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第五章その6 ~やっと平和になったのに!~ 不穏分子・自由の翼編
千年の悲願。驚異的な魔族の執念
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この国の人々が、新たな火種に揺れていた頃。闇の勢力もまた、その状況を変化させていた。
まず魔王ディアヌスである。
結論から言えば、ディアヌスは生きていた。ただし人型決戦兵器・震天との戦いによって、その力の殆どを失っていたのだ。
巨大な体は砕け、飛び散り、残ったのは僅か数メートル程の小型の肉体のみ。当然、短時間で回復するのは不可能だったし、その間に八百万の神が地上に戻ってくるだろう。
同様に、ディアヌスと共に東海地方に迫っていた餓霊軍の精鋭も、その多くが消滅していた。
餓霊とは、魔界の魂を反魂の術で呼び寄せ、大地のエネルギーで一時的に肉体を具現化させたもの。それは極めて高度な業で、同時に大量の術をかける事は『本来は』難しいのだ。
だからまず軸となる大将級の存在を定め、反魂の術をかける。そしてそこから派生的に周囲に術を及ぼし、配下の餓霊を呼び出すのである。
つまりディアヌスが健在なら、周囲の餓霊も強力になるが、逆にディアヌスが弱れば、その配下どもは消え去るわけだ。
鬼や熊襲といった魔族も逃げ去り、見つからぬよう隠れていたが、もうしばらくすれば、魔族同士の壮大な責任のなすり付け合いが始まるのは明白だった。
つまり絶望的な状況であり、ここからの逆転はあり得ないのが普通の感覚だった。
…………そう、あくまで通常ならばだ。
「ああ、なんと懐かしい……千年ぶりだというのに、何も変わっておりませんわ、兄様」
石の鳥居を潜った途端、女は溜め息のように言葉を漏らした。
歳は一見して20代だろうか。
喪服のごとき黒い和装。異様に長い両の手足。
少し縮れた黒髪は、足元に届かんばかりに長く伸ばされ、不気味なほど色白な顔には、濃いアイラインを施された目が輝いていた。
魔族の中でも土蜘蛛と呼ばれた一族の、纏葉と名乗る女である。
「纏葉よ、変わってないのは当然だろう。時忘れの結界の中なのだ」
彼女に答えるのは、同じ年恰好の青年だった。
やはり全身を黒衣に包み、黒い髪を肩ほどに伸ばしている。
土蜘蛛の中でも中心的な働きをする人物であり、名は笹鐘。
「そう、驚く事は何も無い。ただあるべき所に帰ってきた、それだけの事なのだから……!」
そう述べる笹鐘だったが、口元には隠し切れぬ笑みが浮かんでいる。
殆ど感情を顕にする事が無かった彼も、さすがに興奮を抑えられないのだろう。
この2人を先頭として、黒衣を纏う数百人の集団は、静かに参道を進んで行った。
敷石を踏みしめ、立ち並ぶ石灯籠を一顧だにせず。
手に手に燃え盛る松明を掲げ、ただ無言で歩みを進める。あたかも深夜に神門をくぐり、祭事を行う神職のようだ。
弓矢持つ像が飾られた随身門を潜り、大紅葉の林を過ぎれば、巨大な拝殿に辿り着いた。
土蜘蛛達は足を止め、万感の思いで社に一礼した。
そして松明から手を離した。松明は落下し、地に吸い込まれるように消えていく。
…………極めて特筆すべき事として、この千年もの間、土蜘蛛は決してこの地を訪れなかった。
彼らの祖霊神たる夜祖大神を祀るこの社だけでなく、それが鎮座する自分達の隠れ里そのものにだ。
粗末な岩屋や放棄された寺社を転々とし、決して郷里に戻ろうとはしなかったのだ。千年の間ただの1度もであり、驚異的な忍耐力であった。
それは日頃から里の本堂に屯す鬼とは対照的だったし、万が一にも全神連に嗅ぎ付けられぬよう配慮した、徹底的な用心深さからである。
一同が拝殿に座すと、先頭に座る笹鐘が口を開いた。
「ああ、偉大なる我らが祖霊神、夜祖大神様……! 千年の長きに渡り、貴方様の社に詣でませんでした事、どうぞお許し下さい……!」
