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第五章その3 ~夢のバカンス!~ 隙あらば玉手の竜宮編
彼にメガネを買うべきか?
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青年はやがて元気を取り戻したが、経緯は本当に滅茶苦茶である。
都会の大学院で学んでいたが、不景気でなかなか仕事が決まらず、傷心旅行に出たらしい。
しかし持ち前の暢気さでフェリーに乗り遅れ、途方にくれていたところ、漁船の大将に乗せてもらえたのだ。
そして船が三角波に襲われ、大きくバウンドした彼は、勢い良く海に落ちたのだ。よりにもよって泳げないくせにだ。
漁船の大将はそれに気付かず、偶然かおりが助ける事になったのだが……とにかく運がいいのか悪いのか分からない青年であった。
ただその目は澄んでいて、優しい笑顔が良く似合う。メガネを無くしたせいでよく頭をぶつけていて、とにかく憎めない人物だった。
「どうせあてのねえ旅だろ? だったらゆっくりしてったらええわ……!」
「そうそう、何も無い島だけどねえ……!」
父も母もしきりに青年を引き止める。
目がギラギラ光っているため、何か企んでいるのは明白だったが、かおりはかおりで戸惑っていた。
青年が、かおりを全く恐れなかったからである。
長野県の出身である青年は、名を『諏訪野みこと』といった。
「ほ、ほーん……その、なんたらで、なんたらってのを勉強してたのか」
みことと並んで海辺の社のへりに腰掛け、かおりは尋ねた。
「はい、大学院で、細胞生物学を学んでまして」
「あたしは頭悪いから分からないけど、なんか立派なんだな……」
「ぜんぜん。かおりさんの方が凄いです。強いし、人助けだって出来るし」
みことは笑顔で言うが、かおりは思わずツッコミを入れた。
「い、いや、そっちはあたしじゃないって」
猪に話しかけている青年の肩を引きつつ、かおりは猪を追い払った。
「まあ、運が悪かったよな。海に落ちたし、あたしみてーのに拾われてさ」
「そんな事ないですよ。落ちたのは怖かったけど、かおりさんに逢えて良かったです」
みことは気にせず、楽しそうに言葉を続ける。
「就職難とか色々あって、運が悪いのかなって思いかけてたんですけど……ほんとに深いところは、僕は不運じゃない気がしてるんです。何度も言いますけど……そ、その、かおりさんに逢えたんですから……!」
「な、何言ってんだよ…………って、だからそっちはあたしじゃないって」
真剣な顔でタヌキを見つめるみことにツッコむかおりだったが、内心心配事があった。
(こいつ、目が悪いんだよな。だからあたしを怖がらないのか……?)
視力7・0のかおりには分からない世界だが、青年は生来のド近眼らしい。
もしかしたら、だから自分を怖がらないのかも知れないのだ。
もし彼がメガネ力を取り戻せば、悲鳴を上げて逃げ惑う可能性が高い。そしたらこの甘酸っぱい人生初の時間も終わってしまうのだ。
(ぶつかるのは可愛そうだし……見えるようにしてやりたいけど……)
あっちこっちにぶつかり、日に日に傷が増えていく青年を手当てしながら、かおりは悩んだ。
青年が眠った後、父母とかおりは正座して話し合った。
「メガネか……」
父は渋い顔で腕組みした。
「こんままが良くねえか? でなきゃお前なんかが……」
「そうよかおり、自覚してんでしょ? 目が見えたら、あんたみたいなミジンコ相手にされるわけないのよ」
「言い方っ! 娘だろあんたらのっ!」
かおりは飛び上がって憤慨し、それから座布団に座りなおした。
「……………………けどさ、それってフェアじゃないじゃん。幸せにはなりたいけど……騙すのは嫌だしさ」
「そうか………………だったらしょうがねえな」
父は頷き、母は苦笑してコップ酒を傾けた。
「ほんと……誰に似たんだか」
翌日父はみことを連れて、四国のメガネ屋まで行って来た。
「メガネと言えば鯖江だ。あれを選べば間違いねえ」
父は腕組みし、したり顔で頷いていたが、みことはまだメガネをかけていなかった。手にケースを持ったまま、照れ臭そうに俯いている。
「……なんか、今更恥ずかしくて」
恐る恐るメガネをかけ、青年は目線を上げる。
「…………っ!!!」
かおりはぎゅっと身を硬くした。
