101 / 117
第五章その10 ~何としても私が!~ 岩凪姫の死闘編
あなたが好きです…!
しおりを挟む
岩凪姫は、1人闇の中に歩を進めた。
避難所の外に出て、人気の無い所までなんとか歩く。
しばし後ろの気配を探っていたが、黒鷹や鳳が追いかけてくる様子もない。
「…………ぐっ……!」
急激に力が抜けて、耐え切れずしゃがみ込んでしまった。
(……仕方ない。ここに来るまで、随分力を使ったからな)
体のあちこちに痛みを感じる。かなりの邪気を浴び続け、霊力を消耗してしまっていたのだ。
(このような姿、黒鷹達には見せられぬ。見せれば必ず心配し、一緒に行こうとするからな)
だが彼女がそこまで考えた時、唐突に闇の中から声がかかった。
「……えっ!? 岩凪さんですか!?」
「っっっ!!!???」
思わず飛び上がりそうになった。
顔を上げると、白い将校服をまとった凛々しい青年が。つまりは夏木が駆け寄ってきたのだ。
「なっ、夏木!? どうしてここへ……」
岩凪姫はうろたえる。
体が一気に熱くなって、疲れの事も忘れてしまった。鏡を出すまでも無い、きっと真っ赤になっているだろう。
「成り行きです。部隊と一緒に移動していて」
言いながらしゃがみ込むと、夏木は手を差し出した。
「それより早く救護班に。具合が悪いんですよね?」
「い、いや、構わぬ。私は子供を連れ戻しに行く」
岩凪姫は首を振ると、無理やりに身を起こした。
「子供を……まさかお1人でですか!?」
夏木は目を丸くして驚いた。
「無茶だ、そんなフラフラなのに!」
「無茶でもいい。元より逃げれぬ立場なのだ。幼子1人助けられねば、ととさまにも妹にも笑われよう」
「笑うわけないでしょう!?」
一歩踏み出す岩凪姫の進路に、夏木は立ち塞がった。
「だったら……だったら僕が行きますっ! あなたはここで休んで下さい!」
「なっ……!?」
岩凪姫は絶句した。眼前の青年を見つめるが、彼の瞳は真剣だった。
真っ直ぐなその目にうろたえ、思わず視線を逸らせながらも、何とか女神は口を開いた。
「……なっ、ならぬ! バカな事を申すな、お前では無理なのだ……!」
「無理でも構いません! 仲間が大勢逝ったんだ。命を捨てる覚悟ぐらい、とっくの昔に出来てます」
「ええいっ、ならぬと言っておろうがっ!!」
強引に行き過ぎようとする女神だったが、不意に後ろから手を掴まれた。
「……っ!!?」
恐る恐る振り返ると、夏木は前のめりに手をさしのべ、こちらの左手を掴んでいる。
白い手袋をはめた彼の手から、真っ直ぐな心の波動が流れ込んできた。
(だ、だめだっ、やめろ……そんな思念を流すな……!)
顔が熱い。無いはずの鼓動が逸るかのようだ。
燃えるような目で見つめられ、最早どうしていいか分からなくなる。
岩凪姫はそれでも何とか首を振った。
「……や、やめろっ、何故そこまで私に構うのだ……私などに命を使うな……! 私などどうなってもいいのだっ!」
「嫌だっ、あなたを守ると決めたんです! あなたが僕を嫌いでもいい、僕はあなたを守りたい! そう決めたんです!」
「か、勝手な事を……」
そう呟く唇が震えた。
声が上擦り、自分でも驚くほどに戸惑ってしまう。
だめだ、これ以上はもう駄目だ。
これ以上この男と話せば、私の勇気が消えてしまう。
折角覚悟を決めたのに、弱く泣き虫な自分が顔を出してしまうかもしれない。
そうなる前に、なんとかこの場を離れなければ……!
