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第五章その5 ~黙っててごめんね~ とうとうあなたとお別れ編
鳳天音と誠は似ている
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耐え難い時が流れた。
灯火を弱めた車内には、夕暮れの陽が遠慮がちに差し込んで、鶴の頬を橙色に染めている。
時間はまるでバターを溶かしたように濃密で、粘り気を増して渋滞していた。
楽しい時は遠慮なく流れていくくせに、こういう時間は過ぎないのだ。
それが嫌な事なのか、それとも良い事なのかすら、今の誠には判断出来なかった。
鶴が長く苦しまぬ方がいいのか……それとも少しでも長い間、生きていてくれる方がいいのか。
「…………っっっ!!!!!」
誠は鶴の寝顔を見つめていたが、再び何かがこみ上げてきた。
何度目かの激情の波である。
心が壊れるかと思うような思いが時折押し寄せ、その度に何とか持ちこたえてはいる。
けれど誠が耐える耐えないに関係なく、鶴との別れは近付いているのだ。
無性に息苦しさを覚え、誠はふらふらと車外に出る。
潅木に歩み寄ると、無意識に拳を打ち付けていた。
!!!!!!!!!!!!!
防護手袋越しではあったが、じんとした痛みが手に跳ね返ってくる。
世の理不尽に対する怒りなのか、今まで彼女を労われなかった己への苛立ちなのかは分からないが、そうせざるを得なかったのだ。
役目を終えた枯れ葉たちが舞い落ち、乾いた音を立てて転がっていく。
「……黒鷹様」
「……っ!?」
はっとして振り返ると、そこに鳳が立っていた。
夕日を受け、今は逆光の彼女だったが、どんな顔をしているかは感じ取れる。
鳳は地に片膝を着き、誠に向かって頭を下げた。
「本当に、申し訳ございませんでしたっ……! 姫様のお体の事、そして全神連の所業。どうしてもお伝えする事が出来ず、騙すような仕打ちをしてしまった事……この鳳飛鳥、いかな罰をも受ける覚悟が出来ております……!」
「ば、罰なんてそんな……頭を上げて下さい」
誠は慌てて首を振った。
「その、鳳さんには感謝しかないです。ヒメ子の事も、言う権限が無かっただけだし……」
「……そうおっしゃっていただければ、幸いですが」
鳳はゆっくりと立ち上がった。
それから気遣うようにこちらを見つめる。
「お辛いですよね。私で良ければ、何でもお話し下さい」
「……べ、別に俺は……辛くないですけど」
「でも、私にはそう見えます」
「…………っ」
誠は戸惑い、己の内に意識を向けた。そうした瞬間、言葉が一気に溢れてきたのだ。
「……俺はっ、ヒメ子に何もできなかった。いて当たり前だと思ってたから……これからもずっと居てくれるって思ってたから、何にもしてやれなかった……! 本当はもっと楽しい事、沢山させてやれば良かった。あんなになるまでヒメ子に頼りっきりで……それが一番情けなくて……!」
平和になったら色んな美味しいものを食べよう。
そう言って鶴が沢山メモしていたのを思い出した。そんなささやかな願いさえ、自分は叶えてやれなかったのだ。
「全部自分の事だけだったんだ。ヒメ子の好意も知ってたのに、曖昧なまま答えを出さずに。あいつがどんな覚悟で傍にいたかなんて、何も考えてなかったんだ……!」
「仕方がありません。それだけの戦いだったのです」
鳳は静かに首を振った。
「未来を取り戻すため、誰もが死に物狂いでした。だからあなたのせいではありません」
「…………」
誠は項垂れ、鳳の言葉を噛み締める。
それからふと気付いて、鳳の方を見つめた。
「す、すみません。鳳さんもずっと助けてくれてたのに、お礼も言えなくて」
「いいえ、私は嬉しかったですよ?」
鳳は明るく微笑んでくれる。
「日の本を守る大事なお役目。しかもこんな凄い勇者の方をお支えするなんて、なかなか無い名誉ですから。それに……」
そこまで言って、鳳ははっとして口を閉じた。
「いいですよ、言って下さい。今度は俺が聞きますから」
「……怒りませんか?」
「大丈夫です」
誠が言うと、鳳はおずおずと口を開いた。
「あ、あの……こんな事を言っていいのか分かりませんが、あなたは姉に似ておられて……そっそのっ、悪い意味では無くてですね?」
「分かりますよ。鳳さんにとって、一番の褒め言葉でしょ? 前に言ってたじゃないですか、自慢のお姉さんだったって」
「そうですね」
鳳は安堵したように微笑んだ。
「なぜでしょう。あなたと居ると、とっても安心するんです。この人なら、きっと真摯に向き合って下さるって。私が無器用な物言いをしても、笑いものにしないし、きっといい方に解釈して下さるって。だから……昔の姉に似ています」
誠は先の戦いを振り返った。
あの凄まじい力を持った闇の神人鳳天音。
目の前の鳳飛鳥の姉であり、元は立派な人物だったが、何かの事情で魔道に堕ちてしまったのだ。
けれどその存在は、深いところで飛鳥にとって理想であり続けたのだろう。
「あんな事さえ無ければ、姉も魔道に堕ちる事は無かったでしょう。きっと今のあなたのように、皆を守ってくれていたのに……」
「………………え、えっと、それは……」
誠は内心戸惑った。
(お姉さんの事情、聞いていいのかな……?)
