上 下
2 / 87
~プロローグ~ いざ、本州上陸

目指すは千里浜ドライブウェイ

しおりを挟む
 高速で千切れ飛ぶ雲の欠片かけら

 猛禽類の叫びのように、甲高い属性添加機ぞくせいてんかきの駆動音。

 音速を超えているはずの心神しんしんだったが、操作するまことの心ははやっていた。

(遅いっ! もっと早く、もっと早くっ……!!!)

 九州の南端、旧鹿児島県から飛び立った白い人型重機・心神は、九州山地に沿って北東へ飛行。

 そこから四国西岸の佐田岬さだみさきを飛び越え、全速力で瀬戸内海に抜けてきたのだ。

 程なく旧香川県の沖合い、瀬戸大橋付近に差し掛かるが、機体のモニター上に、バッテリー残量の減少を示す警告表示が点滅した。

 だがこれも予定通りである。

 誠は通信回線を開いて呼びかける。

「こちら鳴瀬機、間もなく合流地点に到着します」

『了解、こちらC―230型2番機、上空にて待機中』

 機体のモニター上に示された光点、つまり味方の大型航空輸送機が、少しずつ肉眼でも確認できた。

 ジャンボジェット機をずんぐりさせたような形状フォルムで、胴体後部の傾斜板ランプ・ドアが開いて受け入れ態勢をとってくれている。

 傾斜板ランプ・ドアから発せられる誘導光路レーザー・レーンに軸をあわせ、誠は心神を航空機内に滑り込ませた。

 ハッチが閉まると同時に、左右から作業員や台車カーゴが駆け寄ってくると、迅速に機体の武装やバッテリーを交換してくれる。

 誠はそこで後部座席の少女に声をかけた。

「ヒメ子、疲れてるとこ悪い。ちょっとは休めたか?」

「平気よ黒鷹くろたか、昔からお昼寝は得意中の得意だもの」

 後部座席の少女は、元気良くそう答えた。

 歳は誠と同年代、16、7ぐらいに見えるだろう。

 薄青色の着物と、時代錯誤じだいさくごな鎧姿。

 以前より少し伸びて、肩に届くほどになった黒髪。

 顔立ちは明るく健康的な魅力に満ちており、白いハチマキをきりりと巻いて、気合十分の様子だった。

 名を大祝鶴姫おおほうりつるひめという彼女は、かつて水軍を率いて瀬戸内海を駆け巡り、はては500年後の現代まで助けに来てくれた、救国の聖女?である。

 ちょっと…………いや、かなりイタズラ好きなところがたまきずだが、その力は八百万やおよろずの神々のお墨付きだ。

 九州奪還のため、ほぼぶっ続けで動き回っていた彼女は、後部座席でわずかな仮眠をとっただけ。本来なら疲れも溜まっているだろうが、少しもそんな素振りを見せない。

 誠はある意味、鶴を素直に尊敬したが、そこで整備班がモニターに映った。

「作業完了、鳴瀬なるせ少尉、いけますっ!」

 整備班が左右に分かれると、再び後方の傾斜板ランプ・ドアが倒れ、猛烈な風が吹き込んで来る。

「了解、鳴瀬機、発艦します!」

 誠は機体を操作し、輸送機の外へと飛び出していく。

 眼下の海には、沖あいに浮かぶ空母のような巨船……つまり、大型揚陸艦ようりくかん金刀比羅ことひら』の雄姿ゆうしが見えた。

 誠はふと、先日までの出来事を思い出した。

 怪物に攻め寄せられ、旧香川県一帯の避難区を放棄。

 絶体絶命の状況下、揚陸艦ふねに乗って撤退した当時は、本当に絶望のどん底だった。

 まさかこんな短期間で四国を、そして九州をも奪還できるなんて、夢にも思わなかったのだ。

「ねえ黒鷹、大和やまと方面は思ったより邪気が強いよ」

 そこで誠の肩に、子犬サイズの白い生き物が飛び乗ってきた。

