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第四章その3 ~ようこそ関東へ!~ くせ者だらけの最強船団編
横須賀の幼き日々
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誠は子供の頃の夢を見ていた。
あの混乱が起きてから、流れ流れて関東の避難所にたどり着いた。旧神奈川県の東部に位置する、三浦半島の避難区である。
……だがそれからは、毎日が地獄だった。人々は恐れおののき、誠もただ怯えて暮らした。
無理も無い。いきなり巨大な活動死体どもが現れて、人口の9割が喰い殺されて。住み慣れた土地も家族も奪われ、失意のどん底に追い込まれたのだ。
それでも恐怖は終わらず、今日はどこそこの避難区が襲われた、今日はどこそこの人々が喰い殺された……そんなショッキングな情報が、当たり前のように舞い込んでくる。
何をどうすればこの禍が終わるのか、どうすれば生き延びられるのか。政府も一般の人々も、誰もが全く分からなかったのだ。
体育館には明かりも乏しく、皆が膝を抱えて項垂れている。
そのくせ微かな音にも反応し、すぐに悲鳴を上げる始末だ。
夜の眠りは浅く、すすり泣く声があちこちから聞こえてくる。
誠が居るすぐ傍には、白衣を着た痩せたおじさんが座っていた。
一度話した事があったが、つくば市の研究施設に勤めた人らしい。
父も研究者だった誠は、何となく彼が印象に残っていたが、そのおじさんも全ての気力を失っていた。
「……何やっても無駄なんだよ。あんな化け物に勝てるわけがない」
彼はよく抜け殻のように呟いた。
避難所には誠と同年代の子供もいたが、その大抵が親を亡くしていた。
なぜか小さなダルマを前におき、俯いている少年。ボロボロに破れ、裏地に血が染みた学ランを抱きかかえている。家族か誰かの形見なのだろうか?
少年の隣は、暗い顔をした小柄な少女だ。食べ物屋か何かの娘だったのだろうか、家族と店の前で撮った写真を、いつまでもいつまでも眺めていた。
歳の割に大人びた顔の女の子は、髪も体も薄汚れていた。心がここに無いかのように、呆然と宙を見つめている。
そして彼らの傍に座る、あまり特徴の無い少年。かなり芯の強い子なのか、こんな状況なのに、周囲の子をよく気遣っていた。
……避難所の治安は最悪だったが、意外にも大人のほとんどは野蛮ではなかった。ごく一部の粗暴な大人が徒党を組んで暴れただけだ。
彼らは誠達のぶんの食料を奪う事も多かったし、だから子供はいつも飢えていた。
時折あの白衣のおじさんが、自分の分の食べ物を分けてくれるが、それは優しさでもあり、緩やかな自棄行為でもあっただろう。
ともすればかすむ目で、誠は体育館の入り口を眺める。
どんよりと灰色に染まった空。粉塵でけむる辺りの景色。
壊れた家や送電柱が倒れ、世界は終末の様相をきたしている。
(……そうだ、何をやっても無駄だったんだ……)
そんな考えが重く心にのしかかり、誠は小さく丸まった。
『これはお前の親父のせいだ!』
『お前の親父が、妙な研究をしていたせいだ!』
ふと激しい罵倒が耳に響いて、誠は強く耳をふさいだ。もう何も見たくないし、もう何も聞きたくはなかった。
……………………だが、その時である。
不意に左手に、温かい何かが触れたような気がした。まるで誰かが手を握ってくれているようだ。
闇の中で目を凝らすと、手は微かに光を帯びて、女性の声が聞こえてきた。
『……大丈夫よ鳴瀬くん。あなたなら、絶対大丈夫だから……!』
誠は懸命に考えた。
(誰だろう……とても大事な人だったような気がする)
外の世界は怖いけど、どうしても思い出したい。この人の顔を見たい。
誠がそう思った時、今度は手の中に、硬い何かが現れた。
「……?」
よく見ると、それは不恰好なレバーである。
人型重機のシュミレーター……その操作レバーであるが、いかにも手作りの溶接感が感じられるつくりだ。
(そうだ……思い出した。これ、親方が作ってくれたんだ……!)
そこからは、記憶がどんどん繋がった。
雪菜に食べ物をもらって命を永らえ、まるで女神様のように思えた事。
本を読み、整備を覚えて働いた事。
そして戦う力を欲し、シュミレーターにかじりついた事。
毎日必死だったけど、少しずつ出来る事が増えていった。
誠は己に問いかける。
(無駄じゃなかったんじゃないか……?)
