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第四章その8 ~ここでお別れです~ 望月カノンの恩返し編
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カノンはまだ赤い顔のまま、ひそひそと囁いてくる。
「……全然話聞いてくれないわね」
「厳しいな、私の説得も意味を為さない」
ガレオンも困っているようだ。
しかし誠は、なんとなく嬉しくなるのを感じていた。この手の相手は得意である。本能的に嗜好が合うというのか、相手の考えが分かるのだ。
「どうするの? このままだと時間だけが経っちゃうけど……」
不安そうに言うカノンに、誠はゆっくり首を振った。
「…………いや、多分いけると思う。父さんも筑波さんも、結局みんな同じだもの」
「どういう事?」
「根っこは子供と同じだから」
誠はそう言って、再びテンペストに語りかけた。
「外へ出ましょう、お願いします」
「嫌だと言っている。耳が聞こえないのか、それとも頭が悪いのか」
相手の心理が、誠には手に取るように分かった。
きつい物言いだが、彼はこちらが憎くて酷い事を言うわけではない。自分の言い分を理解できないから苛立っているだけで、理解すれば彼はすぐ機嫌を直すだろう。
そしてこちらの立場がどんなに低くても、意見が面白いと思えば聞いてくれる。
自分の面子やプライドより、そして世間の常識より、正しいかどうか、真理や美に通じているかどうかの方が大事なタイプなのだ。
誠はそういう人を見慣れていた。
父も筑波も……そして父の同僚達も。程度の差こそあれ、優秀な科学者にはこの傾向があったのだ。
誠はなおも語りかける。
「その本、お気に入りなんですね」
「なぜ分かる」
「一番ボロボロだから。他の本も傷んでるし、もう全部読んだんでしょう」
「読んだ。だがこれを材料に新しい思索は出来る。話は終わりだ、帰りたまえ」
「僕も父さんがここにいたんで、見学に来た事がありますけど」
テンペストは無言になったが、誠は自信を持って話しかける。
「その本の下巻、入荷してないですよね?」
「…………」
そこでテンペストは固まった。ページをめくる手が止まり、こちらの言葉に耳を傾けているのが分かる。
「出版して、出荷する前に混乱が始まったんで、一般には出回ってないはずです」
テンペストはそこで誠に顔を向けた。
「なぜそんな情報を?」
「だってそれ、父さんが書いた本だから。下巻は、試刷りがうちに届きました。形見に大事に持ってますし……ぜひ読みに来ませんか?」
「……………………」
テンペストは黙っていたが、心が動いたのははっきりと感じられる。誠は更にたたみかけた。
「魔王をやっつけたら、いつでもどこにでも行けます。そしたらどんな本でも読み放題ですよ?」
「………………………読み放題か………」
テンペストはしばし考えていた。
まるで指揮をするように、空間に何かを書いては腕組みしている。魔王を倒すのに要する労力と、知識欲を天秤にかけているのだろうか。
「…………ディアヌスは強いが、倒せるのか」
「倒します。絶対勝ちます」
誠が言うと、テンペストは椅子から立ち上がった。
「決まりだ。行こう、今すぐに」
手を振って、漂う本を一まとめに固めた。
彼の周囲に青い光が渦巻いたのは、恐らく転移のためのエネルギーを溜めているのだろう。
「早く行こう、何をしている?」
せっかちな彼の言葉に、誠もカノンも顔を見合わせて笑ったのだ。
誠達が駆け寄ると、周囲の光はいっそう強く輝いた。
テンペストはどこに目が付いているか分からない顔で誠を見つめた。
「かつて私が竜芽細胞だった時、毎日うるさく語りかけてきた研究者がいた。だから私は早く自我を持てたのだが……」
「僕の父さんでしょ?」
「そうだ。親子そろって、無礼極まりない」
「それは、申し訳ありません」
このおかしな怪物との会話に、誠は不思議な心地良さを感じたが、そこで視界は一変する。
深い地下から、一気に高千穂研上空に瞬間移動したのだ。
「行き先は関東でいいな?」
テンペストは再び青い光を周囲に集め、転移のためのエネルギーを再構築している。
誠は慌てて叫んだ。
「出来れば震天の場所が……他の6つの祭神の細胞が集まってる所がいいです! 相模湾には船でガレオン達が来てますけど、そこじゃなくて!」
「やってみよう」
テンペストは割と素直に頷いた。
周囲に目をやると、誠の機体である人型重機・心神も浮かんでいたし、あの鬼の一族も手足をバタつかせていた。
「良かった、そっちも無事で!」
誠が呼びかけると、鬼達は目を白黒させて答える。
「こっ、これは良かったうちなのかい!?」
「なっ、なんでわしらも連れていくんじゃ!?」
鬼の言葉に、テンペストは首を傾げる。
「角が生えているから、つがいかと思ったが……違うのか?」
カノンは少し赤い顔で言う。