「ええい、放せっ!」
手を振り払い、ずかずかと歩みを進める。
夏木は諦めず、走って前に回り込んだ。
そのまま通せんぼをするように両手を広げた。
「どけと言っておろうがっ!!!」
「嫌だっっっ!!!!!」
岩凪姫の怒声に、夏木も負けずに叫び返した。
「あなた1人が不幸になってどうするんですか! それで鶴ちゃんや、鳴瀬少尉が喜ぶんですか!?」
頭上を覆う暗雲のせいだろうか、いつしか雨が降り始めていた。
雨粒が少しずつ大地を叩き……やがて見る間に激しくなった。
「僕はずっと見てきた。あなたは世のため人のために、ずっと頑張ってきたじゃないですか! だから、どうなってもいいなんて言わないで下さい!」
白い帽子から、そして将校服から水を滴らせながら、夏木は懸命に訴えかける。
「僕は知ってます、あなたは素敵な人だって! 例え世界中の人があなたを笑っても、僕だけは笑いません!」
自らの胸に手を当て、夏木は声を限りに叫んだ。
「僕は、あなたに幸せになって欲しいんです! だってあなたが……あなたが好きだからっ!!!」
「……………………っ!!!!!」
その言葉を聞いた時、岩凪姫はびくりと震えた。
肉の体でないはずなのに、胸の辺りが脈打つように感じられた。
心臓ではなく魂が……神としての霊魂そのものが震えているのだ。
枯れ果てていた川に、再び水が流れ込むように……ひび割れてささくれだっていた己の心に、暖かな何かが流れ込んできていた。
『あなたが好き』
ただそれだけの言葉を、心の中で何度も反芻した。
何1つ飾らず、魂の全てをぶつけるような全力の言霊だった。
もう一度、岩凪姫は夏木を見つめる。
彼の身から発せられる思念の波動は、ただただ清らかなものだった。
嘘偽りない、一点の曇りもなく相手を思いやる強い愛情が、じんじんと痛いぐらい伝わってくる。
(嬉しい……そうだ……多分、私は嬉しいのだ……)
そう素直に感じられた。
神として相応しくない感情かもしれない。それでも確かに嬉しかった。
誰かに認められ、慕われるという事が、これほどまでに感慨深い事だなんて……何千年も知らずにいたのだ。
(私は……どうしたらいいのだろう……?)
夢心地のような感覚の中、岩凪姫は考えた。
このままこの思いに浸ればいいのだろうか。それとも断ち切るべきなのだろうか。
どうしていいか分からない。
…………だが甘い思索は唐突に終わりを告げた。
どこか遠い場所にて、新たな爆発が起こったのだ。
避難所の外に出て、人気の無い所までなんとか歩く。
しばし後ろの気配を探っていたが、黒鷹や鳳が追いかけてくる様子もない。
「…………ぐっ……!」
急激に力が抜けて、耐え切れずしゃがみ込んでしまった。
(……仕方ない。ここに来るまで、随分力を使ったからな)
体のあちこちに痛みを感じる。かなりの邪気を浴び続け、霊力を消耗してしまっていたのだ。
(このような姿、黒鷹達には見せられぬ。見せれば必ず心配し、一緒に行こうとするからな)
だが彼女がそこまで考えた時、唐突に闇の中から声がかかった。
「……えっ!? 岩凪さんですか!?」
「っっっ!!!???」
思わず飛び上がりそうになった。
顔を上げると、白い将校服をまとった凛々しい青年が。つまりは夏木が駆け寄ってきたのだ。
「なっ、夏木!? どうしてここへ……」
岩凪姫はうろたえる。
体が一気に熱くなって、疲れの事も忘れてしまった。鏡を出すまでも無い、きっと真っ赤になっているだろう。
「成り行きです。部隊と一緒に移動していて」
言いながらしゃがみ込むと、夏木は手を差し出した。
「それより早く救護班に。具合が悪いんですよね?」
「い、いや、構わぬ。私は子供を連れ戻しに行く」
岩凪姫は首を振ると、無理やりに身を起こした。
「子供を……まさかお1人でですか!?」
夏木は目を丸くして驚いた。
「無茶だ、そんなフラフラなのに!」
「無茶でもいい。元より逃げれぬ立場なのだ。幼子1人助けられねば、ととさまにも妹にも笑われよう」
「笑うわけないでしょう!?」
一歩踏み出す岩凪姫の進路に、夏木は立ち塞がった。
「だったら……だったら僕が行きますっ! あなたはここで休んで下さい!」
「なっ……!?」
岩凪姫は絶句した。眼前の青年を見つめるが、彼の瞳は真剣だった。
真っ直ぐなその目にうろたえ、思わず視線を逸らせながらも、何とか女神は口を開いた。
「……なっ、ならぬ! バカな事を申すな、お前では無理なのだ……!」
「無理でも構いません! 仲間が大勢逝ったんだ。命を捨てる覚悟ぐらい、とっくの昔に出来てます」
「ええいっ、ならぬと言っておろうがっ!!」
強引に行き過ぎようとする女神だったが、不意に後ろから手を掴まれた。
「……っ!!?」
恐る恐る振り返ると、夏木は前のめりに手をさしのべ、こちらの左手を掴んでいる。
白い手袋をはめた彼の手から、真っ直ぐな心の波動が流れ込んできた。
(だ、だめだっ、やめろ……そんな思念を流すな……!)
