126 / 160
第六章その13 ~もしも立場が違ったら~ それぞれの決着編
それはお前が甘ったれだからだ…!
しおりを挟む
「何だ…………?」
誠は攻撃の機会をうかがいながらも、少しだけ彼の言葉に動揺した。
不是は更に語りかけてくる。
「強ければ、何でも好き放題出来るじゃねえかよ。欲しいもんは手に入る、金も女も何もかもだ。なのに、なんでお前はそうしねえ?」
「………………手に、入らないだろ」
本来なら会話すべきでないのだろうが、誠は思わず答えていた。
「入るさ」
不是はまだ言い返してくる。
(………………???)
誠は若干混乱しながら、己の周囲の人々を思い浮かべた。
(ヒメ子もみんなも、もし俺が力に任せて暴れ回ったらどうする……?)
(きっとみんな愛想をつかして、俺の前からいなくなるはずだ)
暴力や金で寄って来る人なんて周りにいないし、そもそもそんな相手の好意なんかいらない。そんな人間、いればいるだけ厄介ごとが増すからだ。
誠はふと、祖母の言葉を思い出した。
『高い物を買う時は、着飾って行ったらだめよ』
『いい時計は隠しなさい。憑き物が寄って来るわよ』
かつて誠の祖母が、祖父に向けた発言だ。
『着飾らなくてもきちんとしてくれる人はね、人を裏切らないからよ』
幼い誠はその意味が分からなかったが、経験を積んだ今なら分かる。彼らは損得でなく、己の美学で生きているからだ。
逆にいい身なりの相手にだけ良い顔をする奴は、すぐに裏切る。だから彼らに気に入られてはいけない。
確かにそんな連中に見下されるのは屈辱だろうが、もっと恐ろしいのは、そうした相手と縁を持つ事だ。それは人生の膨大な負債であり、絶対に避けねばならない。
苦しい戦いの中、誠はずるい人間を見抜けるようになっていたし、そういう奴がいざとなれば逃げ出す事を、身に染みて分かっていた。
……なのになぜこの男は、さも当然のようにそんな破滅の道を口にするのだろう。
誠は油断なく警戒しながらも、攻撃出来ずに問い返した。
「……そんな事したら、誰もいなくなるだろ。みんなが逃げて1人になって、それで何が楽しいんだ……?」
「逃げやしねえよ。強ければついてくるだろうが」
「それは……利用されてるだけじゃないのか」
「分からねえヤツだな、利用したいならやりゃいいだろうが! 俺もそいつらを利用する、それで十分だろ?」
「……お前……」
誠は彼の表情を観察した。
嘘を言っている印象はない。つまりこいつは本気なのだ。
自分以外の人との関わりを、力による物以外何も知らない。
信頼も愛情も、何気ない友人達との会話も知らず、ただ『暴力による支配』だけで生きてきたのだ。
誰1人心を許せる相手がおらず、常に力を誇示せねばならない。
少しでも弱みを見せれば追い落とされ、全てを失う……そんな地獄のような世界を想定し、この青年は生きてきた。
だからあれ程凶暴であり、だからあれ程周囲に攻撃的だったのである。
「…………………」
誠は言葉に詰まったが、そんなこちらの内心を感じ取ったのだろうか。不是は露骨に苛立ちを見せた。
「……何だおいっ、まさか哀れんでるのか!? やめろ、俺は勝ってるんだよ! 他の連中ぶっ殺して、俺が生き残ったんだっ! だから俺が正しいんだよっ!」
不是は立て続けに叫んでいた。
「てめえの戯言なんざ届かねえ! 何を言ったかじゃねえ、誰が言ったかだ! この戦いで勝つ、俺の言葉こそ正しいんだよ!!!」
不是は己を肯定するように、画面上で叫び続ける。
「………………」
誠はしばし無言だった。
話す義理も無かったが……そこでふと、懐かしい明日馬の姿が頭に浮かんだ。あの人なら、目の前の不是に何を言うだろうか。
「………………違う。それはお前が甘ったれだからだ」
「何だと……!?」
不是は動揺したが、誠は構わず言葉を続ける。
「何を言うかより、誰が言ったか? そう思うのは、お前がすがる側の人間だからだ。どこかに凄い人がいて、その人だけ見上げてればいい……そんな甘えた子供だからだ」
誠は真っ直ぐに不是の目を見据えて言った。