目を合わせる事が出来ず、しばし俯いていたが、恐る恐る顔を上げる。
みことは嬉しそうに笑っていた。
「バッチリです。かおりさんがよく見えます」
都会の大学院で学んでいたが、不景気でなかなか仕事が決まらず、傷心旅行に出たらしい。
しかし持ち前の暢気さでフェリーに乗り遅れ、途方にくれていたところ、漁船の大将に乗せてもらえたのだ。
そして船が三角波に襲われ、大きくバウンドした彼は、勢い良く海に落ちたのだ。よりにもよって泳げないくせにだ。
漁船の大将はそれに気付かず、偶然かおりが助ける事になったのだが……とにかく運がいいのか悪いのか分からない青年であった。
ただその目は澄んでいて、優しい笑顔が良く似合う。メガネを無くしたせいでよく頭をぶつけていて、とにかく憎めない人物だった。
「どうせあてのねえ旅だろ? だったらゆっくりしてったらええわ……!」
「そうそう、何も無い島だけどねえ……!」
父も母もしきりに青年を引き止める。
目がギラギラ光っているため、何か企んでいるのは明白だったが、かおりはかおりで戸惑っていた。
青年が、かおりを全く恐れなかったからである。
長野県の出身である青年は、名を『諏訪野みこと』といった。
「ほ、ほーん……その、なんたらで、なんたらってのを勉強してたのか」
みことと並んで海辺の社のへりに腰掛け、かおりは尋ねた。
「はい、大学院で、細胞生物学を学んでまして」
「あたしは頭悪いから分からないけど、なんか立派なんだな……」
「ぜんぜん。かおりさんの方が凄いです。強いし、人助けだって出来るし」
みことは笑顔で言うが、かおりは思わずツッコミを入れた。
「い、いや、そっちはあたしじゃないって」
猪に話しかけている青年の肩を引きつつ、かおりは猪を追い払った。
「まあ、運が悪かったよな。海に落ちたし、あたしみてーのに拾われてさ」
「そんな事ないですよ。落ちたのは怖かったけど、かおりさんに逢えて良かったです」
みことは気にせず、楽しそうに言葉を続ける。
「就職難とか色々あって、運が悪いのかなって思いかけてたんですけど……ほんとに深いところは、僕は不運じゃない気がしてるんです。何度も言いますけど……そ、その、かおりさんに逢えたんですから……!」
「な、何言ってんだよ…………って、だからそっちはあたしじゃないって」
真剣な顔でタヌキを見つめるみことにツッコむかおりだったが、内心心配事があった。
(こいつ、目が悪いんだよな。だからあたしを怖がらないのか……?)
視力7・0のかおりには分からない世界だが、青年は生来のド近眼らしい。
もしかしたら、だから自分を怖がらないのかも知れないのだ。
もし彼がメガネ力を取り戻せば、悲鳴を上げて逃げ惑う可能性が高い。そしたらこの甘酸っぱい人生初の時間も終わってしまうのだ。
(ぶつかるのは可愛そうだし……見えるようにしてやりたいけど……)
あっちこっちにぶつかり、日に日に傷が増えていく青年を手当てしながら、かおりは悩んだ。
青年が眠った後、父母とかおりは正座して話し合った。
「メガネか……」
父は渋い顔で腕組みした。
「こんままが良くねえか? でなきゃお前なんかが……」
「そうよかおり、自覚してんでしょ? 目が見えたら、あんたみたいなミジンコ相手にされるわけないのよ」
「言い方っ! 娘だろあんたらのっ!」
かおりは飛び上がって憤慨し、それから座布団に座りなおした。
「……………………けどさ、それってフェアじゃないじゃん。幸せにはなりたいけど……騙すのは嫌だしさ」
「そうか………………だったらしょうがねえな」
父は頷き、母は苦笑してコップ酒を傾けた。
「ほんと……誰に似たんだか」
翌日父はみことを連れて、四国のメガネ屋まで行って来た。
「メガネと言えば鯖江だ。あれを選べば間違いねえ」
父は腕組みし、したり顔で頷いていたが、みことはまだメガネをかけていなかった。手にケースを持ったまま、照れ臭そうに俯いている。
「……なんか、今更恥ずかしくて」
恐る恐るメガネをかけ、青年は目線を上げる。
「…………っ!!!」
かおりはぎゅっと身を硬くした。
目を合わせる事が出来ず、しばし俯いていたが、恐る恐る顔を上げる。
みことは嬉しそうに笑っていた。
「バッチリです。かおりさんがよく見えます」
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