「……もういいです、それで。一緒にお願いします」
彼女の言葉が終わるか終わらないかのうちに、誠達は空間を転移したのだ。
「……全然話聞いてくれないわね」
「厳しいな、私の説得も意味を為さない」
ガレオンも困っているようだ。
しかし誠は、なんとなく嬉しくなるのを感じていた。この手の相手は得意である。本能的に嗜好が合うというのか、相手の考えが分かるのだ。
「どうするの? このままだと時間だけが経っちゃうけど……」
不安そうに言うカノンに、誠はゆっくり首を振った。
「…………いや、多分いけると思う。父さんも筑波さんも、結局みんな同じだもの」
「どういう事?」
「根っこは子供と同じだから」
誠はそう言って、再びテンペストに語りかけた。
「外へ出ましょう、お願いします」
「嫌だと言っている。耳が聞こえないのか、それとも頭が悪いのか」
相手の心理が、誠には手に取るように分かった。
きつい物言いだが、彼はこちらが憎くて酷い事を言うわけではない。自分の言い分を理解できないから苛立っているだけで、理解すれば彼はすぐ機嫌を直すだろう。
そしてこちらの立場がどんなに低くても、意見が面白いと思えば聞いてくれる。
自分の面子やプライドより、そして世間の常識より、正しいかどうか、真理や美に通じているかどうかの方が大事なタイプなのだ。
誠はそういう人を見慣れていた。
父も筑波も……そして父の同僚達も。程度の差こそあれ、優秀な科学者にはこの傾向があったのだ。
誠はなおも語りかける。
「その本、お気に入りなんですね」
「なぜ分かる」
「一番ボロボロだから。他の本も傷んでるし、もう全部読んだんでしょう」
「読んだ。だがこれを材料に新しい思索は出来る。話は終わりだ、帰りたまえ」
「僕も父さんがここにいたんで、見学に来た事がありますけど」
テンペストは無言になったが、誠は自信を持って話しかける。
「その本の下巻、入荷してないですよね?」
「…………」
そこでテンペストは固まった。ページをめくる手が止まり、こちらの言葉に耳を傾けているのが分かる。
「出版して、出荷する前に混乱が始まったんで、一般には出回ってないはずです」
テンペストはそこで誠に顔を向けた。
「なぜそんな情報を?」
「だってそれ、父さんが書いた本だから。下巻は、試刷りがうちに届きました。形見に大事に持ってますし……ぜひ読みに来ませんか?」
「……………………」
テンペストは黙っていたが、心が動いたのははっきりと感じられる。誠は更にたたみかけた。
「魔王をやっつけたら、いつでもどこにでも行けます。そしたらどんな本でも読み放題ですよ?」
「………………………読み放題か………」
テンペストはしばし考えていた。
まるで指揮をするように、空間に何かを書いては腕組みしている。魔王を倒すのに要する労力と、知識欲を天秤にかけているのだろうか。
「…………ディアヌスは強いが、倒せるのか」
「倒します。絶対勝ちます」
誠が言うと、テンペストは椅子から立ち上がった。
「決まりだ。行こう、今すぐに」
手を振って、漂う本を一まとめに固めた。
彼の周囲に青い光が渦巻いたのは、恐らく転移のためのエネルギーを溜めているのだろう。
「早く行こう、何をしている?」
せっかちな彼の言葉に、誠もカノンも顔を見合わせて笑ったのだ。
誠達が駆け寄ると、周囲の光はいっそう強く輝いた。
テンペストはどこに目が付いているか分からない顔で誠を見つめた。
「かつて私が竜芽細胞だった時、毎日うるさく語りかけてきた研究者がいた。だから私は早く自我を持てたのだが……」
「僕の父さんでしょ?」
「そうだ。親子そろって、無礼極まりない」
「それは、申し訳ありません」
このおかしな怪物との会話に、誠は不思議な心地良さを感じたが、そこで視界は一変する。
深い地下から、一気に高千穂研上空に瞬間移動したのだ。
「行き先は関東でいいな?」
テンペストは再び青い光を周囲に集め、転移のためのエネルギーを再構築している。
誠は慌てて叫んだ。
「出来れば震天の場所が……他の6つの祭神の細胞が集まってる所がいいです! 相模湾には船でガレオン達が来てますけど、そこじゃなくて!」
「やってみよう」
テンペストは割と素直に頷いた。
周囲に目をやると、誠の機体である人型重機・心神も浮かんでいたし、あの鬼の一族も手足をバタつかせていた。
「良かった、そっちも無事で!」
誠が呼びかけると、鬼達は目を白黒させて答える。
「こっ、これは良かったうちなのかい!?」
「なっ、なんでわしらも連れていくんじゃ!?」
鬼の言葉に、テンペストは首を傾げる。
「角が生えているから、つがいかと思ったが……違うのか?」
カノンは少し赤い顔で言う。
「……もういいです、それで。一緒にお願いします」
彼女の言葉が終わるか終わらないかのうちに、誠達は空間を転移したのだ。
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