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第六章その13 ~もしも立場が違ったら~ それぞれの決着編

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 死力を尽くして戦いながら、鶴は命の終わりを感じていた。

 もう時間がない。鎧の下で脈動する魂は、今にも砕け散りそうだった。

(まだ消えたくない、あとどのぐらい命がもつんだろう?)

(あとどれだけ私は戦えるんだろう?)

(でも、もしこの人を見逃せば、必ず黒鷹の命を狙う……!)

 だからこそ、何としても彼女を倒さねばならないのだ。

(お願い、あとちょっとだから、最後までもって……!!!)

 鶴は祈るように念じ続けた。

 500年も無駄にしてきたのに、末期まつごのわずかな時が惜しいとは……何という皮肉だろうか。



 やがて天音は燃えるような目を見開いて言った。

「こうなれば奥の手だっ……! 我が全ての力を一度に使い、完膚なきまでに敗北を味わわせてやるっ……!」

 凄まじい邪気が彼女の周囲に渦巻くと、それがどんどん圧縮されていく。

 濃密に、恐ろしく強固に……あらゆる術を跳ね返す邪気のとばりだ。

 鶴が繰り出す攻撃は、その黒きとばりに弾かれた。炎も太刀も、他のあらゆる術も、天音の防御の前にはまるで意味を為さなかった。

 恐らくこれだけの力を使えば、天音自身も倒れるだろうが、それでも彼女は嘲笑った。

「どうだ、何をしても無駄なのだ!!! これが絶望だ、これがこの世だ!!!」

 天音の放った雷撃が、鶴を激しく打ちつけた。

「!!!!!!!!!」

 全身が強く脈動し、鶴は意識を失いかけた。

 コマと共に落下しながら、鶴はぼんやりと天音を見つめる。

 夜叉のような表情で、血の涙を流しながら迫る天音。もう彼女には勝てないだろう。

 自分の命はもうすぐ尽きるし、霊力だって残りわずか。

(きっと……楽しかったのよね……?)

 最後の時を前に、鶴はそんなふうに考えた。

 黒鷹と出会って、みんなと騒いで、いっぱいいっぱい楽しんだ。

 最初に現世の黒鷹と会った時を、鶴は昨日の事のように思い出した。

(あの時も今と同じ……霊気を使い果たして、こんなふうに消えかけてたんだ。気絶した黒鷹を起こそうとして、でも触れなくて……)



「……っ!!?」
 そこで鶴は眼を見開いた。

(あの時、私は何をしたの……!?)

 ……そう、今と同じく、消えかけていた自分は何をしたのだろうか?

 次の瞬間、鶴は全身に霊気をみなぎらせる。

「最後の足掻あがきか!? 無駄だ、どんな攻撃も跳ね返してやる!!!」

 天音はあざ笑いながら突進してきた。

 ……だが、しかし。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 凄まじい衝撃に、天音は耳を押さえて仰け反った。

 鶴の吹き鳴らしたほら貝が、彼女の耳を貫いたのだ。

「ぐうっ……お、音だとぉっっ……!!?」

 そう、攻撃ではなくただの轟音。あの日黒鷹を目覚めさせた、ただ出鱈目でたらめな大音量。

 術を跳ね返すべく構えていた天音は、完全に不意を突かれた。

 精神状態も滅茶苦茶だろうし、彼女を覆うとばりは乱れ、もはや防御の役を為さない。

「コマ、ここが勝負よっ、お願いっっ!!!」

 鶴が叫ぶ。コマが壁を蹴って天音に迫る。ここが最後の勝負所だ。

 残った霊気をありったけつぎ込み、鶴は太刀を振るい続けた。

 受ける天音はよろめいて、光の刃が砕け散る。

 防御の魔法を叩き斬り、鶴は最後の一撃を振りかぶった。

 その時、天音が何か呟いたように見えた。

「…………あ……」

 彼女は虚空を見上げ、すがるように手を伸ばす。

 天音が何を見ているのか……最後に何を願ったか、今の鶴には痛いぐらい分かった。

 それでも鶴は止まれない。ただ太刀を握り、力いっぱい振り抜いたのだ。
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