次の瞬間、拝殿奥に青紫の光が輝いた。やがて数瞬の後、眉目秀麗な青年が座していたのだ。
土蜘蛛達が崇める神であり、誠達を幾度となく絶望の淵に叩き込んだ知略の化身。つまりは夜祖大神である。
「案ずるな笹鐘。心は常に共にあった」
夜祖大神は頬杖をつくと、機嫌良さげに口元を緩める。
それから右手をついと振り、虚空に映像を映し出した。
そこには洞で身を休めるディアヌスや、敗走し、みるみるうちに消滅していく餓霊の軍団。そして逃げ惑う他の魔族が映されている。
「大蛇は負傷……肉の巨体を失い、餓霊どもも残りわずかだ。他の魔族もしょぼくれている。普通なら、これで負けだと思うだろうが……」
そこで笹鐘が身を乗り出した。
「はい大神様、これからが始まりで御座います。里に残した仕掛けも、全て生きておりました。問題なく動かせると思われます……!」
あれほど冷静だった笹鐘が、珍しく血気に逸っている。
もちろん他の土蜘蛛達も同様であった。
纏葉も、そして配下の者達も、夜祖を見つめる目に異様な光を帯びているのだ。
夜祖はそんな子孫を楽しげに眺めながら言った。
「よい顔だ、必ずや成功するであろう。爪繰が独断で隠を動かした時は、さすがに危ぶまれたが……」
夜祖はそこで右手を握り締めた。
周囲に火花が舞い散り、邪気が燃え上がるように邪神の周囲に駆け巡る。
「本音を言えば、お前達が穏をつくると言い出した時、我は迷った。可愛い子孫を贄にしてまで、勝利したいと思わなんだが……」
笹鐘は首を振り、声を高らかに訴えかけた。
「ああ、何と慈悲深い大神様! 何もお心を痛められる事はありません、我らが自ら申し出たのですから。それもこれも、一族が大神様の元、永遠に繁栄するために……隠れて逃げ惑う暮らしから開放されるためなのです……!」
夜祖はゆっくりと頷いた。
「お前達の犠牲、決して無駄にはせぬ。いよいよ見せ付けよう、千年に及ぶ我らの覚悟を。欺瞞に満ちたこの日の本の国を、絶望の海に沈めるのだ……!!!」
『夜祖大神様の仰せのままに!!!!!』
土蜘蛛達が一斉に応えた。
その気勢は拝殿を揺さぶり、隠れ里全体を震わせる程であった。
まず魔王ディアヌスである。
結論から言えば、ディアヌスは生きていた。ただし人型決戦兵器・震天との戦いによって、その力の殆どを失っていたのだ。
巨大な体は砕け、飛び散り、残ったのは僅か数メートル程の小型の肉体のみ。当然、短時間で回復するのは不可能だったし、その間に八百万の神が地上に戻ってくるだろう。
同様に、ディアヌスと共に東海地方に迫っていた餓霊軍の精鋭も、その多くが消滅していた。
餓霊とは、魔界の魂を反魂の術で呼び寄せ、大地のエネルギーで一時的に肉体を具現化させたもの。それは極めて高度な業で、同時に大量の術をかける事は『本来は』難しいのだ。
だからまず軸となる大将級の存在を定め、反魂の術をかける。そしてそこから派生的に周囲に術を及ぼし、配下の餓霊を呼び出すのである。
つまりディアヌスが健在なら、周囲の餓霊も強力になるが、逆にディアヌスが弱れば、その配下どもは消え去るわけだ。
鬼や熊襲といった魔族も逃げ去り、見つからぬよう隠れていたが、もうしばらくすれば、魔族同士の壮大な責任のなすり付け合いが始まるのは明白だった。
つまり絶望的な状況であり、ここからの逆転はあり得ないのが普通の感覚だった。
…………そう、あくまで通常ならばだ。
「ああ、なんと懐かしい……千年ぶりだというのに、何も変わっておりませんわ、兄様」
石の鳥居を潜った途端、女は溜め息のように言葉を漏らした。
歳は一見して20代だろうか。
喪服のごとき黒い和装。異様に長い両の手足。
少し縮れた黒髪は、足元に届かんばかりに長く伸ばされ、不気味なほど色白な顔には、濃いアイラインを施された目が輝いていた。
魔族の中でも土蜘蛛と呼ばれた一族の、纏葉と名乗る女である。
