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第六章その13 ~もしも立場が違ったら~ それぞれの決着編

諏訪大明神の戦い

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「そうじゃ、人間どもを捕らえろ!」

「魂を喰らえ、傷を癒やすのだ!」

(…………っっっ!!!)

 邪神達の視線が向けられた瞬間、玄太は全身の毛が逆立つのを感じた。

「姉御っ、こころっ、しっかりしろっ!!!」

 必死に呼びかける玄太だったが、画面に映る2人は、あちこち血を流して気絶している。とても短時間で意識が戻るような状態ではない。

(俺が……俺が守らないとっ……!!!)

 人間が勝てる相手じゃないし、その血に飢えた目で見据えられるだけで、とめどなく恐怖が湧き上がってくる。

 けれどその恐れを押し返してくれるのは、2人との思い出だった。

 避難所で泣いていた自分を励ましてくれた姉御と、常に優しい気持ちで包んでくれた……この世で一番大好きなこころ。

 この2人を失う事は、玄太にとって世界が終わるのと同じだった。

 邪神達は見る間に距離を詰め、手を伸ばして玄太達を掴み取ろうとしていた。

 必死に発射し続ける銃弾が、空しく弾かれて宙に舞う。

(すまない姉御、こころ……死ぬ時は一緒だぞ……!)

 だが玄太が死を覚悟した時だった。

 横手から凄まじい衝撃が走り、巨体の神が身を割り込ませていたのだ。

 古代の鎧に身を包み、逞しい背中はいかにも武神といった様相だ。

 その時ふと、玄太は懐かしい感覚を抱いた。目の前の男神がまとう霊気に、確かに覚えがあったからだ。

(この感じ、諏訪大社の……!)

 故郷の山梨に近く、また親戚がいた事もあり、何度か訪れた旧長野県。

 そこでもうでた諏訪大社の雰囲気と、目の前の武神の気が酷似こくじしていたのだ。

 恐らくこの神が信濃の守り神、諏訪大明神なのだろう。

 彼は玄太達に背を向けると、それが当然、と言わんばかりに無数の邪神を迎えうっていく。

「………………」

 玄太はその様を呆然と見つめていた。

 ……正直に言うと、神話の逸話を聞いた玄太は、この武神に憧れを持たなかった。

 出雲の国譲りの際、日本最強の武神である建御雷神タケミカヅチノカミに破れ、島根から長野県まで逃げてきた……そんな話を聞いた玄太は、むしろ建御雷タケミカヅチの方に憧れを持ったのだ。

 ここまで逃げてきた諏訪大明神は、むしろ臆病者でないかとさえ思った。

 でも目の前の男神を見ていると、そんな気持ちは吹き飛んでいた。

 逃げたというより、むしろ再起をはかったのだろう。鍛えて再び挑むためにだ。

 そして追った建御雷タケミカヅチも、彼が強敵だからこそ、とことん決着をつけるべく、どこまでも追いかけたのだ。

 もし弱い相手なら、はるばる長野まで追う必要など無いからだ。

 そもそも最強の武神に立ち向かった時点で勇敢だし、誰にさげすまれる筋合いもないのだが……もちろん目の前の男神は、言い訳など口にしていない。

 神代の昔の敗戦にも、今この戦いにおいてもだ。

 ただ背中で玄太を守りながら、多数の邪神をほふっていくのである。

 ……だが、必死に応戦してくれる建御名方タケミナカタの前に、2柱の邪神が舞い降りた。

 特に構えはとっていないが、他の邪神とは一線をかくす強さを持っている事が玄太には分かった。

「そうか、建御名方タケミナカタよ。ここは貴様の鎮座地だったか」

「山に囲まれ、大和にも出雲にも遠い。負け犬に相応しい隠れ家であるな」

 侮蔑ぶべつの言葉を投げかけながら、両邪神は剣を構えた。

(………こいつら、滅茶苦茶強いっっっ!!!)

 玄太は戦慄する。

 相手は邪神の中でもかなりの手慣れだろう。

 それでも目の前の建御名方タケミナカタは、黙って相手を睨み付けている。
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