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第五章その6 ~やっと平和になったのに!~ 不穏分子・自由の翼編

あいつが憎くて仕方がない…!

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(鳴瀬、あいつだ……! ずっと気に食わなかった……!)

 不是は憎い少年の姿を思い浮かべた。

 ねたましくてたまらない。

 何度八つ裂きにしてやりたかったか分からない。

 けれど出来なかったのは、あいつが鬼みたいに強かったからだ。

 同じ隊にいたから分かる。あれは本物の化け物だったし、直感で天敵だと理解していた。

 模擬戦でもシュミレーションでも、こっちがどうあがいても絶対にそれを上回ってくる。

 先読みしてこちらの行動を待ち、ケガせぬよう絶妙な手加減を加えてくるのだ。

 殺そうと思えば一瞬でやられるだろうし、何をやっても通用しない。

 こっちは生きるために操縦を覚えたのに……他のヤツより適性があって、ようやく秀でた特技を得たのに。絶対に手放したくない、たった1つのメシの種だ。

 ……なのにあいつはそれを上回るのだ。

 あれが怖くて仕方なかったし、何度出撃中に殺そうとした事だろう?

 しかし殺意を見せた瞬間、ヤツは感じ取って反応するのだ。

 餓霊がいる時に狙ったから、敵の殺意だと勘違いしてくれたが……そうでなければ即座にブッ殺されていただろう。

 だが幸運な事に、あいつは突然弱くなった。

 憧れていた先輩パイロットの明日馬あすまを、自分のせいで死なせたと思ったからだ。

 バカなヤツだが、こっちにとっては最高の幸運だった。

 もちろん何度も始末しようと思った。

 でもしなかったのは、惨めなあいつを見ていたかったからだ。

 あいつを蹴り飛ばし、地べたにつくばらせる。その至高の快楽を、永遠に味わっていたかったからだ。

 絶対的な強者から奪い取り、下克上げこくじょうで踏みにじる。それこそが、自分の生を全肯定する瞬間だからだ。

 ……だがその油断のおかげで、自分はこんな事になったのだ。

 あいつは再び牙を剥き、この俺を地獄に落とした。

 このままでは何もかも終わりだ。

 ただ淡々と刑を執行され、名も無い番号として処分されていくのだ。

「~~~~~っっっ!!!!!!!!!」

 次第に呼吸が荒くなった。鼓動がどんどん高まって、爪を噛み、必死に宙を睨みつける。

(駄目だ、殺らなきゃやられる……! このままじゃ何も変わってねえっ……!)

 眼前の光景は次第に歪み、過去の記憶と入り乱れていく。

 殴られ蹴られ、血で染まった赤い視界。

 凶暴な大人から逃げ回り、喰い物を盗んでは半殺しにされる日々。

 避難区での暮らしは地獄そのものだった。

 ……だから殺した。殺して奪った。

 いかな綺麗事も美辞麗句びじれいくも、自分を救ってくれなかった。

 信じられるのは力だけ、自らの暴力だけだ。

 あの横須賀の避難区で……初めて人を殺めた時、不是はその事に気付いたのだ。
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