新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART5 ~傷だらけの女神~

あさくらやたろう-BELL☆PLANET

文字の大きさ
95 / 117
第五章その9 ~お願い、戻って!~ 最強勇者の堕天編

あの女も逃げたんだろう?

しおりを挟む
 銃撃の威力に恐れおののき、一先ず黄泉人どもは逃げ去った。

 しかし混乱は続いている。

 激しい怒号、詰め寄る人々。必死にそれをなだめる、歳若き兵士達。

 しばし呆然とする誠だったが、後ずさった拍子に、手にしたペットボトルの水が音を立てて揺れた。

「そうだ、今はこれを……!」

 その感触のおかげで、誠はようやく我に返れたのだ。

「鳳さん、こんな時にすみません。ヒメ子が苦しがって水を欲しがってるんで、戻らせてもらいます……!」

「そっ、それは一大事ですね! ここは私どもにお任せ下さい。黒鷹様はどうぞお早く」

 だが誠が駆け出そうとすると、行く手を塞ぐように人々の群れが押し寄せた。

「なっ……!?」

 前も後ろも人波で遮られ、最早行くも戻るも出来ない。

 被災者の1人が、目ざとく誠のパイロットスーツを見て言った。

「おいその格好、あんたも仲間なんだろ!? 無関係なふりで逃げようってのか?」

「違います! そのお方は、ここの守備隊ではありません!」

 鳳も必死に叫んでくれるが、興奮した人々は追求の手を緩めない。

「そのお方? さては責任者えらいさんか! だったらお前が責任を取れっ!」

「そうよ、この人殺しっ! 部下にやらせて自分だけ逃げるなんて!」

「ち、違います……とにかく落ち着いて」

 後ずさる誠だが、人々はますます凶暴な怒りをぶつけてくる。

(早く、早くヒメ子に持ってってやらないと……!)

 誠の脳裏に、弱々しく嘆願する鶴の姿が思い浮かんだ。

『……わがまま言っていい?』

『……お水が欲しい』

(あんな頑張ってくれたんだ。せめて最後に水くらい……!)

 でも抜けられないのだ。

「すみません、仲間が待ってるんです! どうか、どうか行かせて下さい!」

 誠は嘆願するが、人々は誠を掴んで放そうとしない。

「誤魔化すな! さあ言え、何で撃ったんだ! 相手は人間だぞ!」

「そうよ、どうして話し合おうとしないの! 相手は言葉が話せるんでしょ!?」

「こ、言葉を話す事と、意思疎通の可否は別です。錯乱しても、言葉は言えますから……」

 誠は戸惑いながら答えるが、半端な理屈は、むしろ逆上した人々の神経を逆撫でした。

「馬鹿にしてる、馬鹿にしてるわ! 屁理屈で逃げる気でしょう!」

「そうだ、人の命より、理屈の方が大事なんだろう!」

「そ、そんな事は……」

 誠は混乱の極みに達していた。

 今まであらゆる事態において、自分達は困難を乗り越えてきた。

 もちろん天草さんや船渡さん、嵐山さんのように、説得が難しかった事もある。

 それでも意思の疎通は出来たし、賛成反対は別として、話す内容そのものは理解してもらえたのだ。

 でも今の状況は違う。

 最早言葉が通じないレベルにまで興奮した人々。この場全体を覆っている、異常なまでに高まった狂気。

 善意がまるで意味を成さず、理屈が全く通用しない。

 それを衆愚しゅうぐ……と呼ぶほど誠は傲慢ごうまんにはなり切れないが、一体この場をどう乗り切ればいいのだろうか。

 だが最悪の事態は尚も重なる。

「あっ、ああああっ、やられる、やられるぞ!」

 人々の叫びに我に返ると、壁にある大型モニターには、外の様子が映されていた。

 避難車両の駐車場で、バスに大量の黄泉人どもが群がっていたのだ。

「あいつら、逃げてなかったんだ……!」

「こちらの銃が手強いと見て、襲う獲物を変えたのですね……!」

 鳳も顔色を変えてモニターを見つめる。

 そこから先は地獄絵図だった。

 無数の黄泉人に囲まれ、運転手は耐え切れずバスを発車させる。

 だが黄泉人どもは怯まず、運転席の窓にびっしりと張り付いた。

 バスはたちまち蛇行し、闇の中に火花を上げながら横転した。

 そのまま横滑りし、別の車両に正面から激突……!

 大爆発が起こり、黄泉人どもは興奮を抑え切れずに飛び跳ねている。

「…………なんて事」

 鳳は青ざめ、手で口を覆って絶句していた。

「鳳さん、僕は大丈夫です。あなただけでも抜けて下さい」

 誠は彼女だけでもこの渦中から逃がそうと思ったが、取り囲む人々はそれすら許さない。

「逃がさんぞ、自分の女だけ守る気か!」

「いいわよねぇ、若くて綺麗なら、真っ先に助けてもらえるんだもの!」

「ちっ、違います……私は黒鷹様とは、何も……」

 鳳は殆ど泣きそうになって首を振った。

「わ、私はただ、皆様を守るために……」

 だが詰め寄る女達はそれを聞かず、鳳の腕や髪を掴んで何かを叫んでいる。

「鳳さん!」

 誠は彼女の元へ近寄ろうとする。

 ……しかしとうとう、その言葉が投げつけられたのだ。

「どうせあの鶴とかいう女も、真っ先に逃げたんだろうっ!?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...