新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART5 ~傷だらけの女神~

あさくらやたろう-BELL☆PLANET

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第五章その1 ~ほんとに勝ったの?~ 半信半疑の事後処理編

目覚めのチッスをどうぞ!

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 誠は恐る恐る手を差し出し、鶴の首元に触れた。

 脈拍も普通……特に発熱も無いようだ。

「熱も大丈夫……良かった……ほんとに平気そうだな」

 誠はようやく安堵した。

 安らかな鶴の寝顔を見つめ、心からの感謝を伝える。
「……ありがとな、ヒメ子。こんな時代まで助けにくれて……!」

 誠はひとしきり鶴を見つめ、起こさないよう立ち去ろうとする……が、そこで強い力で手を掴まれた。

「ええっ!?」

 目をやると、鶴が布団から手を伸ばし、誠の腕を引っ張っている。

「ヒ、ヒメ子、起きてたのか!?」

「ちょうどジャストタイムで起きたところよ! それより黒鷹、これは一体どういう事なの? まさか眠れる鶴ちゃんに、目覚めのチッスを!? だとしたら大スプークだわ!」

「い、いやヒメ子、そういうわけじゃなくてだな!」

 鼻息荒く興奮する鶴に困る誠だったが、そこで鳳が助け舟を出した。

「姫様も、お目覚めになられて何よりです。先ほど黒鷹様にも申し上げましたが、本当に、大変なお務めをご苦労様でございました」

 鶴は上体を起こして得意げに言った。

「それは私だもの、必ずやると思っていたわ。ナギっぺは私の真面目さを疑っていたけど、これこの通り、見事に務めを果たしたもの。後でたっぷりお説教してやらなきゃ」

「お説教って、岩凪姫様にですか?」

 鳳はおかしそうに微笑んだ。

「でも、それもいいかも知れませんね。今はとびきりご機嫌麗しいですから、姫様が何を言ってもお怒りになりませんよ」

「まあ、それはいい事を聞いたわ! 待ってなさい、今までの不平不満は、たーんと書き付けてあるんだから」

 鶴は飛び起きて、いそいそと布団を押入れに片付ける。

 そして光に包まれると、いつもの鎧姿に変わった。

 長い髪はポニーテールのように結わえ直され、白いハチマキが閃いている。

 こうなると完全に普段の元気な鶴である。

 鳳はニコニコしながら続けた。

「ちなみに黒鷹様のお宅は、全神連わたしたちが手入れしておりました。疲れを取るのは、慣れたお宅が一番と思いまして。島嶼部は富裕層の避難区ですから、更地にしようとする勢力もありましたが、そこは断固阻止いたしまして」

「そっか、それで無事だったんですね。嬉しいです、ありがとうございます」

 帰る場所を守ってくれた事に、誠は素直に感謝したが、鳳は少し言いにくそうに顔を曇らせた。

「…………ただ、ですね。いいニュースばかりではありません。高千穂に入り、魔王と長時間戦った事で、黒鷹様には多大なダメージがあります。浴びた邪気も膨大になりましょうし、もう以前のように、全力で戦う事は出来ないと思われます」

「いいですよ、そのぐらい」

 誠は気にせず首を振った。

「もうディアヌスはいないんだし、これから平和になるんでしょ?」

「……そうでしたね。私とした事が杞憂きゆうでした」

 鳳は再び明るい顔に戻った。

「それじゃ今度は景気のいい話を。こちらをご覧下さい」

 鳳はそこで隣の部屋の引き戸を開けた。

「うわっ、寒っ!」

 ひんやりした冷気が流れ出て、誠は思わず身震いしたが、それ以上に眼前の光景に驚いたのだ。

 一言で言えば、魚を並べた市場のようである。

 部屋一面に笹の葉が敷き詰められ、その上に大きなたらいが並んでいる。そして様々な海の幸が、所狭しと盛られているのだ。

 はち切れそうに身が張った鯛やブリ。

 よろい感がすごい伊勢海老や毛蟹、ずわい蟹。

 トゲトゲの海胆うに、ホタテにサザエ。

 ムール貝に牡蠣、色鮮やかなヒオウギ貝ときて、ぬるぬるした光沢の穴子。

 どれも新鮮そのものであり、タコやイカはうねうねと手招きしている。

「霊力で冷やしておりますので、少し寒いのですが。神様からたまわったご褒美です」

 鳳は嬉しそうに言った。

「主な魚貝は恵比寿神えびすしんこと事代主ことしろぬし様から。そして海幸彦うみさちひこ様、つまり佐久夜姫さくやひめ様の息子様からですね。そちらの伊勢海老はお伊勢様から、牡蠣と穴子は、厳島いつくしまの女神様からです」

 とんでもない送り主の羅列られつに、誠はさすがに面食らった。

「うわっ、なんてお歳暮だ。ありがたすぎる、バチ当たらないかな……」

「平気よ黒鷹、当たる前に避ければいいのよ」

 鶴はまたも適当な事を言って喜んでいる。

「こんなに沢山食べきれるかしら。うんとお腹を空かせておかなきゃ」

 鳳もぽんと手を打って頷いた。

「そうですね。それではお食事の用意を致しますから、お散歩でもされたらどうでしょう。姫様も黒鷹様も、大三島は懐かしいでしょうし」

「いいアイディアだわ! それじゃさっそく行きましょう黒鷹!」

 鶴は誠の手を握り、ぐいぐい引っ張っていった。

 そのまま彼女は、勢い良く玄関の引き戸を開ける。

「………っ!」

 一瞬心配になる誠だったが、外は何事も起きていなかった。

 崩れたり壊れた建物もあるにはあったが、それでも日は空に輝いている。

 燃え上がる炎も、人喰いの怪物もどこにも見えない。

(……そうだ、全部終わったんだ……!)

 ようやく実感が湧いてきた。

 長い長い戦いが終わりを告げ、ここからが新しい人生の始まりなのだ。

 皆で幸せになって、毎日楽しく暮らせるんだ。

 この後起きる最大の悲劇も知らず、その時は誠も楽観していたのだ。
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