディアだわ! それじゃさっそく行きましょう黒鷹!」
鶴は誠の手を握り、ぐいぐい引っ張っていった。
そのまま彼女は、勢い良く玄関の引き戸を開ける。
「………っ!」
一瞬心配になる誠だったが、外は何事も起きていなかった。
崩れたり壊れた建物もあるにはあったが、それでも日は空に輝いている。
燃え上がる炎も、人喰いの怪物もどこにも見えない。
(……そうだ、全部終わったんだ……!)
ようやく実感が湧いてきた。
長い長い戦いが終わりを告げ、ここからが新しい人生の始まりなのだ。
皆で幸せになって、毎日楽しく暮らせるんだ。
この後起きる最大の悲劇も知らず、その時は誠も楽観していたのだ。
脈拍も普通……特に発熱も無いようだ。
「熱も大丈夫……良かった……ほんとに平気そうだな」
誠はようやく安堵した。
安らかな鶴の寝顔を見つめ、心からの感謝を伝える。
「……ありがとな、ヒメ子。こんな時代まで助けにくれて……!」
誠はひとしきり鶴を見つめ、起こさないよう立ち去ろうとする……が、そこで強い力で手を掴まれた。
「ええっ!?」
目をやると、鶴が布団から手を伸ばし、誠の腕を引っ張っている。
「ヒ、ヒメ子、起きてたのか!?」
「ちょうどジャストタイムで起きたところよ! それより黒鷹、これは一体どういう事なの? まさか眠れる鶴ちゃんに、目覚めのチッスを!? だとしたら大スプークだわ!」
「い、いやヒメ子、そういうわけじゃなくてだな!」
鼻息荒く興奮する鶴に困る誠だったが、そこで鳳が助け舟を出した。
「姫様も、お目覚めになられて何よりです。先ほど黒鷹様にも申し上げましたが、本当に、大変なお務めをご苦労様でございました」
鶴は上体を起こして得意げに言った。
「それは私だもの、必ずやると思っていたわ。ナギっぺは私の真面目さを疑っていたけど、これこの通り、見事に務めを果たしたもの。後でたっぷりお説教してやらなきゃ」
「お説教って、岩凪姫様にですか?」
鳳はおかしそうに微笑んだ。
「でも、それもいいかも知れませんね。今はとびきりご機嫌麗しいですから、姫様が何を言ってもお怒りになりませんよ」
「まあ、それはいい事を聞いたわ! 待ってなさい、今までの不平不満は、たーんと書き付けてあるんだから」
鶴は飛び起きて、いそいそと布団を押入れに片付ける。
そして光に包まれると、いつもの鎧姿に変わった。
長い髪はポニーテールのように結わえ直され、白いハチマキが閃いている。
こうなると完全に普段の元気な鶴である。
鳳はニコニコしながら続けた。
「ちなみに黒鷹様のお宅は、全神連が手入れしておりました。疲れを取るのは、慣れたお宅が一番と思いまして。島嶼部は富裕層の避難区ですから、更地にしようとする勢力もありましたが、そこは断固阻止いたしまして」
「そっか、それで無事だったんですね。嬉しいです、ありがとうございます」
帰る場所を守ってくれた事に、誠は素直に感謝したが、鳳は少し言いにくそうに顔を曇らせた。
「…………ただ、ですね。いいニュースばかりではありません。高千穂に入り、魔王と長時間戦った事で、黒鷹様には多大なダメージがあります。浴びた邪気も膨大になりましょうし、もう以前のように、全力で戦う事は出来ないと思われます」
「いいですよ、そのぐらい」
誠は気にせず首を振った。
「もうディアヌスはいないんだし、これから平和になるんでしょ?」
「……そうでしたね。私とした事が杞憂でした」
鳳は再び明るい顔に戻った。
「それじゃ今度は景気のいい話を。こちらをご覧下さい」
鳳はそこで隣の部屋の引き戸を開けた。
「うわっ、寒っ!」
ひんやりした冷気が流れ出て、誠は思わず身震いしたが、それ以上に眼前の光景に驚いたのだ。
一言で言えば、魚を並べた市場のようである。
部屋一面に笹の葉が敷き詰められ、その上に大きな盥が並んでいる。そして様々な海の幸が、所狭しと盛られているのだ。
はち切れそうに身が張った鯛やブリ。
鎧感がすごい伊勢海老や毛蟹、ずわい蟹。
トゲトゲの海胆、ホタテにサザエ。
ムール貝に牡蠣、色鮮やかなヒオウギ貝ときて、ぬるぬるした光沢の穴子。
どれも新鮮そのものであり、タコやイカはうねうねと手招きしている。
「霊力で冷やしておりますので、少し寒いのですが。神様から賜ったご褒美です」
鳳は嬉しそうに言った。
「主な魚貝は恵比寿神こと事代主様から。そして海幸彦様、つまり佐久夜姫様の息子様からですね。そちらの伊勢海老はお伊勢様から、牡蠣と穴子は、厳島の女神様からです」
とんでもない送り主の羅列に、誠はさすがに面食らった。
「うわっ、なんてお歳暮だ。ありがたすぎる、バチ当たらないかな……」
「平気よ黒鷹、当たる前に避ければいいのよ」
鶴はまたも適当な事を言って喜んでいる。
「こんなに沢山食べきれるかしら。うんとお腹を空かせておかなきゃ」
鳳もぽんと手を打って頷いた。
「そうですね。それではお食事の用意を致しますから、お散歩でもされたらどうでしょう。姫様も黒鷹様も、大三島は懐かしいでしょうし」
「いいアイディアだわ! それじゃさっそく行きましょう黒鷹!」
鶴は誠の手を握り、ぐいぐい引っ張っていった。
そのまま彼女は、勢い良く玄関の引き戸を開ける。
「………っ!」
一瞬心配になる誠だったが、外は何事も起きていなかった。
崩れたり壊れた建物もあるにはあったが、それでも日は空に輝いている。
燃え上がる炎も、人喰いの怪物もどこにも見えない。
(……そうだ、全部終わったんだ……!)
ようやく実感が湧いてきた。
長い長い戦いが終わりを告げ、ここからが新しい人生の始まりなのだ。
皆で幸せになって、毎日楽しく暮らせるんだ。
この後起きる最大の悲劇も知らず、その時は誠も楽観していたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる