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第五章その3 ~夢のバカンス!~ 隙あらば玉手の竜宮編
あの海辺の光(※水影)は見てると癒される
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結局かおりの居場所は、誰も来ない海辺の社だけであった。
阿奈波神社といって、遠い昔に嫁入りに失敗した女神様が祀られているらしい。
行き場のない自分だが、この神様だけは受け入れてくれると思ったのだ。
かおりは社に入り浸り、時折掃除したり、お酒を供えたりしながらくだを巻く日々が続いた。
「ひどいっすよねえ。まったく世の中おかしいすよねえ。なんてあたしには、こうラブい人生が無いんすかねえ」
かおりは酒をかっくらいながら、ひたすら愚痴を言っている。
岩凪姫は……正確にはその分霊は、拝殿に腰を降ろし、戸惑いながらかおりに声をかけた。
「い、いや、私に言われても知らんが……そもそも私が見えているのか?」
「霊感は無いみたいですけど、野生の本能ですかね」
狛犬のコマも困り果てている。
女神は仕方なくかおりに言った。
「私が言えた事ではないが、少し力を抑えた方がいいぞ? 人の噂はなかなか消えんが、神話に残るよりマシだし……そのうち皆も忘れるはず……」
だがその時であった。
「あっ……!」
かおりは女神の話をよそに、海を見つめて立ち上がった。
沖合いを通る漁船から、人が落ちるのが見えたのである。
かおりは助走をつけて海を蹴立てた。
途中まで水面を走っていき、現場付近になってから水に飛び込む。
適当にめどを立てて潜ると、一人の男性が沈んでいくのが見えた。
まだ20代の半ばほどか、大人しそうな青年である。メガネをかけ、似合わないジャケットにネクタイをして。
なかなか見目麗しい青年だったが、いかにもモヤシな感じであるし、自分を見たら、真っ先に逃げ出しそうな印象だった。
(こいつも、あたしを怖がるんだろうな……)
ふとそんな思いが胸によぎったが、かおりはぶんぶん顔を振った。
(いいよ、それでも助けたい……!!!)
好かれなくても嫌われても、誰かが苦しい思いをするのは嫌だ。
考えるより先に体が動いて、かおりは青年の手を掴んだ。
「ぶはっ、と、とりあえず、引っ張ってきたけど……」
かおりは元いた浜に泳ぎ着くと、青年を引きずり上げた。
石ころだらけの浜なので、メガネがごつごつぶつかっているが、今はそれどころではない。
「おっおい、生きてるか? 手遅れなのか?」
かおりはつんつん青年をつつくが、今のところ反応はない。
青年は青い顔をしており、どうやら息をしていないようだ。
「どうしよう、人工呼吸? 駄目だっ、あたしがやったら肺なんか破裂するじゃん!」
それでも今ここには自分しかいないのだ。
「ええいっ、力加減すればいけるか? 男の肺活量って、10万ccぐらいでいいのか???」
目を閉じてマンガのように口を突き出し、赤い顔を近づけるかおりだったが、見かねてコマが進み出た。
「そんなに入れたら破裂しちゃうよ。しょうがないなあ」
コマが青年のお腹に乗り、何度か飛び跳ねると、青年は咳き込み、海水を吐き出した。それからうっすらと目を開ける。
「よっ、良かった、勝手に生き返った……!」
かおりは安堵でへたり込んだ。
それから恐る恐る、青年に語りかける。
「あ、あんた大丈夫か? どっから来た?」
青年は答えず、夢現のような眼差しで呟いた。
「………………綺麗だ……」
「ええっ!!?」
かおりは真っ赤になって後ずさった。
生まれて初めてそんな事を言われ、動揺でうまく喋れない。
「なっ、ななななっ、あんたバカかよ……なっ何初対面で言ってんだよ……!」
そう言いつつ、手でちゃっかり髪を整えるかおりだったが、青年は震える指で虚空を示した。
「綺麗です……そこの光……」
目をやると、社の拝殿に黄金の光が動いていた。
波に反射した太陽光がうつり、ゆらゆらと揺れ動いているのだ。
よく漁船の側面にうつる事が多く、眺めると時を忘れるものではあるが……かおりは心底がっかりした。
(なんだ、あたしじゃねーのかよ……そりゃそうだよな……)
かおりの落胆をよそに、青年は指で宙に字を書きながら、弱々しく呟いた。
「跳日模様…………水面に跳ねる日光って感じで……はねび」
「えっ、あれってそういう名前なのか? 島の年寄りは水影って言ってたけど」
かおりが尋ねると、青年は首を振った。
「もちろん今考えました……発見したものに名をつけるのは……研究者のロマンなので……」
「何でこんな時にやるんだよっ!」
かおりは思わずツッコミを入れたが、青年は「最後かも……知れないので」と言ったきり気を失った。
メガネもパァンと割れたため、かおりは慌てふためいた。
「うわっ、不吉過ぎるだろっ!? ちょっと待て、勝手に死ぬな!」
ともかく青年を背負い、家路をひた走ったのだ。
「……いやまあ、深くは聞かないけどさあ……」
布団で眠る青年を眺め、またもコップ酒を傾けながら、母は呆れたように呟いた。
「何を拾って来てんのよ」
「あたしだって分かんないよ。でもかわいそうだし、ほっとけないじゃん……?」
かおりは正座したまま呟いたが、母は案外機嫌が良さそうだった。
立ち上がり、かおりの頭に手を置くと、そのまま台所に行ってしまった。
かおりは再び青年に視線を戻した。
こうして落ち着いて眺めても、とても優しい顔をしている。
今は割れメガネをかけていないが、これはかおりが爆走したせいだ。早く助けなければと家路を焦り、どこかに落としてしまったらしい。
少し癖のある髪に絡んだ海草をつまみ、そっと取り除いてやる。
「…………だって、ほっとけないじゃんかよ」
阿奈波神社といって、遠い昔に嫁入りに失敗した女神様が祀られているらしい。
行き場のない自分だが、この神様だけは受け入れてくれると思ったのだ。
かおりは社に入り浸り、時折掃除したり、お酒を供えたりしながらくだを巻く日々が続いた。
「ひどいっすよねえ。まったく世の中おかしいすよねえ。なんてあたしには、こうラブい人生が無いんすかねえ」
かおりは酒をかっくらいながら、ひたすら愚痴を言っている。
岩凪姫は……正確にはその分霊は、拝殿に腰を降ろし、戸惑いながらかおりに声をかけた。
「い、いや、私に言われても知らんが……そもそも私が見えているのか?」
「霊感は無いみたいですけど、野生の本能ですかね」
狛犬のコマも困り果てている。
女神は仕方なくかおりに言った。
「私が言えた事ではないが、少し力を抑えた方がいいぞ? 人の噂はなかなか消えんが、神話に残るよりマシだし……そのうち皆も忘れるはず……」
だがその時であった。
「あっ……!」
かおりは女神の話をよそに、海を見つめて立ち上がった。
沖合いを通る漁船から、人が落ちるのが見えたのである。
かおりは助走をつけて海を蹴立てた。
途中まで水面を走っていき、現場付近になってから水に飛び込む。
適当にめどを立てて潜ると、一人の男性が沈んでいくのが見えた。
まだ20代の半ばほどか、大人しそうな青年である。メガネをかけ、似合わないジャケットにネクタイをして。
なかなか見目麗しい青年だったが、いかにもモヤシな感じであるし、自分を見たら、真っ先に逃げ出しそうな印象だった。
(こいつも、あたしを怖がるんだろうな……)
ふとそんな思いが胸によぎったが、かおりはぶんぶん顔を振った。
(いいよ、それでも助けたい……!!!)
好かれなくても嫌われても、誰かが苦しい思いをするのは嫌だ。
考えるより先に体が動いて、かおりは青年の手を掴んだ。
「ぶはっ、と、とりあえず、引っ張ってきたけど……」
かおりは元いた浜に泳ぎ着くと、青年を引きずり上げた。
石ころだらけの浜なので、メガネがごつごつぶつかっているが、今はそれどころではない。
「おっおい、生きてるか? 手遅れなのか?」
かおりはつんつん青年をつつくが、今のところ反応はない。
青年は青い顔をしており、どうやら息をしていないようだ。
「どうしよう、人工呼吸? 駄目だっ、あたしがやったら肺なんか破裂するじゃん!」
それでも今ここには自分しかいないのだ。
「ええいっ、力加減すればいけるか? 男の肺活量って、10万ccぐらいでいいのか???」
目を閉じてマンガのように口を突き出し、赤い顔を近づけるかおりだったが、見かねてコマが進み出た。
「そんなに入れたら破裂しちゃうよ。しょうがないなあ」
コマが青年のお腹に乗り、何度か飛び跳ねると、青年は咳き込み、海水を吐き出した。それからうっすらと目を開ける。
「よっ、良かった、勝手に生き返った……!」
かおりは安堵でへたり込んだ。
それから恐る恐る、青年に語りかける。
「あ、あんた大丈夫か? どっから来た?」
青年は答えず、夢現のような眼差しで呟いた。
「………………綺麗だ……」
「ええっ!!?」
かおりは真っ赤になって後ずさった。
生まれて初めてそんな事を言われ、動揺でうまく喋れない。
「なっ、ななななっ、あんたバカかよ……なっ何初対面で言ってんだよ……!」
そう言いつつ、手でちゃっかり髪を整えるかおりだったが、青年は震える指で虚空を示した。
「綺麗です……そこの光……」
目をやると、社の拝殿に黄金の光が動いていた。
波に反射した太陽光がうつり、ゆらゆらと揺れ動いているのだ。
よく漁船の側面にうつる事が多く、眺めると時を忘れるものではあるが……かおりは心底がっかりした。
(なんだ、あたしじゃねーのかよ……そりゃそうだよな……)
かおりの落胆をよそに、青年は指で宙に字を書きながら、弱々しく呟いた。
「跳日模様…………水面に跳ねる日光って感じで……はねび」
「えっ、あれってそういう名前なのか? 島の年寄りは水影って言ってたけど」
かおりが尋ねると、青年は首を振った。
「もちろん今考えました……発見したものに名をつけるのは……研究者のロマンなので……」
「何でこんな時にやるんだよっ!」
かおりは思わずツッコミを入れたが、青年は「最後かも……知れないので」と言ったきり気を失った。
メガネもパァンと割れたため、かおりは慌てふためいた。
「うわっ、不吉過ぎるだろっ!? ちょっと待て、勝手に死ぬな!」
ともかく青年を背負い、家路をひた走ったのだ。
「……いやまあ、深くは聞かないけどさあ……」
布団で眠る青年を眺め、またもコップ酒を傾けながら、母は呆れたように呟いた。
「何を拾って来てんのよ」
「あたしだって分かんないよ。でもかわいそうだし、ほっとけないじゃん……?」
かおりは正座したまま呟いたが、母は案外機嫌が良さそうだった。
立ち上がり、かおりの頭に手を置くと、そのまま台所に行ってしまった。
かおりは再び青年に視線を戻した。
こうして落ち着いて眺めても、とても優しい顔をしている。
今は割れメガネをかけていないが、これはかおりが爆走したせいだ。早く助けなければと家路を焦り、どこかに落としてしまったらしい。
少し癖のある髪に絡んだ海草をつまみ、そっと取り除いてやる。
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