そう考えながら鳳の顔を見る。
鳳は視線に気付き、再び微笑んだ。
「そういうとこですよ、黒鷹様。だから姫様も、きっと幸せだったと思います。あなたと一緒にこの日の本を守る事が出来て、きっと満足だったんです」
「そう……ですかね……」
だが、誠が呟いたその時、凄まじい轟音が辺りに響いた。
足元がぐらぐら揺れて、立ち木が一斉に騒がしく鳴り始めた。あたかも森全体が怯えているかのようだ。
数瞬の後、誠の傍に女神達が転移してくる。
「ただ事ではない邪気だな」
岩凪姫は険しい表情で言うと、虚空に映像を映し出した。
そこには黒い衣服を纏った人が……恐らくは全神連の男が映っている。
「岩凪姫様、佐久夜姫様! もっ、申し上げます! 隔離中の細胞が急激に活性化し、周囲に邪気を振り撒いております!」
「まさか、鎮魂の結界の中でか……!?」
岩凪姫は驚きの表情で答える。
誠もようやく理解した。
発見されたディアヌスの細胞が暴走し、その力を発露してしまったのだ。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
次の瞬間、暮れかけた夕空に、眩しい稲光が走った。
あたかも天に反逆の牙を突き立てるが如く、蛇行し、幾筋にも分かれた光は、何度も何度も空を覆い尽くした。
呆然と見つめる一同を代表し、佐久夜姫が呟いた。
「まずいわ……これじゃ秘密が漏れてしまう……!」
灯火を弱めた車内には、夕暮れの陽が遠慮がちに差し込んで、鶴の頬を橙色に染めている。
時間はまるでバターを溶かしたように濃密で、粘り気を増して渋滞していた。
楽しい時は遠慮なく流れていくくせに、こういう時間は過ぎないのだ。
それが嫌な事なのか、それとも良い事なのかすら、今の誠には判断出来なかった。
鶴が長く苦しまぬ方がいいのか……それとも少しでも長い間、生きていてくれる方がいいのか。
「…………っっっ!!!!!」
誠は鶴の寝顔を見つめていたが、再び何かがこみ上げてきた。
何度目かの激情の波である。
心が壊れるかと思うような思いが時折押し寄せ、その度に何とか持ちこたえてはいる。
けれど誠が耐える耐えないに関係なく、鶴との別れは近付いているのだ。
無性に息苦しさを覚え、誠はふらふらと車外に出る。
潅木に歩み寄ると、無意識に拳を打ち付けていた。
!!!!!!!!!!!!!
