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第五章その7 ~その柱待った!~ 魔族のスパイ撃退編

筆頭はだてじゃない

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「……西国本部にしのボンクラどもか。持ち場を離れて出てくるとは……」

 高山達あいてを見下すように眺め、懲罰方の比良坂ひらさかは言った。

「……つくづく呆れ果てる。弟子も弟子なら師も師だな」

「わ、私ならともかく、お三方に対してっ……!」

 挑発に乗りそうになる鳳だったが、因幡が耳元で囁いた。

「……我慢して飛鳥ちゃん。治療に少しかかるから」

 因幡の言葉通り、添えられた彼女の手から、暖かな波動が伝わってくる。

 治癒の法術であり、鳳は黙って身を任せた。

 確かに冷静になれば、この場の足手まといは負傷した自分だ。

 戦いの中でこちらに攻撃を向けられれば、筆頭達が自由に動けなくなる。

 それは攻撃範囲リーチと手数に勝る懲罰方にとって、絶好の勝機となるだろう。

 だが高山はそんな不利を感じさせる事もなく、面白そうに笑みを浮かべる。

「呆れてんのはこっちだろ、根暗の懲罰方さんよ。持ち場もいいが、何が一番大事かぐらい見極めろや」

 珍しく威厳ある物言いだったが、そこで勝子が肩をすくめた。

「何かっこつけてんのさ。佐久夜姫さくやひめ様に教えて貰っただけじゃないか」

ごうくんは昔からそういうとこズルイのよねえ」

 因幡も目を細めて肩を竦める。

「任務の手柄だって、ちょっと多めに報告するし」

「うるせえっ、お前らだって盛ってただろがっ」

 揉め始める高山達だったが、そこで比良坂が割って入った。

「……もういい、茶番はやめろ。時間稼ぎに付き合うつもりは無い」

 比良坂の言葉と共に、配下の2人が身構える。

「……っ!」

 鳳も身を硬くするが、そこで因幡が耳元で囁いた。

「……動けるようになったはずよ。始まったら下がって、先に行ってね」

「えっ……?」

 鳳は因幡の顔を見るが、因幡は微笑んで頷いた。

「……ここは年寄り3人に任せて。あなたには、守るべき人がいるでしょう?」

 鳳がフォローする間もなく、戦いの火蓋は切って落とされた。

 懲罰方の術者・千鏡ちかがみが発した無数の式神が、通路を埋め尽くすように殺到している。

 その形状は禍々しく、質・量ともに先程とは比べ物にならない。

(さっきと全然違う! これほど手加減していたとは……!?)

 戦慄する鳳をよそに、勝子が右手を前に突き出す。次の瞬間。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 凄まじい衝撃と共に、押し寄せる式神は四散していた。超強力な結界術である。

 瞬き程の刹那に仕掛けられた攻撃を、瞬時に強固な結界で叩き落とす。長きに渡り魔と対峙し、人々を守り続けたが故の術の練度だ。

「懲罰方は相手を追いかけて、からめ取るのは強いのさ。けどね、」

 勝子が言うのと、その傍らを白い何かが突進するのが同時だった。

 因幡が召喚した複数の魚影……霊気で形作られた白鮫しろさめの式神である。

「ちいいいっ!!!」

 懲罰方の千鏡ちかがみは、下がりながら幾多の式神を発射する。

 白鮫の式神は、それをものともせずに千鏡に迫る。手数では劣っても、単体の式神の強さでは圧倒的に因幡が上だ。

 だがそこに頭上から銅剣が降り注ぐ。

 殺到した銅剣を、白鮫の式神達は身をよじってかわしたのだが……次の瞬間、勝子がニヤリと微笑んだ。

「はいご苦労さん、身柄確保だわね」

 凄まじい光が閃き、懲罰方の配下の2人……千鏡と巡刃が雷に身を打たれていたのだ。

 彼らは全身から煙を立ち昇らせ、ゆっくりと倒れ伏していく。白鮫に気を取られた瞬間、頭上から雷撃術を食らったのだ。

 勝子は着物の腰に手を当て、豊かな胸を反らせて言った。

「この通りさ。追いかけるのは得意でも、狙われるのは不馴れだからね」

「……ぐっ!」

 懲罰方の筆頭・比良坂は、焦りの表情で床を蹴る。

 後退し、距離をとるつもりだったが、そこに高山が間を詰めていた。

「貴様っ!!!」

 黒目のみの目を見開き、般若の形相となる比良坂。

 全身のあちこちに赤茶色の塊が蠢き、それらが手のような形になって、高山に掴みかかった。

 だが次の瞬間、高山の体を白い何かが覆っていく。

霊装術れいそうじゅつ!? 動きながら、あんな高密度の霊気を……!?)

