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第五章その9 ~お願い、戻って!~ 最強勇者の堕天編
真心のキスを
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「……っ!!」
肩の骨が砕かれそうな怪力に、痛みで気が遠くなりそうだった。
それでも鳳は、弱々しく彼を見つめた。
こちらを睨む赤い瞳は、強い狂気に満ちていたが、まだ辛うじて人の気配が感じられる。
身の内に暴れる膨大な怒りに、僅かな理性が逆らっているかのようだ。
(そうだ、喉を掴まれなかった……! まだ黒鷹様は残っておられるんだ……!)
彼に残った最後の理性に賭けるべく、鳳は必死に叫んだ。
「これでは……これでは姉でございますっ!! 姉と同じ破滅の道に、行かせるわけには参りませんっ!!」
「五月蝿い女だ……!」
幾重にも重なる声で呟くと、彼はこちらを引き寄せる。
「まずお前から引き裂いてやろうか……?」
先ほどにも増して怒りに満ちた視線が身を刺すが、鳳は今度は怯まなかった。
「私の命でよろしければ、いくらでも差し上げます! どうか、どうかお戻り下さい!」
耐え切れず涙を流しながら、鳳は叫んだ。
「お願いですっ、お願いだから戻ってください! あなたのその様を見れば、姫様がどれだけ悲しまれるか!」
「…………っ!」
瞬間、急激に彼の力が緩むのを感じた。
明らかに身を覆う邪気が乱れ、心が揺らいでいるのが分かる。
そしてその動揺が何からもたらされたのか、鳳ははっきりと理解していた。
この言葉の矛を使うしか無い。瞬時にそう決断したが、胸の奥に鈍い痛みが走ったような気がする。
彼の心の奥にあるのは、自分ではなくあのお方なのだ……それが改めて理解出来たからだ。
けれど今は、そんな感傷に浸っている場合ではない。
最後の力を振り絞り、鳳は叫んだ。
「どうか、どうかご自愛をっ! あなたは、あなたは姫様を愛しておられるのでしょうっ!?」
「ヒメ子……??」
彼はそこで鳳を放した。それからふらふらと後ずさる。
「ヒメ子……そうだ、ヒメ子に水を……」
彼の身を覆う邪気は更に乱れて、その隙間から、青い清浄なる輝きが見えた。
胸の辺りに輝く光は、海の気配を色濃く放つ。つまりそれは……
(竜宮の霊気……!)
鳳は直感で理解した。
傷つき、疲れ果てた彼の魂を癒すべく注がれた竜宮の霊気が……姫様や皆と過ごし、心から笑った楽しい思い出が、最後の最後で闇の力に抗してくれていたのだ。
鳳は彼に駆け寄り、その胸に手を当てる。
「くっ……!!!」
必死に霊気を注ぎ込むも、体表面の邪気に弾かれた。
見上げると、一度は乱れた邪気の柱は、再び勢いを増して彼を包み込もうとしていた。
胸に光る竜宮の気も、邪気に包まれて見えなくなろうとしている。
「無礼を、無礼をお許し下さいっ!!!」
鳳は必死に彼にしがみつくと、頭を引き寄せ、唇を重ねた。
そのまま自らの気を、口腔から直接体内に流し込んだのだ。
「…………っっっ!!!」
彼は大きく身を震わせた。
目を見開き、こちらを掴んで引き離す。
強い力で二の腕を掴まれるが、もう抵抗する力が残っていなかった。
ほぼ全ての霊気を、彼の中に渡してしまったからだ。
鳳の霊気が彼の喉を通り、ゆっくりと降りていくのが見える。
その霊気は青い光と合流し、やがて大きく輝いた。
「黒鷹……さま……?」
鳳が弱々しく呟くと、彼の瞳が揺れ動くのが見えた。
戸惑いながら、それでもこちらを労わるように支える彼は、もういつもの表情だったのだ。
全身を青い清浄なる気が包んでいる。鳳が渡した霊気を、竜宮の気が吸収して肥大化したのだ。
そしてそれが、降り注ぐ邪気を追い払ってくれたのである。
「良かった……黒鷹……さま………」
薄れ行く意識の中で、鳳は弱々しく微笑んだ。
肩の骨が砕かれそうな怪力に、痛みで気が遠くなりそうだった。
それでも鳳は、弱々しく彼を見つめた。
こちらを睨む赤い瞳は、強い狂気に満ちていたが、まだ辛うじて人の気配が感じられる。
身の内に暴れる膨大な怒りに、僅かな理性が逆らっているかのようだ。
(そうだ、喉を掴まれなかった……! まだ黒鷹様は残っておられるんだ……!)