 神社でお馴染みの狛犬を可愛いらしくしたような姿であり、肩に乗られると、ふわふわしたたてがみがこそばゆい。

 名をコマという彼は、いかにも生真面目そうに話を続けた。

「いくら高く飛んでも、あそこに近づくと飛び辛いはずさ。左に行って、丹波たんばから日本海に抜けようよ」

 コマの言う通り、前方の近畿一帯きんきいったいには、どす黒い暗雲が渦巻いている。

「了解、中国山地を抜けて日本海に出る。そこから能登半島に急行する」

 誠は進路をやや左寄りに変更した。

 旧兵庫県の沿岸・赤穂あこう上空を通り、中国山地を飛び越えると、丹後たんご半島の天橋立あまのはしだて付近を通って日本海に出る。

 後は旧福井県の若狭わかさ湾を横断し、海沿いに進めば、能登半島までもう少しだ。

 誠は通信回線を開き、救援先の第4船団に連絡を取った。

 若干の乱れはあるものの、モニターには第4船団の通信兵の姿が映る。

「こちら第5船団・高縄たかなわ半島守備隊所属、鳴瀬誠なるせまこと少尉です。現在若狭湾上空、間もなく九頭竜川くずりゅうがわ河口付近に到着。合流地点を指示願います」

「こちら第4船団旗艦・出雲いずも戦闘発令所。増援感謝します!」

 通信兵の青年は、そう言って敬礼した。

「今、情報を送信しました。現在避難民は千里浜ちりはま一帯を北上、能登半島の羽咋はくい七尾ななお防衛ラインを目指して撤退中ですが、付近の餓霊に追いつかれています。貴機の援護を求む」

「了解、鳴瀬機、千里浜にて退避に協力します」

 機体のモニターには、現在の避難状況が示されている。

 敵の強襲により、旧石川県の金沢平野の避難区がほぼ壊滅状態。

 人々は日本海沿岸を北上し、能登半島の特別共同避難区に逃げ込もうとしているのだ。

 鶴がそこでモニターを見ながら言った。

「あら? ねえ黒鷹、東の方からも逃げてきてるみたいね」

 鶴の言う通り、能登半島を挟んで東側からも、別の被災者達が接近している。

「東北の……第2船団からの避難民だな。日本海こっちは激戦区だから、能登半島はもしものための共同避難区になってるらしい。けど第2船団は増援を承諾してないから、今のところ関われない。まずは第4船団側ここで出来る事をやろう」

 誠はそこで前方の霧の様子を探った。

「そろそろ対空呪詛たいくうじゅそが濃くなるな。着地した方がいいか」

 だが鶴は自信満々で首を振った。

「平気よ黒鷹、このまま飛んで。私も成長してるんだから」

 鶴がウインクして胸の前で手を合わせると、機体の周囲に青く強い光が宿った。

 誠は鶴の言葉を信じ、機体をそのまま飛行させる。

 まだ日没までは間があったが、敵が噴き出す霧が空に立ち込め、辺りは闇に沈みかけていた。

 この霧は微細な帯電粒子の集まりであり、レーダーや長距離通信電波をかき乱すと同時に、上空に集まって強い力場りきばを形成するのだ。

 いわゆる対空呪詛たいくうじゅそと呼ばれる現象で、もし空から近づけば、激しい力で上も下も分からぬ程に振り回され、墜落するのが通常なのだ。

 …………そう、通常であればだ。

 前方に浮かぶ濃い霧の塊が機体にぶつかったが、霧が触れた瞬間、機体を覆う青い光が輝きを増す。

 機体はわずかな振動を感じただけで、その安定を保っていた。

「問題無しか、さすがヒメ子。どのぐらいもつ?」

「このぐらいの邪気なら、2分ぐらいは平気よ」

「上出来だ」

 誠は答え、機体を更に降下させた。
しおりを挟む

処理中です...