「俺は明日馬さんを……見上げられる人を傍で見てきた。あの人は、ただ必死に役目を演じてただけだ。なのに足元じゃ、俺らみたいな凡人が、あーだこーだと言い争ってる。意見があっても耳を貸さず、いいアイディアも踏みにじって。ただ足を引っ張り合ってれば、凄い人が何とかすると思ってる。見上げられる人はな、それが一番辛いんだよ……!」
不是はもう無言だったが、誠は構わず語り続けた。
「あの人は、毎日疲れ果てて……誰か追いついてきてくれないか……誰か昇ってきてくれないか。そう思って振り返ってくれてたんだ。足元の四つ葉を探すみたいに……何者でもない雑草の話を、ちゃんと聞いてくれてたんだ……!」
誠はそこで言葉を切り、強く手を握り締めた。
「……今、全部をうまく言葉に出来ない。でも俺はあの人に、沢山の事を教わった。その全部が、お前を止めろと言ってるんだ……!」
「…………………………言いたい事はそれだけかよ」
不是は静かにそう答えた。
画面の彼は俯き、その声は震えている。
どこか叱られた子供のような姿だったが……そこで不是は顔を上げた。
前にも増した憤怒の表情を浮かべ、立て続けに言葉の刃を投げかける。
「お前は手本がいたんだろうが! だから知ってるだけだろうが!」
「俺は殺すしかなかったんだ! それを今更綺麗事言われて、はいそうですかと引き下がれるかっ!」
「もう何もかも知ったこっちゃねえ!! こっちは元々、てめえに勝てれば命なんざいらねえんだよっ!!!」
不是の体が激しく痙攣し、何か血管や神経のようなものが、隙間無く首筋を覆っていく。
目は血走り、呼吸はどんどん荒くなった。
そしてそれに応えるように、彼の人型重機も蒸気を上げて、人工筋肉を肥大化させていくのだ。
それはかつて、あの旗艦・みしまで戦った時と似ていたが……強度は当時と比べ物にならないだろう。
「!!!!!!」
次の瞬間、不是の機体が突っ込んできた。
先ほどより大幅に威力を増した攻撃が、矢継ぎ早に繰り出されてくる。
恐らく短時間しか使えない力だろうが、こちらも防御で手一杯だった。
誠は攻撃の機会をうかがいながらも、少しだけ彼の言葉に動揺した。
不是は更に語りかけてくる。
「強ければ、何でも好き放題出来るじゃねえかよ。欲しいもんは手に入る、金も女も何もかもだ。なのに、なんでお前はそうしねえ?」
「………………手に、入らないだろ」
本来なら会話すべきでないのだろうが、誠は思わず答えていた。
「入るさ」
不是はまだ言い返してくる。
(………………???)
誠は若干混乱しながら、己の周囲の人々を思い浮かべた。
(ヒメ子もみんなも、もし俺が力に任せて暴れ回ったらどうする……?)
(きっとみんな愛想をつかして、俺の前からいなくなるはずだ)
暴力や金で寄って来る人なんて周りにいないし、そもそもそんな相手の好意なんかいらない。そんな人間、いればいるだけ厄介ごとが増すからだ。
誠はふと、祖母の言葉を思い出した。
『高い物を買う時は、着飾って行ったらだめよ』
『いい時計は隠しなさい。憑き物が寄って来るわよ』
かつて誠の祖母が、祖父に向けた発言だ。
『着飾らなくてもきちんとしてくれる人はね、人を裏切らないからよ』
幼い誠はその意味が分からなかったが、経験を積んだ今なら分かる。彼らは損得でなく、己の美学で生きているからだ。
逆にいい身なりの相手にだけ良い顔をする奴は、すぐに裏切る。だから彼らに気に入られてはいけない。
確かにそんな連中に見下されるのは屈辱だろうが、もっと恐ろしいのは、そうした相手と縁を持つ事だ。それは人生の膨大な負債であり、絶対に避けねばならない。
苦しい戦いの中、誠はずるい人間を見抜けるようになっていたし、そういう奴がいざとなれば逃げ出す事を、身に染みて分かっていた。
……なのになぜこの男は、さも当然のようにそんな破滅の道を口にするのだろう。
誠は油断なく警戒しながらも、攻撃出来ずに問い返した。
「……そんな事したら、誰もいなくなるだろ。みんなが逃げて1人になって、それで何が楽しいんだ……?」
「逃げやしねえよ。強ければついてくるだろうが」
「それは……利用されてるだけじゃないのか」
「分からねえヤツだな、利用したいならやりゃいいだろうが! 俺もそいつらを利用する、それで十分だろ?」
「……お前……」
誠は彼の表情を観察した。
嘘を言っている印象はない。つまりこいつは本気なのだ。
自分以外の人との関わりを、力による物以外何も知らない。
信頼も愛情も、何気ない友人達との会話も知らず、ただ『暴力による支配』だけで生きてきたのだ。
誰1人心を許せる相手がおらず、常に力を誇示せねばならない。
少しでも弱みを見せれば追い落とされ、全てを失う……そんな地獄のような世界を想定し、この青年は生きてきた。
だからあれ程凶暴であり、だからあれ程周囲に攻撃的だったのである。
「…………………」
誠は言葉に詰まったが、そんなこちらの内心を感じ取ったのだろうか。不是は露骨に苛立ちを見せた。
「……何だおいっ、まさか哀れんでるのか!? やめろ、俺は勝ってるんだよ! 他の連中ぶっ殺して、俺が生き残ったんだっ! だから俺が正しいんだよっ!」
不是は立て続けに叫んでいた。
「てめえの戯言なんざ届かねえ! 何を言ったかじゃねえ、誰が言ったかだ! この戦いで勝つ、俺の言葉こそ正しいんだよ!!!」
不是は己を肯定するように、画面上で叫び続ける。
「………………」
誠はしばし無言だった。
話す義理も無かったが……そこでふと、懐かしい明日馬の姿が頭に浮かんだ。あの人なら、目の前の不是に何を言うだろうか。
「………………違う。それはお前が甘ったれだからだ」
「何だと……!?」
不是は動揺したが、誠は構わず言葉を続ける。
「何を言うかより、誰が言ったか? そう思うのは、お前がすがる側の人間だからだ。どこかに凄い人がいて、その人だけ見上げてればいい……そんな甘えた子供だからだ」
誠は真っ直ぐに不是の目を見据えて言った。
「俺は明日馬さんを……見上げられる人を傍で見てきた。あの人は、ただ必死に役目を演じてただけだ。なのに足元じゃ、俺らみたいな凡人が、あーだこーだと言い争ってる。意見があっても耳を貸さず、いいアイディアも踏みにじって。ただ足を引っ張り合ってれば、凄い人が何とかすると思ってる。見上げられる人はな、それが一番辛いんだよ……!」
不是はもう無言だったが、誠は構わず語り続けた。
「あの人は、毎日疲れ果てて……誰か追いついてきてくれないか……誰か昇ってきてくれないか。そう思って振り返ってくれてたんだ。足元の四つ葉を探すみたいに……何者でもない雑草の話を、ちゃんと聞いてくれてたんだ……!」
誠はそこで言葉を切り、強く手を握り締めた。
「……今、全部をうまく言葉に出来ない。でも俺はあの人に、沢山の事を教わった。その全部が、お前を止めろと言ってるんだ……!」
「…………………………言いたい事はそれだけかよ」
不是は静かにそう答えた。
画面の彼は俯き、その声は震えている。
どこか叱られた子供のような姿だったが……そこで不是は顔を上げた。
前にも増した憤怒の表情を浮かべ、立て続けに言葉の刃を投げかける。
「お前は手本がいたんだろうが! だから知ってるだけだろうが!」
「俺は殺すしかなかったんだ! それを今更綺麗事言われて、はいそうですかと引き下がれるかっ!」
「もう何もかも知ったこっちゃねえ!! こっちは元々、てめえに勝てれば命なんざいらねえんだよっ!!!」
不是の体が激しく痙攣し、何か血管や神経のようなものが、隙間無く首筋を覆っていく。
目は血走り、呼吸はどんどん荒くなった。
そしてそれに応えるように、彼の人型重機も蒸気を上げて、人工筋肉を肥大化させていくのだ。
それはかつて、あの旗艦・みしまで戦った時と似ていたが……強度は当時と比べ物にならないだろう。
「!!!!!!」
次の瞬間、不是の機体が突っ込んできた。
先ほどより大幅に威力を増した攻撃が、矢継ぎ早に繰り出されてくる。
恐らく短時間しか使えない力だろうが、こちらも防御で手一杯だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる