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第五章その4 ~神のギフト!?~ 魔王の欠片・捜索編

魔王の細胞を探せ

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 僅か1時間の後、誠達は機体の操縦席に座っていた。

 場所は旧富士市北部に置かれた臨時駐屯地。つまりつい先日、魔王ディアヌスとの最終決戦が行われた辺りである。

「ちょっとしか休んでないのに、久しぶりな気がするわね。竜宮城のおかげかな」

 画面でカノンが呟くと、難波がニヤニヤしながら答える。

「ほんまは何百年も遊んでたんちゃう? どっかに玉手箱仕込まれてへん?」

「怖い事言うなよ」

 誠はツッコミを入れつつ、いつもの癖で手を開閉してみた。

 確かにまだ四肢の反応が鈍い気はする。何か重くて大きな石が、身の内に入っているような感覚というのか。

 それでもあの夢の世界の……竜宮の休暇バカンスのおかげだろうか。

 ディアヌスとの戦いで、全身の神経が限界に達したはずなのに、今は殆ど痛みが無いのだ。
「ヒメ子は大丈夫か?」
「平気よ黒鷹。さっきからずっと寝てたし、もうバッチリだわ」

 後ろの補助席に座る鶴は、いつものように元気に答えた。

 竜宮で、つまり夢の世界で眠るという器用な事をした鶴は、完全回復したようだ。

「!」

 そこで機体の画面上に、岩凪姫の姿が映った。

「皆、呼び出して悪かったな。道すがら少し触れた通り、これから調査を行ってもらう。調査というと言葉を包み過ぎているが……ストレートに言えば危険な任務だ」

 岩凪姫の隣には、妹の佐久夜姫さくやひめの姿もあった。

「お姉ちゃんの言う通りね。全神連じゃ対処出来ない、ちょっと厄介なものが出て来てるの。かなりデリケートな案件だから、他の人には頼めなくて」

(デリケートな案件? しかも女神2人が揃って頼むって……)

 誠は色々と勘繰ってしまうが、そこで女神達は画面に情報を映してくれた。

「口で言うより、見た方が早いだろう」

「なっ……何だこれ……?」

 誠は思わず声を上げた。

 そこには異様な動植物が映し出されていた。

 禍々しい色合いの花は……形から恐らくコスモスの類だろうが、サイズは異様に肥大化していた。家ほどに達したそれは、まるで触手を動かすように、不自然な早さで成長している。

 その根元には野ウサギが倒れて痙攣していたが、背からは鹿の角らしきものが伸び始めていた。

 木々は叫びを上げるようにねじれ、奇形し、枝先から人の手が無数に発生している。

 種としての形状を、いや動植物の垣根すらも飛び越えて、新たな進化を歩もうとしているかのようだ。

「この通り、周辺の生態系が異常な進化を遂げている。その速度も方向も出鱈目でたらめな進化をだ」

 岩凪姫は静かに、しかし言葉の端々はしばしに力を込めて続けた。

「そしてほぼ同時に、大規模な人的被害も発生した。東海方面・第201混成大隊の900名余りが消えたのだ」

「消えた?」

「もっとはっきり言えば、闇の空間に取り込まれた」

 岩凪姫はどんどん核心を突く言葉を投げかけてくる。

「お前が倒した魔王ディアヌス、つまり八岐大蛇やまたのおろちぜた時、その大小様々な細胞片が飛び散った。もちろんそれは全神連が総力を上げて追跡している」

 女神の言葉通り、画面には魔王の細胞が飛び散る様子が映されたが、その大部分が確保されていた。

「ほとんどの細胞は回収に成功した。しかし見落としがあったのだ。あろう事か、一際巨大な力を持つそれが、今になって見つかったのだ。地下に潜っていたのか、なりを潜める悪知恵があったのかは分からないが……ともかく細胞は邪気を振り撒き、自らの支配領域テリトリーに変えてしまった。闇に支配された場所に……もっと言うなら、現世げんせに現れた黄泉よみにだ」

「現世に……黄泉を? そんな事が可能なんですか?」

「可能だ。神の亡骸から力ある神や神器が生まれるのは、神話にも記されているだろう。まして此度こたびは魔王ディアヌス……欠片1つとっても、凄まじい災厄をもたらすのだ」

 岩凪姫は腕組みして言葉を続ける。

当該とうがい細胞はまだ完全に自我を持っていないだろう。つまり魔王の力を持つ者が、無制限にその力を発露はつろしている。制御されていない以上、ある意味魔王そのものより無秩序で危険であり、常人が接すればこうなる」

 そこで画面が切り替わったのだが……映されたのはかなりショッキングな映像だった。

 薄暗い野営地に、無数の獣が咆えるような叫びが渦巻き、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。

 人が瞬く間に正気を失い、周囲の人をむさぼり喰うのだ。まるでゾンビもののパニック映画を見るような、現実離れした光景だった。

「うっ……やばいやんこれ……」

 難波が悲鳴のような声を漏らす。

 怪物との戦いに慣れた彼女でも、こうまで露骨に人の姿をした者が起こす狂気には、耐性が無かったのだ。

「変異した者達には、まだ戸籍があり人権もある。彼らの家族や知人もいよう。非常にデリケートな問題のため、通例通り、取り込まれた場所は記号で表記。もちろん発見した『相手』も同様だ。何があっても絶対に名を呼ぶな。もし名が分かる資料を回収しても、その情報を外に出すな」

 佐久夜姫さくやひめが後を続ける。

「形式上、あなた達の任務は彼らの救出と調査だけど……黄泉に染められた以上、生きているとは言えないの。だから目的は、この空間を作り出している存在、魔王の欠片かけらを回収する事よ」

「妹の言う通りだ。これ以上放置すれば、どんな惨事が起こるか分からぬ。疲れているとは思うが、ここは我慢して頑張ってくれ」

『了解しました!』

 誠達は声を揃える。

「いつも頼ってすまぬが、お前達のためでもある。頑張れよ」

 女神2人は、そこで画面から姿を消した。



 やがて機体の起動準備が整い、誠達は出撃する。

 もう数え切れないほど聞いてきた駆動音……人工筋肉が蠢き、ゴムを圧縮するような音が操縦席に響き渡った。

「みんな、油断するなよ」

 誠が言うと、カノンが画面上で頷く。

「あの2人が緊張してるんだもの、きっとやばい事態なのよ。ここをしくじれば、今までが台無しになるぐらいに」

「せやな。折角平和になったんやし、ここが最後のひと踏ん張りやで」

「いよっしゃあ、そんじゃあ行くか! この宮島様の最後の仕事だ、こっからがモテモテウハウハの……」

「おい宮島、頼むからもうフラグは立てないでくれよ?」

 香川が片手を拝むようなポーズにしてツッコミを入れる。

、さすがに全員お陀仏だからな」

 その時は、まだ誰も気付いていなかった。

 神のお告げか仏の慈悲か……香川のこの発言こそが、これから起こる大災厄の前触れだった事に。
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