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第三章その3 ~敵の正体!?~ 戦いの真相編

日本神話のその陰に

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 安堵あんどする誠をよそに、髪を結い上げた着物姿の女性……つまり、西国本部の筆頭が1人、勝子かつこが口を開いた。

「まずはここまでの戦い、本当にご苦労様でございました。全神連一同、深く御礼申し上げます」

 勝子の言葉に、両脇にいた全神連が、そしてキツネや狛犬といった神使達も、深々と頭を下げてくれた。

 いつもと違って、誠に飛び蹴りしてくる神使はいない。どうしても半信半疑な誠だったが、勝子は構わず話を続ける。

「戦いの最中さなか、不思議に思われる事もあったでしょう。これまでの功績により、あなた方にはそれを知る資格がある、と永津彦様がご判断されました。心に迷いがあるままでは、魔につけ込まれますゆえ……ご質問があれば、遠慮なくおっしゃって下さい」

 勝子がそこまで言うと、誠達の眼前の空間が揺らぎ、禍々まがまがしい餓霊の姿が浮かんだ。

「もうご存じかと思いますが、餓霊はけがれた魂が、邪法『反魂はんごんの術』で現世によみがえったものです。その指揮をとるのは、鬼や熊襲くまそ、土蜘蛛といった魔族達。そして裏で彼らを操るのが、この日の本を狙う邪神達です」

「邪神達……」

 誠は思わず繰り返した。

「はい。もともと日本神話には、ほとんど悪神が載っておりません。いないのではないのです。名を載せて言霊ことだまを得たり、崇拝すうはいの対象となる事を防ぐためです。ごく少数、神話に名をのこす悪神は、既に討ち滅ぼされた者がほとんど。しかしそれ以外にも、よこしまなる神は無数に存在します」

 勝子はそこで片手を上げる。

 人差し指と中指を伸ばし、それ以外を曲げた刀印を形作ると、ついと横に振って見せた。

 餓霊の姿は両断されて消え、映像は日本を上空から見たものへと変わった。

「かつて神と魔の大きな戦いがあり、神々が勝利しました。破れた魔を封じ込めるため、神々はこの星の地脈エネルギーを利した封印の網を作り、その網の要所を、呪詛の柱で押さえつけました。これが天之御柱あまのみはしらで、大小合わせて10本程が存在していました」

 映像は拡大され、日本全土に光の網目が行き渡っていく。

 そして網目の上空に、幾つかの巨大な柱が現れ、柱が網目に着地すると、網目は色濃く引き締められるのだった。

「封印やそのカギとなる柱は、微調整されながら長い年月としつきを維持されますが…………ここで問題が生じます。およそ千年単位で地下の溶岩マグマの動きが変わり、惑星ほしのエネルギーが対流する時期が来るのです。これにより地脈の流れがずれ、封印の大幅な調整や、柱の架け替えも必要となります。その際は、ほとんどの神が高天原たかまがはらに昇り、魔界の蓋が開かないように空から霊力で押さえます。これを大調律だいちょうりつ期といい、数年もの長きに渡って、地上から神々がいなくなる……つまり、長い神無月かんなづきのような状態になります」

「大調律期……」

「はい。それは言わば、惑星ほしの力があふれ出す時。創世のエネルギーが様々な形になって現れ、特別な才能を持った人や、常識では有り得ないような生命が生まれます」

「まさか……」

 誠はそこで思い当たった。

高千穂研究所たかちほけんの……竜芽細胞ドラゴンセルも?」

「その通りです。あの細胞も、惑星わくせいの膨大なエネルギーを受けて生み出されたもの。それ自体に善悪はありませんが、下手に壊そうとすると大きなをまき散らします。我々は細胞を監視し、消滅を待つつもりでしたが……魔はそれを狙ったのです」

 そこで映像の日本地図は一変した。日本中に小さなドクロのマークが溢れ、やがて一際巨大なドクロが浮かんだのだ。

 ドクロは大口を開けて嘲笑あざわらい、日本全土が赤い炎に包まれた。

「魔族は人々をそそのかし、国滅くにほろぼしのまじないをかけました。寺社をけがして市中しちゅうに邪気を蓄積し、膨大な負のエネルギーで一時的に封印を歪めた事で、多数の邪霊を呼び寄せたのです」

 映像の日本地図のあちこちに赤い円が発生し、そこから多くの邪霊が飛び出してきている。それらが肉の体を得て、巨大な人喰いの活動死体ゾンビ……つまり、餓霊となっているわけだ。

「敵は現在、餓霊を用いて日の本を侵略しておりますが、当然ながら最終目的は、親玉である邪神軍団の復活です。既にほとんどの柱が破壊され、残るは最も巨大な信濃しなのの大柱のみ。知恵の神々の指導のもと、編み上げた珠玉しゅぎょく呪詛柱じゅそばしらでありますから、そう簡単には壊されぬでしょうが……この柱が破壊されれば、いかな神々でも抑えきれません。魔界の蓋が開き、全ての邪神がこの世に戻って来るでしょう」

 映像は誠のもう1つの故郷でもある、旧長野県を拡大していく。

 その中央にそびえる巨大な呪詛柱が破壊され、地の底から無数の邪神達が現れてくる様子が映った。もしそうなればこの世がどうなるか、説明の必要も無いだろう。

「本来であれば地上の異変は、天孫てんそん日子番能邇邇芸命ヒコホノニニギノミコト様や、国家総鎮守そうちんじゅを司る大山積神おおやまづみのかみ様が先頭に立たれます…………が、今は封印を押さえておられるため現世には来られません。代わって永津彦様や、岩凪姫様が指揮をとっておられるのです」