(毎日泣いてたあの頃と違って、出来る事は増えてるんじゃないか……?)
あの混乱が起きてから、流れ流れて関東の避難所にたどり着いた。旧神奈川県の東部に位置する、三浦半島の避難区である。
……だがそれからは、毎日が地獄だった。人々は恐れおののき、誠もただ怯えて暮らした。
無理も無い。いきなり巨大な活動死体どもが現れて、人口の9割が喰い殺されて。住み慣れた土地も家族も奪われ、失意のどん底に追い込まれたのだ。
それでも恐怖は終わらず、今日はどこそこの避難区が襲われた、今日はどこそこの人々が喰い殺された……そんなショッキングな情報が、当たり前のように舞い込んでくる。
何をどうすればこの禍が終わるのか、どうすれば生き延びられるのか。政府も一般の人々も、誰もが全く分からなかったのだ。
体育館には明かりも乏しく、皆が膝を抱えて項垂れている。
そのくせ微かな音にも反応し、すぐに悲鳴を上げる始末だ。
夜の眠りは浅く、すすり泣く声があちこちから聞こえてくる。
誠が居るすぐ傍には、白衣を着た痩せたおじさんが座っていた。
一度話した事があったが、つくば市の研究施設に勤めた人らしい。
父も研究者だった誠は、何となく彼が印象に残っていたが、そのおじさんも全ての気力を失っていた。
「……何やっても無駄なんだよ。あんな化け物に勝てるわけがない」
彼はよく抜け殻のように呟いた。
避難所には誠と同年代の子供もいたが、その大抵が親を亡くしていた。
なぜか小さなダルマを前におき、俯いている少年。ボロボロに破れ、裏地に血が染みた学ランを抱きかかえている。家族か誰かの形見なのだろうか?
少年の隣は、暗い顔をした小柄な少女だ。食べ物屋か何かの娘だったのだろうか、家族と店の前で撮った写真を、いつまでもいつまでも眺めていた。
歳の割に大人びた顔の女の子は、髪も体も薄汚れていた。心がここに無いかのように、呆然と宙を見つめている。
そして彼らの傍に座る、あまり特徴の無い少年。かなり芯の強い子なのか、こんな状況なのに、周囲の子をよく気遣っていた。
……避難所の治安は最悪だったが、意外にも大人のほとんどは野蛮ではなかった。ごく一部の粗暴な大人が徒党を組んで暴れただけだ。
彼らは誠達のぶんの食料を奪う事も多かったし、だから子供はいつも飢えていた。
時折あの白衣のおじさんが、自分の分の食べ物を分けてくれるが、それは優しさでもあり、緩やかな自棄行為でもあっただろう。
ともすればかすむ目で、誠は体育館の入り口を眺める。
どんよりと灰色に染まった空。粉塵でけむる辺りの景色。
壊れた家や送電柱が倒れ、世界は終末の様相をきたしている。
(……そうだ、何をやっても無駄だったんだ……)
そんな考えが重く心にのしかかり、誠は小さく丸まった。
『これはお前の親父のせいだ!』
『お前の親父が、妙な研究をしていたせいだ!』
ふと激しい罵倒が耳に響いて、誠は強く耳をふさいだ。もう何も見たくないし、もう何も聞きたくはなかった。
……………………だが、その時である。
不意に左手に、温かい何かが触れたような気がした。まるで誰かが手を握ってくれているようだ。
闇の中で目を凝らすと、手は微かに光を帯びて、女性の声が聞こえてきた。
『……大丈夫よ鳴瀬くん。あなたなら、絶対大丈夫だから……!』
誠は懸命に考えた。
(誰だろう……とても大事な人だったような気がする)
外の世界は怖いけど、どうしても思い出したい。この人の顔を見たい。
誠がそう思った時、今度は手の中に、硬い何かが現れた。
「……?」
よく見ると、それは不恰好なレバーである。
人型重機のシュミレーター……その操作レバーであるが、いかにも手作りの溶接感が感じられるつくりだ。
(そうだ……思い出した。これ、親方が作ってくれたんだ……!)
そこからは、記憶がどんどん繋がった。
雪菜に食べ物をもらって命を永らえ、まるで女神様のように思えた事。
本を読み、整備を覚えて働いた事。
そして戦う力を欲し、シュミレーターにかじりついた事。
毎日必死だったけど、少しずつ出来る事が増えていった。
誠は己に問いかける。
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