 鳳は目を疑った。

 高山が見せたのは、長い全神連の歴史でもほとんど使える者が居ない術。

 霊気を凝縮した鎧で全身を覆い、そこに流す気の向きを調節して、素早い動作を可能とする。

 全ての動きを鎧が増幅するのであり、例えるなら手足にジェットエンジンが付いたようなものだが、動きながらこの鎧を維持するのは至難のわざだ。

 普通は霊気操作に気を取られ、戦いどころではなくなる。息をするように気をこね回せないと不可能な神業だ。

「あらよっと!」

 白い鎧武者となった高山は、瞬時に相手の攻撃を全てさばいた。捌く動きがまるで見えないが、弾かれた相手の手は、粉々の土くれとなって宙に舞った。

よええぜ比良坂。動きながらじゃ、てんで霊気が練れてねえなあ!」

 高山は相手の懐に飛び込み、にやりと不敵な笑みを浮かべる。

「こちとらずっとドンパチやってんだ。てめえらたあ、咄嗟の引き出しが違うんだよ」

「ちいっ!!!」

 比良坂は体を土の鎧で覆うが、そこで高山の拳が比良坂を襲った。

 音を置き去りにするような超高速の連撃が、相手の体を叩いていたのだ。

「ぐうっ!!?」

 比良坂は凄まじい速度で、しこたま壁に叩きつけられた。

 土の鎧を砕け散らせ、あっけなく倒れ伏したのだ。

 高山はそーっと近づき、足先でつんつん突ついて相手の気絶を確認している。

「いよしっ、我輩の完全勝利っ!」

 高山は腰に手を当て、満足げにブイサインした。

 鎧から気を立ち昇らせ、いかにも神々しい姿だったが、態度は普段の高山である。

 勝子が腕組みしたまま、からかうように声をかけた。

「へーえ、珍しくおっとこ前じゃないのさ」

「バカ野郎っ、俺はいつも男前だっ」

 尚も軽口を叩く高山と勝子を眺め、呆然とする鳳。

「ひ、筆頭様って……こんな強かったんですね……」

 そりゃそうさあ、と調子に乗り、圧縮した霊気を陶芸轆轤ろくろのようにこね回す高山だったが、因幡が優しくツッコミを入れる。

「ほんとにもう、飛鳥ちゃんたら。始まったら行ってって、ちゃんと教えたでしょう? そういうポカはナシにしてね?」

「あっ……もっ、申し訳ありませんっ!」

 鳳は急いで立ち上がり、懸命に床を蹴った。

(凄い……やっぱり凄いですっ……!)

 鳳は走りながら、ぎゅっと太刀を握り締めた。

 目の前で見た筆頭達の強さに、気持ちの高揚が抑えきれない。

(頑張ろう……! 私もいつかああなりたい……!)

 何年かかるか分からないけど、自分もいつか辿り着くのだ。あの術の高みに、あの強さの領域に。

(そしたらもっとあの方を守れる……!)

 一度は死を覚悟したけれど、もう一度黒鷹様のお役に立てるのだ。



 魔法陣に飛び込む鳳を見送り、高山は満足げに頷いた。

「うんうん、若いってのはいいもんだ。青春の輝きだなっ」

 勝子は少し優しい顔で後を受ける。

「何言ってんだい。幾つになっても、恋する女は美しいのさ」

「納得だ、勝子は『滅多に』恋しねえからな」

「あんたってヤツはっ……!」

 勝子にゲンコツを食らい、高山は吹っ飛ぶ。

 あらあら元気ね、などと微笑む因幡をよそに言い争いを始める2人だったが、そこで懲罰方も身を起こし始めた。

「き、貴様らっ……自分が何をしたか分かっているのかっ……?」

 壁に手をかけ、懸命に立ち上がる比良坂に、高山は言った。

「……まあな。でもよ、今は信じてやってくれねえか。日の本を守る、期待の有望新人ホープなんだぜ?」

「……ふざけた事をっ」

 言いながらよろめく比良坂に歩み寄り、高山は肩を貸した。

「ありがとよ。殺さねぇよう手加減してくれたんだろ? ほんとにいい子達なんだ」

「その物言いがふざけているのだっ……!」

 比良坂は歯噛みして呟いた。
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