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第五章その9 ~お願い、戻って!~ 最強勇者の堕天編
どうか怒りをおしずめ下さい!
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その愛しき人の豹変ぶりを、鳳は呆然と見つめていた。
長く伸びた牙、殺意を込めて輝く瞳。
全身を覆うように立ち昇るのは、黒い霊気……いや邪気だ。
彼は手近な男を片手で持ち上げ、相手の苦悶を楽しむように眺めている。
(これが本当にあの黒鷹様なのだろうか……?)
鳳は信じられない思いだった。
いつも優しくて、こちらを気遣ってくれた彼。
孤児として苦労したせいか、誰かが傷つきそうになるとすぐにフォローを入れてくれるし、その事に鳳は何度も救われていた。
特に手柄を吹聴しないが、いざ戦いになれば勇敢で、どんな恐ろしい相手にも立ち向かっていく。
魔王を打ち倒したのだから、もう少し誇りに思ってもバチは当たらないのに、いつも謙遜ばかりしている。それは幼い頃から、神武勲章隊のパイロット達に助けられてきたせいだろう。
自分は先輩達にしてもらった事を返しているだけ……少し褒めるとそんなふうに返す彼に、鳳は恋心と尊敬の念を抱くようになった。
最初のうち彼に厳しい態度で接していた事は、人生最大の失敗である。
こんな人だと知っていたら、始めから優しくしていたのに……そんなふうに悔やんでいたのだ。
「く、黒鷹様っ、なりません!」
怯えて後ずさる人々とは対照的に、鳳は彼の元へと駆け寄った。
暴徒を持ち上げた腕を掴むと、渾身の力でしがみつく。
「なんて……力っ……!」
まるで大木の枝のようだ。全体重をかけていても、全く揺らぐ様子がない。
それでも鬱陶しくは思ったのだろうか。
掴んだ相手を無造作に落とすと、彼はこちらに目を向けた。
「あっ……」
普段穏やかな彼とは違う、猛獣のごとき視線を受けた時、鳳は何も言えなくなってしまった。
敵が発した殺意ではなく、決して嫌われたくない相手が……愛しい人が向けた怒りの感情だったからだ。
それは瞬時に鳳の身をすくませ、言うべき言葉を飲み込ませてしまった。
戸惑う鳳に向き直ると、彼は不機嫌そうに言った。
「何故止めるんです? こんな連中、皆殺しにすればいいのに」
その声は幾重にも重なり、まるで悪魔憑きの声のようだった。
……いや、まるでではない、実際に憑き物なのだ……!
そこで鳳は我に返った。
(これは邪な者達の仕業だ。彼の怒りを利用して、その身を闇に染めようとしている……!)
(怯えている場合じゃない……! 私が、私が黒鷹様をお守りせねば……!)
鳳は必死に彼に呼びかける。
「黒鷹様、無礼は承知の上ですが、これは間違っています! どうか、どうか怒りをお鎮め下さい!」
「間違う? 間違ってるのはこいつらの方だろう……?」
彼が一睨みすると、周囲の人は怯えて更に後ずさった。
「見ろ、馬鹿で弱くて、要求だけは口汚い阿呆どもだ。こんな連中、ここで殺して何が悪い」
彼の言葉は、段々と人間離れしたものに変わっていた。
最早彼ではなく、その身に宿った何かが喋らせているような……そんな恐怖すら感じさせる。
彼の全身から発せられた黒い邪気は、天井程の高さにまで達し……
(……違う! 黒鷹様の気じゃない、上から降りてきてるんだ……!)
鳳はそこまで気付いてぞっとした。
当初は彼の内側から立ち昇っていた邪気は、いつの間にか頭上から降り注いでいる。
まるで積乱雲から降りてきた竜巻のように、黒い邪気が渦巻きながら彼の全身を包んでいた。
そしてその邪気のおかげで、彼の表情や態度は、みるみる別の何かへ変わっていくのだ。
(乗っ取られかけている! ここでお止めせねば、完全に闇に引き込まれてしまう!)
鳳は決意し、彼の頬を思いっ切りはたいた。
だが少年はまるで揺らがず、黙って鳳を見据えている。
「御免っ!」
更に幾度も頬を叩く。殆ど泣きながら、力の限り、何度も何度も。
けれど何度目かの平手は、彼の手に掴み取られていた。
「うぐっ……!?」
手首から先がもぎ取られそうな力に、鳳は動きを止められてしまう。
まるで鷲に掴まれた小動物のようだ。
それでも怯むわけにはいかなかった。
彼の目を真っ直ぐに見つめ、必死に説得を試みる。
「無礼は承知っ、いかなる責めもお受けいたします! お願いです、元に戻って下さい!」
そこで彼は、もう一方の手を伸ばした。
一瞬、首を掴まれるかと思ったが、手はなぜか軌道を変えて、鳳の肩を鷲掴みにしたのだ。
長く伸びた牙、殺意を込めて輝く瞳。
全身を覆うように立ち昇るのは、黒い霊気……いや邪気だ。
彼は手近な男を片手で持ち上げ、相手の苦悶を楽しむように眺めている。
(これが本当にあの黒鷹様なのだろうか……?)
鳳は信じられない思いだった。
いつも優しくて、こちらを気遣ってくれた彼。
孤児として苦労したせいか、誰かが傷つきそうになるとすぐにフォローを入れてくれるし、その事に鳳は何度も救われていた。
特に手柄を吹聴しないが、いざ戦いになれば勇敢で、どんな恐ろしい相手にも立ち向かっていく。
魔王を打ち倒したのだから、もう少し誇りに思ってもバチは当たらないのに、いつも謙遜ばかりしている。それは幼い頃から、神武勲章隊のパイロット達に助けられてきたせいだろう。
自分は先輩達にしてもらった事を返しているだけ……少し褒めるとそんなふうに返す彼に、鳳は恋心と尊敬の念を抱くようになった。
最初のうち彼に厳しい態度で接していた事は、人生最大の失敗である。
こんな人だと知っていたら、始めから優しくしていたのに……そんなふうに悔やんでいたのだ。
「く、黒鷹様っ、なりません!」
怯えて後ずさる人々とは対照的に、鳳は彼の元へと駆け寄った。
暴徒を持ち上げた腕を掴むと、渾身の力でしがみつく。
「なんて……力っ……!」
まるで大木の枝のようだ。全体重をかけていても、全く揺らぐ様子がない。
それでも鬱陶しくは思ったのだろうか。
掴んだ相手を無造作に落とすと、彼はこちらに目を向けた。
「あっ……」
普段穏やかな彼とは違う、猛獣のごとき視線を受けた時、鳳は何も言えなくなってしまった。
敵が発した殺意ではなく、決して嫌われたくない相手が……愛しい人が向けた怒りの感情だったからだ。
それは瞬時に鳳の身をすくませ、言うべき言葉を飲み込ませてしまった。
戸惑う鳳に向き直ると、彼は不機嫌そうに言った。
「何故止めるんです? こんな連中、皆殺しにすればいいのに」
その声は幾重にも重なり、まるで悪魔憑きの声のようだった。
……いや、まるでではない、実際に憑き物なのだ……!
そこで鳳は我に返った。
(これは邪な者達の仕業だ。彼の怒りを利用して、その身を闇に染めようとしている……!)
(怯えている場合じゃない……! 私が、私が黒鷹様をお守りせねば……!)
鳳は必死に彼に呼びかける。
「黒鷹様、無礼は承知の上ですが、これは間違っています! どうか、どうか怒りをお鎮め下さい!」
「間違う? 間違ってるのはこいつらの方だろう……?」
彼が一睨みすると、周囲の人は怯えて更に後ずさった。
「見ろ、馬鹿で弱くて、要求だけは口汚い阿呆どもだ。こんな連中、ここで殺して何が悪い」
彼の言葉は、段々と人間離れしたものに変わっていた。
最早彼ではなく、その身に宿った何かが喋らせているような……そんな恐怖すら感じさせる。
彼の全身から発せられた黒い邪気は、天井程の高さにまで達し……
(……違う! 黒鷹様の気じゃない、上から降りてきてるんだ……!)
鳳はそこまで気付いてぞっとした。
当初は彼の内側から立ち昇っていた邪気は、いつの間にか頭上から降り注いでいる。
まるで積乱雲から降りてきた竜巻のように、黒い邪気が渦巻きながら彼の全身を包んでいた。
そしてその邪気のおかげで、彼の表情や態度は、みるみる別の何かへ変わっていくのだ。
(乗っ取られかけている! ここでお止めせねば、完全に闇に引き込まれてしまう!)
鳳は決意し、彼の頬を思いっ切りはたいた。
だが少年はまるで揺らがず、黙って鳳を見据えている。
「御免っ!」
更に幾度も頬を叩く。殆ど泣きながら、力の限り、何度も何度も。
けれど何度目かの平手は、彼の手に掴み取られていた。
「うぐっ……!?」
手首から先がもぎ取られそうな力に、鳳は動きを止められてしまう。
まるで鷲に掴まれた小動物のようだ。
それでも怯むわけにはいかなかった。
彼の目を真っ直ぐに見つめ、必死に説得を試みる。
「無礼は承知っ、いかなる責めもお受けいたします! お願いです、元に戻って下さい!」
そこで彼は、もう一方の手を伸ばした。
一瞬、首を掴まれるかと思ったが、手はなぜか軌道を変えて、鳳の肩を鷲掴みにしたのだ。
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