 映像はそこでいきなり、激しい戦いのそれへと変わった。

 沸き立つような暗雲、降り注ぐ豪雨。時折辺りを染め抜く、凄まじい稲光いなびかり

 闇に包まれた世界の中、古代の鎧に身を包んだ闘神・永津彦と、それを迎え撃つ、長い髪の邪神が対峙たいじしている。

 邪神の顔は女のそれのようだが、口元には牙が生え、目は赤く酸漿ほおずきのように燃えていた。

 巨体がぶつかり合い、互いの剣を振りかざす度に、霊気と邪気が火花を上げ、降り注ぐ炎が周囲の地面を叩き付けた。

言霊ことだまを避けるため、今は真名まなを伏せますが…………我々が立ち向かう魔王ディアヌスは、日本神話にも記された巨大な邪神。かつて首を切り落とされ、体を8つに砕かれたのですが、邪法によってその魂を竜芽細胞ドラゴンセルに降ろされ、肉体を得たのです」

 映像の戦いは激しさを増し、やがて双方の神が持つ剣が、お互いの肩口を刺し貫いた。すると凄まじい光がひらめき、神々は互いに吹き飛ばされたのだ。

 誠はそれを眺めながら、夢現ゆめうつつのように呟いた。

「あ、あの……という事は……高千穂にいた父さんは……いえ、研究者の人達も……??」

「もちろん無実でございます。超強力な国崩しの邪法、更には邪神の魂を受肉させる程の反魂の術。並外れた力が無ければ不可能ですし、魔族以外にやる者はいませんから。恐らく研究所に侵入し、術の仕上げを行ったのでしょう」

 勝子は誠を見据え、はっきり断言してくれた。

「なぜ見張りの者が魔を感じ取る事が出来なかったのか、おめおめ研究所に入り込ませてしまったのか。正確には分かっておりませんが……この災厄を招いたのは、あなたのお父上ではございません」

「……………………っ!!!」

 誠は不思議な感動を味わった。

 確かに気になる事はあった。

 魔族が研究所に入り込む? 四国で鶴に不意打ちした敵と同様、何か感知を逃れるすべがあるのだろうか?

 九州で天草さんをさらった時のように、分裂・合体型の呪詛だったのか、それとも他の方法があるのか。

 だがそんな事より、今はただ純粋に父の無実が嬉しかったのだ。

「復活したディアヌスが地上を滅ぼす……それを防ぐため、永津彦様が禁術とも言える神器で肉体を持ち、闘いを繰り広げました。現世はけがれ、神族には不利な状況でしたが、ディアヌスも万全ではなかったため、痛み分けとなったのです。ただそこは邪気に満ちたこの地上……ディアヌスの方が回復が早く、間もなく動き出せるでしょう。そうなる前に、この戦いを終わらせねばならないのです」

 やがて映像は消え、勝子は誠の顔を見つめた。

「相手は神話に名だたる大邪神。対すれば、命を落とす事もありましょう。それでもえてお願いしたいのです」

 そこで居並ぶ全神連の一同が、そして神使達が。一斉に頭を下げ、声をそろえた。

『この国に住まう全ての罪なき人々のため、そして生きとし生ける者のため。どうか日の本をお守り下さい!!!』

 魂の奥底まで揺さぶられるような、不思議な感覚だった。

 言葉が出ない誠に代わり、鶴が答える。

「身に余るほまれのお役目、つつしんでお受けいたします。この鶴、身命をして日の本の奪還に尽力させていただきます……!」

 鶴の言葉と共に、辺りが光に包まれた。闘神・永津彦から発せられた光だ。

 光はどんどん輝きを増し、拝殿全体を覆う程に膨れ上がったが、やがて唐突に弾けて消えた。

「…………?」

 誠は恐る恐る周囲を見渡すが、永津彦の姿は無い。

 いやそれどころか、いつの間にか全神連の西国本部に……あの宴を開いた畳敷きの広間に戻っていたのだ。

「戻ってくればこっちのもんやで!」

「モウ休憩時間なのです!」

 神使達も安心したのか、キツネや牛が喜んでキックしてくるが、誠としてもこの方が気楽だった。

 胸を撫で下ろす誠に、勝子が声をかけてくれる。

「ご苦労様でしたねえ。少し疲れたでしょう」

「い、いや、少しじゃないですよ。冗談抜きで心臓止まるかと思いました」

「あっはっは、ご冗談を。あれだけの冒険をしといて何を今更。あたしらからすれば、心臓に毛が生えてるとしか思えませんよ」

「ヒメ子はそうでしょうけどね……」

 誠が苦笑すると、鶴は誇らしげに胸を張った。

「そうよ黒鷹、私はフサフサよ。コマのたてがみぐらいに」

「怖いよ鶴、どんな心臓なんだよ」

 コマが言うと一同は笑ったが、そこで高山が近寄って来た。

「まあ冗談はさておき、姫様方がご活躍されてた裏で、ちいと色々ありましてな。予想外の急転直下で、同盟のための船団連合会議が開かれてるんです」

「船団連合会議!? それは凄いですね!」

 誠が驚くと、高山は頷いた。

「主に第5、第6船団長の働きかけなんですよ。ディアヌスとの決戦が近いんで、急がにゃならんというわけで。第1と第3船団の長は、都合でリモート参加なんですがね」

 そこでコマが高山の肩に飛び乗った。

「さすが佐々木さんに島津さんだ。僕らが戦ってる間に、政治の方は任せとけって事だね」

 コマの言葉に、高山は頭をかきながら答える。

「……い、いや、それがですな。言い辛いですが、ちいーっとばかり困った事態のようで……」

 高山は非常に気まずそうに腕組みする。

「念のため、因幡いなばが現地で警護しとるんですが、いや、どうにもこれが……」
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