防護手袋越しではあったが、じんとした痛みが手に跳ね返ってくる。
世の理不尽に対する怒りなのか、今まで彼女を労われなかった己への苛立ちなのかは分からないが、そうせざるを得なかったのだ。
役目を終えた枯れ葉たちが舞い落ち、乾いた音を立てて転がっていく。
「……黒鷹様」
「……っ!?」
はっとして振り返ると、そこに鳳が立っていた。
夕日を受け、今は逆光の彼女だったが、どんな顔をしているかは感じ取れる。
鳳は地に片膝を着き、誠に向かって頭を下げた。
「本当に、申し訳ございませんでしたっ……! 姫様のお体の事、そして全神連の所業。どうしてもお伝えする事が出来ず、騙すような仕打ちをしてしまった事……この鳳飛鳥、いかな罰をも受ける覚悟が出来ております……!」
「ば、罰なんてそんな……頭を上げて下さい」
誠は慌てて首を振った。
「その、鳳さんには感謝しかないです。ヒメ子の事も、言う権限が無かっただけだし……」
「……そうおっしゃっていただければ、幸いですが」
鳳はゆっくりと立ち上がった。
それから気遣うようにこちらを見つめる。
「お辛いですよね。私で良ければ、何でもお話し下さい」
「……べ、別に俺は……辛くないですけど」
「でも、私にはそう見えます」
「…………っ」
誠は戸惑い、己の内に意識を向けた。そうした瞬間、言葉が一気に溢れてきたのだ。
「……俺はっ、ヒメ子に何もできなかった。いて当たり前だと思ってたから……これからもずっと居てくれるって思ってたから、何にもしてやれなかった……! 本当はもっと楽しい事、沢山させてやれば良かった。あんなになるまでヒメ子に頼りっきりで……それが一番情けなくて……!」
平和になったら色んな美味しいものを食べよう。
そう言って鶴が沢山メモしていたのを思い出した。そんなささやかな願いさえ、自分は叶えてやれなかったのだ。
「全部自分の事だけだったんだ。ヒメ子の好意も知ってたのに、曖昧なまま答えを出さずに。あいつがどんな覚悟で傍にいたかなんて、何も考えてなかったんだ……!」
「仕方がありません。それだけの戦いだったのです」
鳳は静かに首を振った。
「未来を取り戻すため、誰もが死に物狂いでした。だからあなたのせいではありません」
「…………」
誠は項垂れ、鳳の言葉を噛み締める。
それからふと気付いて、鳳の方を見つめた。
「す、すみません。鳳さんもずっと助けてくれてたのに、お礼も言えなくて」
「いいえ、私は嬉しかったですよ?」
鳳は明るく微笑んでくれる。
「日の本を守る大事なお役目。しかもこんな凄い勇者の方をお支えするなんて、なかなか無い名誉ですから。それに……」
そこまで言って、鳳ははっとして口を閉じた。
「いいですよ、言って下さい。今度は俺が聞きますから」
「……怒りませんか?」
「大丈夫です」
誠が言うと、鳳はおずおずと口を開いた。
「あ、あの……こんな事を言っていいのか分かりませんが、あなたは姉に似ておられて……そっそのっ、悪い意味では無くてですね?」
「分かりますよ。鳳さんにとって、一番の褒め言葉でしょ? 前に言ってたじゃないですか、自慢のお姉さんだったって」
「そうですね」
鳳は安堵したように微笑んだ。
「なぜでしょう。あなたと居ると、とっても安心するんです。この人なら、きっと真摯に向き合って下さるって。私が無器用な物言いをしても、笑いものにしないし、きっといい方に解釈して下さるって。だから……昔の姉に似ています」
誠は先の戦いを振り返った。
あの凄まじい力を持った闇の神人鳳天音。
目の前の鳳飛鳥の姉であり、元は立派な人物だったが、何かの事情で魔道に堕ちてしまったのだ。
けれどその存在は、深いところで飛鳥にとって理想であり続けたのだろう。
「あんな事さえ無ければ、姉も魔道に堕ちる事は無かったでしょう。きっと今のあなたのように、皆を守ってくれていたのに……」
「………………え、えっと、それは……」
誠は内心戸惑った。
(お姉さんの事情、聞いていいのかな……?)
そう考えながら鳳の顔を見る。
鳳は視線に気付き、再び微笑んだ。
「そういうとこですよ、黒鷹様。だから姫様も、きっと幸せだったと思います。あなたと一緒にこの日の本を守る事が出来て、きっと満足だったんです」
「そう……ですかね……」
だが、誠が呟いたその時、凄まじい轟音が辺りに響いた。
足元がぐらぐら揺れて、立ち木が一斉に騒がしく鳴り始めた。あたかも森全体が怯えているかのようだ。
数瞬の後、誠の傍に女神達が転移してくる。
「ただ事ではない邪気だな」
岩凪姫は険しい表情で言うと、虚空に映像を映し出した。
そこには黒い衣服を纏った人が……恐らくは全神連の男が映っている。
「岩凪姫様、佐久夜姫様! もっ、申し上げます! 隔離中の細胞が急激に活性化し、周囲に邪気を振り撒いております!」
「まさか、鎮魂の結界の中でか……!?」
岩凪姫は驚きの表情で答える。
誠もようやく理解した。
発見されたディアヌスの細胞が暴走し、その力を発露してしまったのだ。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
次の瞬間、暮れかけた夕空に、眩しい稲光が走った。
あたかも天に反逆の牙を突き立てるが如く、蛇行し、幾筋にも分かれた光は、何度も何度も空を覆い尽くした。
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