顔が熱い。無いはずの鼓動が逸るかのようだ。
燃えるような目で見つめられ、最早どうしていいか分からなくなる。
岩凪姫はそれでも何とか首を振った。
「……や、やめろっ、何故そこまで私に構うのだ……私などに命を使うな……! 私などどうなってもいいのだっ!」
「嫌だっ、あなたを守ると決めたんです! あなたが僕を嫌いでもいい、僕はあなたを守りたい! そう決めたんです!」
「か、勝手な事を……」
そう呟く唇が震えた。
声が上擦り、自分でも驚くほどに戸惑ってしまう。
だめだ、これ以上はもう駄目だ。
これ以上この男と話せば、私の勇気が消えてしまう。
折角覚悟を決めたのに、弱く泣き虫な自分が顔を出してしまうかもしれない。
そうなる前に、なんとかこの場を離れなければ……!
「ええい、放せっ!」
手を振り払い、ずかずかと歩みを進める。
夏木は諦めず、走って前に回り込んだ。
そのまま通せんぼをするように両手を広げた。
「どけと言っておろうがっ!!!」
「嫌だっっっ!!!!!」
岩凪姫の怒声に、夏木も負けずに叫び返した。
「あなた1人が不幸になってどうするんですか! それで鶴ちゃんや、鳴瀬少尉が喜ぶんですか!?」
頭上を覆う暗雲のせいだろうか、いつしか雨が降り始めていた。
雨粒が少しずつ大地を叩き……やがて見る間に激しくなった。
「僕はずっと見てきた。あなたは世のため人のために、ずっと頑張ってきたじゃないですか! だから、どうなってもいいなんて言わないで下さい!」
白い帽子から、そして将校服から水を滴らせながら、夏木は懸命に訴えかける。
「僕は知ってます、あなたは素敵な人だって! 例え世界中の人があなたを笑っても、僕だけは笑いません!」
自らの胸に手を当て、夏木は声を限りに叫んだ。
「僕は、あなたに幸せになって欲しいんです! だってあなたが……あなたが好きだからっ!!!」
「……………………っ!!!!!」
その言葉を聞いた時、岩凪姫はびくりと震えた。
肉の体でないはずなのに、胸の辺りが脈打つように感じられた。
心臓ではなく魂が……神としての霊魂そのものが震えているのだ。
枯れ果てていた川に、再び水が流れ込むように……ひび割れてささくれだっていた己の心に、暖かな何かが流れ込んできていた。
『あなたが好き』
ただそれだけの言葉を、心の中で何度も反芻した。
何1つ飾らず、魂の全てをぶつけるような全力の言霊だった。
もう一度、岩凪姫は夏木を見つめる。
彼の身から発せられる思念の波動は、ただただ清らかなものだった。
嘘偽りない、一点の曇りもなく相手を思いやる強い愛情が、じんじんと痛いぐらい伝わってくる。
(嬉しい……そうだ……多分、私は嬉しいのだ……)
そう素直に感じられた。
神として相応しくない感情かもしれない。それでも確かに嬉しかった。
誰かに認められ、慕われるという事が、これほどまでに感慨深い事だなんて……何千年も知らずにいたのだ。
(私は……どうしたらいいのだろう……?)
夢心地のような感覚の中、岩凪姫は考えた。
このままこの思いに浸ればいいのだろうか。それとも断ち切るべきなのだろうか。
どうしていいか分からない。
…………だが甘い思索は唐突に終わりを告げた。
どこか遠い場所にて、新たな爆発が起こったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる