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第四章その3 ~ようこそ関東へ!~ くせ者だらけの最強船団編
鬼神族の支配者たち
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その建物は、一見して寺の本堂のような見てくれだった。
屋根には斑に褪せた古瓦が並び、屋根の大棟、つまり本を伏せた背表紙にあたる部分には、平たい熨斗瓦が厚く重ねられていた。
大棟の両端には、普通の鬼瓦の代わりに禍々しい鬼面が見える。
立体的に盛り上がったその面は、怨念を煮しめたような凄まじい形相であり、そこが人ならぬ者の巣窟である事を如実に示していた。
「こ……ここが『鬼神族』の集会所ですか……」
人間達が中に入ると、堂内には殆ど明かりが見当たらなかった。ただ寺院ふうの火燈窓から、僅かに光が差し込むだけだ。
太い梁や柱は見事だったが、表面の仕上げは荒く、波打つ凹凸が筋張った魔物の肌のようである。
堂内の奥まった場所……寺で仏像などが置かれる内陣には、見慣れぬ巨像が祀られていた。
頭に2本の角を持ち、筋骨隆々たる像の傍には『南無大威剛力・双角天様御立像』と記され、その双角天像の足元に、5人の鬼が座していたのだ。
それぞれかなり歳経た鬼で、大きさも見た目も雑多だ。
『五老鬼』と呼ばれる鬼神族の最高権力者であり、刹鬼姫をはじめとした鬼の精鋭達が、五老鬼に頭を垂れて座っていた。
「……して、人界の客人達よ」
五老鬼の中央に座る、もっとも巨体の鬼が言った。
「貴殿らが見たものを伝えてくれ」
「……はっ、はいっ! それでは早速」
彼らは慌てて投影機で映像を映し出した。第3船団の船団長・伊能の姿と、彼が見せた新兵器が盗撮されたものだ。
「ほ、他にも資料はございます。詳しくはこちらを……監視の入れ替わる時間帯も、手薄な場所も記しておりますので」
暗さのせいか何度も掴みそこね、くしゃくしゃになりかけた資料を抱えて、人間達は五老鬼に歩み寄った。
「待て、そこに置け! 長老がたに近寄るな!」
刹鬼姫が太刀を抜いて怒鳴ったが、五老鬼の1人が手を上げて制した。
「控えよ刹鬼姫。大事な客人なのだ」
「……はっ、失礼致しました」
刹鬼鬼は刃を納め、再び座して頭を下げた。
人間達は刹鬼姫の剣幕に怯えていたが、五老鬼は彼らに声をかける。
「心配いらぬぞ客人達。貴殿等は我ら一族の大恩人になるのだ。決して危害を加えはしない」
「そうともそうとも。お前達、二度と無礼を働くでないぞ」
他の五老鬼も後を続け、刹鬼姫、そして配下の鬼達は、人間に向き直って頭を下げた。
「大変申し訳ございませぬ。この刹鬼姫以下、二度と斯様な非礼は致しませぬ」
「……そ、そうですか。それはありがたい」
人間達ははじめ恐怖に顔を引きつらせていたが、やがて露骨に安堵した表情を浮かべた。
もちろん彼らは、筋金入りの阿呆である。
口先で何を言われたところで、人に仇なす勢力に招かれ、簡単にこちらを殺せる怪物どもに囲まれているのだ。
普通なら安堵のしようが無いはずだったが、愚か者はすぐ己の立場を過信する。
いつの時代も、彼等の心理は極めて単純。自分だけは大丈夫、という油断である。
「……素晴らしい。良い報せだ、実に良い報せだ」
この薄闇でも見えているのか、目を光らせて手元の紙を眺めながら、巨体の老鬼が言った。
「人の切り札か。これを止めれば、我々の顔も大いに立つ。双角天様もさぞお喜びになられるだろう」
人間達は、そこで身を乗り出した。
「それではあの、今お味方すれば、生き残らせるというお話は……」
「もちろんだ。安全な島を見つくろい、領地として与えよう。貴殿らは賢い、そういう奴は長生きする」
老鬼はそれから配下の鬼に伝えた。
「客人をお送りして差し上げろ」
後方にいた若い鬼が立ち上がり、人間達を本堂から連れ出していった。
しばし静寂が場を支配したのだが…………
「……すぐに図に乗る。本当に阿呆な輩だ」
巨体の老鬼が口火を切ると、他の老鬼もそれに倣った。
「使える馬鹿を探していたら、夜祖の脅しが追い風だったな」
「いつも我らを出し抜く土蜘蛛どもの計略が、此度は我らに味方したのだ」
やがて一番小柄な老鬼が、刹鬼姫に言い放つ。
「……あの塵ども、事が終われば始末せよ」
「……はっ、はい……!」
刹鬼姫達は、多少戸惑いながら頭を下げた。
巨体の老鬼は、そこで配下の一同を見渡す。
「肥河之大神が復活すれば、人の軍など容易く蹴散らせよう。恐らくこれらの切り札が動こうとな。だからこそ事前に叩け。よしんば危うかったやもしれん、となれば、我々の面子も回復するだろう」
別の老鬼達も口々に言葉を発する。
「そうとも、こんな好機は2度と無い。運良く神人の姫もおらず、あの守り手も寝ているのだからな」
「失敗は許されんぞ、お前達」
「はっ……承知……いたしております……!」
刹鬼姫は少し言葉に詰まりながら、それでも神妙に答えるのだった。
「……さすが古鬼ども、賢しげによく動いてくれる」
どうやって盗み見ているのか、鬼どもの会合を眺め、夜祖大神は満足げに笑みを浮かべる。
しかし纏葉は憮然とした表情で呟いた。
「憎い鬼ども……夜祖様の策にタダ乗りするとは。いっそ失敗させてやりましょうか」
「失敗って……お前な」
笹鐘は妹の発言に呆れるが、夜祖はそんな2人を眺めながら答えた。
「……構わぬ。流石に鬼どもの失策が多過ぎる。たまには挽回させてやれ」
「むざむざ情けをおかけになるのでございますか?」
纏葉の問いに、夜祖は頷いた。
「肝要なのはまず勝つ事……そして事後に不満が出ぬよう、天秤を保つ事だ。いずれかの一族が過分な割を喰うようでは、後の政に支障が出よう」
夜祖はそこで笑みの形に口元を歪める。
「……もちろんお前達が不自由せぬよう、我が子孫に有利になるようにはするがな」
「流石は夜祖大神様。偉大で慈悲深きお方であります」
纏葉は嬉しそうに言うと、うやうやしく頭を下げた。
屋根には斑に褪せた古瓦が並び、屋根の大棟、つまり本を伏せた背表紙にあたる部分には、平たい熨斗瓦が厚く重ねられていた。
大棟の両端には、普通の鬼瓦の代わりに禍々しい鬼面が見える。
立体的に盛り上がったその面は、怨念を煮しめたような凄まじい形相であり、そこが人ならぬ者の巣窟である事を如実に示していた。
「こ……ここが『鬼神族』の集会所ですか……」
人間達が中に入ると、堂内には殆ど明かりが見当たらなかった。ただ寺院ふうの火燈窓から、僅かに光が差し込むだけだ。
太い梁や柱は見事だったが、表面の仕上げは荒く、波打つ凹凸が筋張った魔物の肌のようである。
堂内の奥まった場所……寺で仏像などが置かれる内陣には、見慣れぬ巨像が祀られていた。
頭に2本の角を持ち、筋骨隆々たる像の傍には『南無大威剛力・双角天様御立像』と記され、その双角天像の足元に、5人の鬼が座していたのだ。
それぞれかなり歳経た鬼で、大きさも見た目も雑多だ。
『五老鬼』と呼ばれる鬼神族の最高権力者であり、刹鬼姫をはじめとした鬼の精鋭達が、五老鬼に頭を垂れて座っていた。
「……して、人界の客人達よ」
五老鬼の中央に座る、もっとも巨体の鬼が言った。
「貴殿らが見たものを伝えてくれ」
「……はっ、はいっ! それでは早速」
彼らは慌てて投影機で映像を映し出した。第3船団の船団長・伊能の姿と、彼が見せた新兵器が盗撮されたものだ。
「ほ、他にも資料はございます。詳しくはこちらを……監視の入れ替わる時間帯も、手薄な場所も記しておりますので」
暗さのせいか何度も掴みそこね、くしゃくしゃになりかけた資料を抱えて、人間達は五老鬼に歩み寄った。
「待て、そこに置け! 長老がたに近寄るな!」
刹鬼姫が太刀を抜いて怒鳴ったが、五老鬼の1人が手を上げて制した。
「控えよ刹鬼姫。大事な客人なのだ」
「……はっ、失礼致しました」
刹鬼鬼は刃を納め、再び座して頭を下げた。
人間達は刹鬼姫の剣幕に怯えていたが、五老鬼は彼らに声をかける。
「心配いらぬぞ客人達。貴殿等は我ら一族の大恩人になるのだ。決して危害を加えはしない」
「そうともそうとも。お前達、二度と無礼を働くでないぞ」
他の五老鬼も後を続け、刹鬼姫、そして配下の鬼達は、人間に向き直って頭を下げた。
「大変申し訳ございませぬ。この刹鬼姫以下、二度と斯様な非礼は致しませぬ」
「……そ、そうですか。それはありがたい」
人間達ははじめ恐怖に顔を引きつらせていたが、やがて露骨に安堵した表情を浮かべた。
もちろん彼らは、筋金入りの阿呆である。
口先で何を言われたところで、人に仇なす勢力に招かれ、簡単にこちらを殺せる怪物どもに囲まれているのだ。
普通なら安堵のしようが無いはずだったが、愚か者はすぐ己の立場を過信する。
いつの時代も、彼等の心理は極めて単純。自分だけは大丈夫、という油断である。
「……素晴らしい。良い報せだ、実に良い報せだ」
この薄闇でも見えているのか、目を光らせて手元の紙を眺めながら、巨体の老鬼が言った。
「人の切り札か。これを止めれば、我々の顔も大いに立つ。双角天様もさぞお喜びになられるだろう」
人間達は、そこで身を乗り出した。
「それではあの、今お味方すれば、生き残らせるというお話は……」
「もちろんだ。安全な島を見つくろい、領地として与えよう。貴殿らは賢い、そういう奴は長生きする」
老鬼はそれから配下の鬼に伝えた。
「客人をお送りして差し上げろ」
後方にいた若い鬼が立ち上がり、人間達を本堂から連れ出していった。
しばし静寂が場を支配したのだが…………
「……すぐに図に乗る。本当に阿呆な輩だ」
巨体の老鬼が口火を切ると、他の老鬼もそれに倣った。
「使える馬鹿を探していたら、夜祖の脅しが追い風だったな」
「いつも我らを出し抜く土蜘蛛どもの計略が、此度は我らに味方したのだ」
やがて一番小柄な老鬼が、刹鬼姫に言い放つ。
「……あの塵ども、事が終われば始末せよ」
「……はっ、はい……!」
刹鬼姫達は、多少戸惑いながら頭を下げた。
巨体の老鬼は、そこで配下の一同を見渡す。
「肥河之大神が復活すれば、人の軍など容易く蹴散らせよう。恐らくこれらの切り札が動こうとな。だからこそ事前に叩け。よしんば危うかったやもしれん、となれば、我々の面子も回復するだろう」
別の老鬼達も口々に言葉を発する。
「そうとも、こんな好機は2度と無い。運良く神人の姫もおらず、あの守り手も寝ているのだからな」
「失敗は許されんぞ、お前達」
「はっ……承知……いたしております……!」
刹鬼姫は少し言葉に詰まりながら、それでも神妙に答えるのだった。
「……さすが古鬼ども、賢しげによく動いてくれる」
どうやって盗み見ているのか、鬼どもの会合を眺め、夜祖大神は満足げに笑みを浮かべる。
しかし纏葉は憮然とした表情で呟いた。
「憎い鬼ども……夜祖様の策にタダ乗りするとは。いっそ失敗させてやりましょうか」
「失敗って……お前な」
笹鐘は妹の発言に呆れるが、夜祖はそんな2人を眺めながら答えた。
「……構わぬ。流石に鬼どもの失策が多過ぎる。たまには挽回させてやれ」
「むざむざ情けをおかけになるのでございますか?」
纏葉の問いに、夜祖は頷いた。
「肝要なのはまず勝つ事……そして事後に不満が出ぬよう、天秤を保つ事だ。いずれかの一族が過分な割を喰うようでは、後の政に支障が出よう」
夜祖はそこで笑みの形に口元を歪める。
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