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第五章その6 ~やっと平和になったのに!~ 不穏分子・自由の翼編

死刑囚は太陽を呪う

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 拘置所こうちしょの狭い独房で、青年は呆然自失の様相ようそうだった。

 歳は20歳ぐらいだろう。

 砂色の髪で、日に焼けた野生的な風貌。壁にもたれて座っているが、立ち上がればなかなかの長身のはずだ。

 彼は不是唯剋ふぜたただかつ…………誠達と同じ第5船団に所属し、特務隊と呼ばれるパイロット集団を率いた人物だった。



(なんでだ、どうしてこうなった……!?)

 不是は血走った目で宙を見上げた。

 目の前の現実は、にわかには信じがたいものである。

 殺風景でしみったれた部屋。硬く閉ざされた扉。

 鏡を見る事さえ少なくなったが、己の顔は見る度にやつれ、目の下には濃いくまが浮き上がっていた。



『何とか助からねえのかよ!?』

 そう尋ねる不是に、弁護士は肩をすくめた。

『100パー無理です、餓霊てきさん引き込んじゃったんだから。知らないでやったと思うんですけどね、外患誘致がいかんゆうちってのは、この世で一番重い罪です。敵を招き入れて、大勢が命を落としたわけですから、死刑以外無いんですよ』

 弁護士はそう言って、匙を投げるようにペンを転がす。

『改正外患誘致罪、さらに改正破防法はぼうほうにも抵触ていしょく。証拠がこれだけそろってて、冤罪えんざいの可能性も一切無い。どうやっても助かりませんし……私も正直、あなたの弁護は嫌なんですわ』

 不是は絶望的な気分になったが、それでも何とか言葉を発する。

『……いつになるんだよ……?』

『結構早いと思いますよ? 普通は冤罪えんざいの可能性もあるんで、執行まで時間をかけますけど…………凶悪犯とか、社会に著しい影響を与える場合は別です。あなたがまさにそれでしょうね」

 裁判はそれこそあっという間に終わったし、正規の裁判手順であったかどうかも分からない。恐らく全く違うだろう。



 ……そしてこの拘置所で、執行を待つ日々が始まったのだ。

 口裏を合わせられないよう、部下達とバラバラに拘留こうりゅうされていたが、それが余計に疑心暗鬼を生んだ。

 あいつら裏切るんじゃないか、自分だけ助かろうとするんじゃないか……そんな思いが絶え間なく湧き上がり、気が狂いそうになってしまう。

 それでも毎日、日が昇るのだ。朝が来る……あの恐怖の時間の始まりだ。

 弁護士曰く、『刑務官は死刑執行の日以外、朝は廊下を歩かない』らしい。

 だから『朝誰かが来たら』だったし、『朝歩くのは死神』と言われた。遠くで足音がする度、心臓が破れそうに脈打った。

(なんで太陽は、バカみたいに毎日毎日昇るんだ? ずっと闇の世界だったらいいのに)

 そんなふうにさえ思った。

 午後になると安堵からぐったりしたが、やる事も無いため、不是はひたすら考えた。

(何でこうなった? 一体どこでしくじったんだ? つい最近まで、この世の春を謳歌してたってのに)

 第5船団を牛耳っていた冴えないおっさん……船団長たる蛭間ひるまの後ろ盾を得て、好き放題に振る舞っていられた。

 贅沢な飯や装備、そして装飾品。金も女も地位も、考え付く全てを手に入れた。

 戦いに乗じ、蛭間に敵対する連中を殺す…………そんな簡単な汚れ仕事さえやれば、最高の暮らしが保証されたのだ。

 勿論気に食わないヤツはついでに殺した。化け物のせいにすればいいのだから簡単だ。

 戦ってる味方の重機を後ろから撃ち抜き、避難中のバスを餓霊の群れへと蹴落として。

 大人もガキも関係ねえ、全部虫けらみたいな命だ。化け物に喰い殺されながら、無力な自分を恨めばいい。

 悲鳴を上げるウジ虫みたいな連中と、安全圏からそれを見下ろす自分。その対比こそが至高の快楽であり、不是が最も好む瞬間だった。

(……それがどうしてこうなった?)

 答えは常に同じである。

(あいつだ、あいつのせいだ……!!!)

『鳴瀬誠』

 その名を思い出すだけで、不是は全身が震える程の怒りに満ちる。
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