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第五章その9 ~お願い、戻って!~ 最強勇者の堕天編

あなたを守れて良かった…!

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 誠はしばし呆然としていた。

「良かった……黒鷹……さま………」

 ケガのためか、それとも興奮したせいだろうか。鳳の顔は真っ赤に上気していた。

 肌は汗ばみ、髪は乱れてぐしゃぐしゃで……それでも満足そうに微笑んでいる。

(鳳さん、どうして? この人をこんなにして、俺は一体何をしていた……?)

 気を失い、崩れ落ちるように座り込んだ鳳を支えながら、誠は記憶の糸を辿った。

 人々の心無い言動に怒って、そこから記憶が不確かだった。

 1つだけ覚えているのは、脳裏に浮かんだ黒い太陽。

 あの太陽に触れた途端、凄まじい力が身の内から湧き上がった。

 このまま飲み込まれればいい……そしたら全てが楽になる。そう考えていた矢先、こうして正気を取り戻したのだ。

「俺は、一体……」

 だが誠がそこまで考えた時。

 建物の窓に、凄まじい稲光が閃いた。ほぼ同時に、甲高い無数の悲鳴が木霊する。

 数瞬の後、誠の眼前に岩凪姫が現れた。

 岩凪姫はすばやく屈むと、鳳の背に手を当てる。女神から何かの光が注がれると、鳳は身を震わせた。

「……っ?」

 鳳は不思議そうに女神を見上げ、我に返って頭を下げる。

「こっ、これは岩凪姫様っ!」

「構わぬ。それよりよくやった、よくぞ黒鷹を引き戻したな」

 岩凪姫は立ち上がり、満足そうにそう言った。

「恐らく夜祖の仕掛けた罠だ。邪気が異様に集まっていたし、黒鷹の魂を狙ったものだろう」

 状況についていけず、周囲の人はまだざわついていたが、岩凪姫が無言で睨む。言葉に出来ない威圧感で、館内の空気が一気に鎮まっていった。

 女神は静かに声をかける。

「誰だって耳障りの良い言葉を吐きたいだろう。だが過ぎた理想は、破滅をもたらす狂気に過ぎない。黄泉人を説得し、それでも聞き入れぬなら身を守る。他に出来る事はあるまい?」

 人々は頷き、先程までが嘘のように大人しくなった。

 女神はそれから兵士達にも言葉をかける。

「周囲を囲む黄泉人どもは気絶させた。人々の避難と並行して、捕縛して確保しておけ。目印でうっすら光るようにはしている」

「はっ、はいっ!」

 守備隊の兵士達は、我に返って素早く動き始める。

 そこで鳳が周囲をキョロキョロ見回した。

「そ、そう言えば……先ほど倒れた女性がおりません。撃たれてかなり出血していたはずですが……」

 そこで遠慮がちに被災者が口を開いた。

「あ、あの女性、さっき出て行きましたよ? この方と入れ違いに、逃げるみたいに。もう血が止まってて、物凄く足が速くて……なんだか気味が悪かったんですが」

 他の被災者達も後を受けた。

「そう言えば、怒鳴ったり物投げたりしてた連中もいなくなってる」

「そうですよ。私達、何も責めたりしてません。怖いから声は出たけど、私達のために戦ってくれてるから、邪魔しちゃいけないと思って……でも特定の人が滅茶苦茶叫んでて。何よこいつらって思ったけど、怖くて止められなかったんです」

「ここの居住区、大体同じとこから移動して来たけど、あんな連中いなかったよな? なんかひょろ長くて、人間じゃないみたいに素早かった」

 そんな被災者達に混じって、1人の男性が申し訳無さそうに手を上げた。

「……あ、あの、僕は多分叫んでたと思うんですけど……自分でもよく分からないんです。なんであんな興奮してたんだろう?」

 そこで彼の配偶者らしき女性が、恐る恐る声をかける。

「あなた、さっき首に大きなあざが出てたわよ。急に怖い顔になって、私も止められなかったんだけど……今は消えてるわ。そのお兄さんと同じで、憑き物が落ちたみたいに戻ってるけど」

「痣……痣だって……?」

 誠はそこで思い出した。

「そうか、あの痣だ。九州で、魔族が人を操る時に使った……!」

「あっ、あの時の術ですか!」

 鳳も思い出したようだ。

 九州で敵が使った邪法であり、呪詛の塊を人の体に取り憑かせ、意識を操るのである。

「では黒鷹様、あの騒ぎは全て魔族が……」

「そう思います、全部魔族やつらあおってたんだ。よく考えたら、銃を持った守備隊をあそこまで挑発するなんて。魔族じゃなきゃ考えられない」

 この場の雰囲気に飲まれ、頭が働いていなかったが、考えてみれば見え透いた手口だった。

 人々に催眠をかけ、操ってこちらを苛立たせていたのだ。
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