彼に残った最後の理性に賭けるべく、鳳は必死に叫んだ。
「これでは……これでは姉でございますっ!! 姉と同じ破滅の道に、行かせるわけには参りませんっ!!」
「五月蝿い女だ……!」
幾重にも重なる声で呟くと、彼はこちらを引き寄せる。
「まずお前から引き裂いてやろうか……?」
先ほどにも増して怒りに満ちた視線が身を刺すが、鳳は今度は怯まなかった。
「私の命でよろしければ、いくらでも差し上げます! どうか、どうかお戻り下さい!」
耐え切れず涙を流しながら、鳳は叫んだ。
「お願いですっ、お願いだから戻ってください! あなたのその様を見れば、姫様がどれだけ悲しまれるか!」
「…………っ!」
瞬間、急激に彼の力が緩むのを感じた。
明らかに身を覆う邪気が乱れ、心が揺らいでいるのが分かる。
そしてその動揺が何からもたらされたのか、鳳ははっきりと理解していた。
この言葉の矛を使うしか無い。瞬時にそう決断したが、胸の奥に鈍い痛みが走ったような気がする。
彼の心の奥にあるのは、自分ではなくあのお方なのだ……それが改めて理解出来たからだ。
けれど今は、そんな感傷に浸っている場合ではない。
最後の力を振り絞り、鳳は叫んだ。
「どうか、どうかご自愛をっ! あなたは、あなたは姫様を愛しておられるのでしょうっ!?」
「ヒメ子……??」
彼はそこで鳳を放した。それからふらふらと後ずさる。
「ヒメ子……そうだ、ヒメ子に水を……」
彼の身を覆う邪気は更に乱れて、その隙間から、青い清浄なる輝きが見えた。
胸の辺りに輝く光は、海の気配を色濃く放つ。つまりそれは……
(竜宮の霊気……!)
鳳は直感で理解した。
傷つき、疲れ果てた彼の魂を癒すべく注がれた竜宮の霊気が……姫様や皆と過ごし、心から笑った楽しい思い出が、最後の最後で闇の力に抗してくれていたのだ。
鳳は彼に駆け寄り、その胸に手を当てる。
「くっ……!!!」
必死に霊気を注ぎ込むも、体表面の邪気に弾かれた。
見上げると、一度は乱れた邪気の柱は、再び勢いを増して彼を包み込もうとしていた。
胸に光る竜宮の気も、邪気に包まれて見えなくなろうとしている。
「無礼を、無礼をお許し下さいっ!!!」
鳳は必死に彼にしがみつくと、頭を引き寄せ、唇を重ねた。
そのまま自らの気を、口腔から直接体内に流し込んだのだ。
「…………っっっ!!!」
彼は大きく身を震わせた。
目を見開き、こちらを掴んで引き離す。
強い力で二の腕を掴まれるが、もう抵抗する力が残っていなかった。
ほぼ全ての霊気を、彼の中に渡してしまったからだ。
鳳の霊気が彼の喉を通り、ゆっくりと降りていくのが見える。
その霊気は青い光と合流し、やがて大きく輝いた。
「黒鷹……さま……?」
鳳が弱々しく呟くと、彼の瞳が揺れ動くのが見えた。
戸惑いながら、それでもこちらを労わるように支える彼は、もういつもの表情だったのだ。
全身を青い清浄なる気が包んでいる。鳳が渡した霊気を、竜宮の気が吸収して肥大化したのだ。
そしてそれが、降り注ぐ邪気を追い払ってくれたのである。
「良かった……黒鷹……さま………」
薄れ行く意識の中で、鳳は弱々しく微笑んだ。
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