「纏葉よ、変わってないのは当然だろう。時忘れの結界の中なのだ」
彼女に答えるのは、同じ年恰好の青年だった。
やはり全身を黒衣に包み、黒い髪を肩ほどに伸ばしている。
土蜘蛛の中でも中心的な働きをする人物であり、名は笹鐘。
「そう、驚く事は何も無い。ただあるべき所に帰ってきた、それだけの事なのだから……!」
そう述べる笹鐘だったが、口元には隠し切れぬ笑みが浮かんでいる。
殆ど感情を顕にする事が無かった彼も、さすがに興奮を抑えられないのだろう。
この2人を先頭として、黒衣を纏う数百人の集団は、静かに参道を進んで行った。
敷石を踏みしめ、立ち並ぶ石灯籠を一顧だにせず。
手に手に燃え盛る松明を掲げ、ただ無言で歩みを進める。あたかも深夜に神門をくぐり、祭事を行う神職のようだ。
弓矢持つ像が飾られた随身門を潜り、大紅葉の林を過ぎれば、巨大な拝殿に辿り着いた。
土蜘蛛達は足を止め、万感の思いで社に一礼した。
そして松明から手を離した。松明は落下し、地に吸い込まれるように消えていく。
…………極めて特筆すべき事として、この千年もの間、土蜘蛛は決してこの地を訪れなかった。
彼らの祖霊神たる夜祖大神を祀るこの社だけでなく、それが鎮座する自分達の隠れ里そのものにだ。
粗末な岩屋や放棄された寺社を転々とし、決して郷里に戻ろうとはしなかったのだ。千年の間ただの1度もであり、驚異的な忍耐力であった。
それは日頃から里の本堂に屯す鬼とは対照的だったし、万が一にも全神連に嗅ぎ付けられぬよう配慮した、徹底的な用心深さからである。
一同が拝殿に座すと、先頭に座る笹鐘が口を開いた。
「ああ、偉大なる我らが祖霊神、夜祖大神様……! 千年の長きに渡り、貴方様の社に詣でませんでした事、どうぞお許し下さい……!」
次の瞬間、拝殿奥に青紫の光が輝いた。やがて数瞬の後、眉目秀麗な青年が座していたのだ。
土蜘蛛達が崇める神であり、誠達を幾度となく絶望の淵に叩き込んだ知略の化身。つまりは夜祖大神である。
「案ずるな笹鐘。心は常に共にあった」
夜祖大神は頬杖をつくと、機嫌良さげに口元を緩める。
それから右手をついと振り、虚空に映像を映し出した。
そこには洞で身を休めるディアヌスや、敗走し、みるみるうちに消滅していく餓霊の軍団。そして逃げ惑う他の魔族が映されている。
「大蛇は負傷……肉の巨体を失い、餓霊どもも残りわずかだ。他の魔族もしょぼくれている。普通なら、これで負けだと思うだろうが……」
そこで笹鐘が身を乗り出した。
「はい大神様、これからが始まりで御座います。里に残した仕掛けも、全て生きておりました。問題なく動かせると思われます……!」
あれほど冷静だった笹鐘が、珍しく血気に逸っている。
もちろん他の土蜘蛛達も同様であった。
纏葉も、そして配下の者達も、夜祖を見つめる目に異様な光を帯びているのだ。
夜祖はそんな子孫を楽しげに眺めながら言った。
「よい顔だ、必ずや成功するであろう。爪繰が独断で隠を動かした時は、さすがに危ぶまれたが……」
夜祖はそこで右手を握り締めた。
周囲に火花が舞い散り、邪気が燃え上がるように邪神の周囲に駆け巡る。
「本音を言えば、お前達が穏をつくると言い出した時、我は迷った。可愛い子孫を贄にしてまで、勝利したいと思わなんだが……」
笹鐘は首を振り、声を高らかに訴えかけた。
「ああ、何と慈悲深い大神様! 何もお心を痛められる事はありません、我らが自ら申し出たのですから。それもこれも、一族が大神様の元、永遠に繁栄するために……隠れて逃げ惑う暮らしから開放されるためなのです……!」
夜祖はゆっくりと頷いた。
「お前達の犠牲、決して無駄にはせぬ。いよいよ見せ付けよう、千年に及ぶ我らの覚悟を。欺瞞に満ちたこの日の本の国を、絶望の海に沈めるのだ……!!!」
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