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第六章その2 ~あきらめないわ!~ 不屈の本州脱出編

絶望の底に宿るぬくもり

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 どこをどう走ったのかも定かでないが、誠達は辛くも生き延びていた。

 バスも輸送車両も、エンジンから煙を上げて停車している。

 あと少し敵の追撃が続いていれば、間違いなく全員やられていたはずだ。

 逃げ込んだこの場所は、元は蕎麦屋かうどん屋だったのだろう。

 建物は茅葺かやぶきであり、駐車場は砂利のまま舗装されていなかった。

「……まずは休んでくれ。全部それからだ」

 皆にはそう言って仮眠を取らせていたが、ほとんど逃避に近い行動だった。

 何をすれば状況が良くなるのか、まるで思いつかなかったのだから。



 とにかく頭を冷やしたくて、誠は機体を降りて外に出た。

 頭上には一点の星すら見えず、時折すすり泣く声が聞こえる以外は完全なる静寂だった。

 生き物の気配も、吹き抜ける風の音さえもしない。

 あたかもこれから起こる恐ろしい未来に怯え、全ての事物が息を潜めているかのようだ。

 そしてその耐え難い静寂のせいで、余計に色々な事が思い浮かんでしまうのだ。

「…………っっっ!!!」

 押さえていた激情があふれそうになって、誠は歩き出す。

 石ころと草だらけの駐車場を抜け、裏手のやぶへ。

 ふと頭の中で誰かが言った。

『……何やっても無駄なんだよ。あんな化け物に勝てるわけない』

(違う……!)

 誠は必死に否定した。

 でも違わない事はよく分かっていた。

『……10年も頑張って、結局こんな事になって。バカみたいじゃないか』

(違うっ……!!!)

 これも何とか否定した。

 正しいと分かっていながら、無理に現実から目を背けた。

『……もう無理なんだよ。あの懐かしい世界も、幸せも、二度と取り戻せないんだよ』

「違うっっっ!!!」

 とうとう口に出していた。

 次第に駆け足になり、やぶの中をひた走る。

 乾いたかやの葉が身を叩き、何かのトゲがパイロットスーツを引っかいた。

 無我夢中で、ただ逃げ惑う獣のような衝動に駆られていたのだが。

「!!!???」

 突然、足元の大地が消えていた。

 視界が回り、体が大きく投げ出される。

 生い茂る木々に何度も叩きつけられ、土と泥の生臭い香りが口中に溢れた。

「~~~っっっ!!!」

 怒りと恐怖。

 焦りと不安と腹立たしさ。

 色んな感情がごちゃ混ぜになって、誠は目の前の地面を掴んだ。

 湿った土の匂いと共に、植物の細い根が、ブチブチと千切れる音が響いた。

 まるですがるそばから消えていく希望の糸のように思えて、誠は弱々しく首を振った。

(違う、違うっ……まだ何か方法が……)

 ……いや、本当はもう分かっている。

 世界は闇に閉ざされた。

 現状を打ち破る術は、何1つ残されていないのだ。

「…………っっっ!!!」

 何かが胸にこみ上げてきた。

 悲しみなのか、絶望なのか、それとも悔しさなのだろうか。

 何もかもを失って、何1つ守れなかった。

 鶴や女神に助けられ、ほんのひと時浮かれていたけれど、それは束の間の夢だった。

 ただ残酷なるこの世の摂理が、誠達をいっそう深い絶望にいざなうために、ほんのひとさじ、隠し味に希望を投げ入れただけだったのだ。

 頬に当たる地面は、凍えるように冷たかった。

 小1時間もこのままでいれば、たちまち低体温で命を落とすだろう。

(もう、このまま死ねば楽になる…………)

 だが、誠がそんなふうに思った時。

 こごえかけていた体の奥に、微かな熱を感じたのだ。
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