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8話~部活勧誘~

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 部活。それは学生が青春を謳歌する場。学業と並び学生が打ち込むべきとされている物。むしろ学業よりも部活が目的で学校に通う者もいるほど大きな存在である。

 僕が通う学校にも当然のように多くの部活がある。野球、サッカー、テニス、バスケ、卓球、吹奏楽、茶道、新聞、なんちゃら研究会、将棋、美術、科学、歴史・・・・・・言い出したらきりがない。中には部活要件を満たしていない同好会レベルのものもあるらしいから、ものすごい量だ。この季節は壁や掲示板が部活や同好会の勧誘チラシで埋め尽くされている。学生はそのチラシに友達と群がり、どんな部活に入るかといった話で花を咲かせていた。

「ねぇねぇ、あそこの部活の先輩ってかっこいいんだって!」
「ほんと!?じゃあ今度一緒に見学に行かない?」

 部活そのものよりも人間関係(特に恋愛絡み)を目的にする者もいるようだ。

 今日は部活紹介とやらで、朝から体育館に集められて一同床に体育座りをさせられている。熱血に訴える者、いきなりコントを始める者、楽しさをアピールする者など、皆必死に己の部活の良さをアピールしている。そんな輝かしいオーラに、皆は心打たれている様子だ。そんな中、当然のように無関心を貫く男が一人。僕である。

 中学校の頃、親の勧めで無理矢理入部させられた部活で苦い体験をして以来、部活に何も魅力を感じなくなった。それどころか忌避すべき存在にまで昇華した。この部活紹介はもはや、見たいテレビ番組の間に流れる雑多なCMである。できればスキップし、授業を始めてほしい。そして、早く帰らせてほしい。

 そんな雑念を抱きながら、ぼーっと過ごすこと小一時間、ようやく終わった。

 僕は一目散に教室に戻った。というより、僕は駆け足で戻ったわけではなく、普通に歩いて戻っただけだ。部活紹介後の興奮に飲まれた学生同士がいろいろ盛り上がり、周りの歩みが遅いだけである。誰とも話すことがない僕が真っ先に戻るのは当然の帰結である。そして次に戻ってきたのは先生であった。

 先生と二人きりの教室。気まずい。レッセフェールの先生なら問題ないのだが、如何せんいろいろとちょっかいをかけてくる先生だ。次の授業の準備をしながら視線を合わせないように細心の注意を払った。視線を感じるが、そんなものは無視だ無視だ。

しかし、だんだんとその視線は強まってくる。・・・・・・押しに負けた。

「どうしましたか先生」

 こちらから話しかけて先制攻撃を打つ。

「いや、部活紹介どうだったのかなーと思ってね」
「ユニークな部活紹介でしたね、笑いもありながら、真剣さもアピールしているよい部活紹介だったと思います。あっ、あと部活と同じ名前の同好会もあって敵対関係にあるところも面白かったですね。敵対、競争は質を高める重要な要素です」

「前田君って評論家みたいだね・・・・・・って、うーんとそうじゃなくて」

 そりゃそうだろう。僕はあの場で、いたって第三者目線を貫いている。エンターテイナーと客、そして部外者の僕。感想はそんなものしかでてこない。

「何かいい部活あった?」
「ないですね」
「あれ、即答!?」
「はい、即答です」
「そっか、それは残念だな~、でもよく見たらきっと楽しい部活が見つかるはずだから、仮入部とかしてみるのは?」
「いやです」
「前田君、結構はっきり言うんだね」

 街中を歩いていると、よく声をかけられる。ただし、なにかの商品勧誘か宗教関連に限られる。いつも一人で歩いているから、こういう輩からするといいカモに映るんだろう。こんな時の対応は強烈に拒絶するのが一番である。僕の中で部活勧誘は、怪しい商品や宗教勧誘と同じカテゴリーに属する。もしくは社交辞令的会話により婉曲的拒絶、そして煙に巻く。

「でもね、この学校一応全員部活か同好会に入らないといけなくてね、それに前田君には是非とも何かに入ってほしいのよ」

 校則を出してくると弱い。「入るよう努めなければならない」であれば速攻で無視するのだが、「入らなければならない」とは。偏差値と家の近くというだけで入学したが、今にも後悔している。決まり、契約、法律は最強の武器だ。しかし、このまま素直に従いたくはない。

「そうなんですか、じゃあ自分で部活作りますよ。そうですねー、帰宅部」

「もちろんだめだね」

「直帰部」

「部活の名前が変わっただけで、やること帰宅部と一緒だよね、ダーメ」

「・・・・・・安全部」

「安全?」

「夜遅くなると帰るのが危なくなります。ですので、交通安全に留意しながら日が暮れる前できるだけ早く、安全に家に帰ることを・・・・・・」

「帰宅部をかっこよく言っているだけかな。ダメダメ・・・・・・ってどんだけ家に帰ろうとしているの!?」

「家に帰れないとなると難しいですね」

「普通はそんなに難しくないはずなんだけどね~」

「じゃあ、図書部」

「だ・・・・・・めじゃないかも。読書する部活だよね、うんっ!それがいいよ!先生も協力するから、顧問は私で、部長は前田君かな?あとはさっそく部員を・・・・・・」

「他の部員求めない」

「えー、それじゃきっと部費もでないよ」

「別に同好会レベルでかまわないです。図書室にいくらでも本があるので、勝手に読んでいればいいです」

「うーん、まぁ少しはやる気になってくれたから、一歩前進かな」

「僕としては2、3年分くらいの歩数、後退した気分です」

「ふふふ、じゃあ、さっそく手続き進めるから、書類書いておいてね」

 そしてようやく他の学生が教室に戻ってきた。皆相当な量の部活のチラシを抱えている。高校生らしいと言えばそれまでだが、そのチラシにも学校のお金が使われていると思うと解せない気持ちで一杯になる。学校のお金は、別に僕が納めたわけでもなんでもない。ただ、多数決の世の中、ぼっちに与えられるお金はないのだと突きつけられる。我を通すことの対価と言うべきなのか。

 それならば、社会が助けてくれないのならば、自分がなんとかしなければならない。他を圧倒し、見下せるほどの力が必要だ。害があれば100倍で返せる力。だが目立つ必要もない。ひっそり暮らせればそれでいい。それでこそ、ぼっちの平穏な生活が送れる。

 最近よくラノベなんかで見かけるスローライフ。なぜかいつもそのスローライフにかわいらしい女の子がセットでくっついているが、そんな邪道スローライフではない。そもそもラノベのスローライフは男女ハッスルライフなのではないかと思う。僕が求めるのはその女の子セットを外した単品の真のスローライフなのだ。

「さぁ、みんな集まったね~。はい、ではこれから入部届を配るから、今週中に先生まで出してくださいね」

 学生の興奮はまだ続いている。一緒に部活見学に行こうとか、私は絶対○○部だとかで盛り上がっている。もうすでに入部届を提出している者までいる。そんな熱気とは無縁の世界の僕は授業準備に邁進する。

「前田君はどんな部活に入るの?」

 急にやってくるのは花崎さん。子分も一緒だ。なんでこんなやつに声かけるの?という目をしている。花崎さんが来るといつも余計な注目を浴びるからやめてほしい。

「まだ決めてないです」
「そう、決まったら教えてくれる?」
「はぁ・・・・・・?」

 そう言うと花崎さんは去って行った。子分達は「どうせ、あいつ帰宅部だろ」とこそっと言ってぞろぞろと花崎さんについて行った。悪口なんだろうが、帰宅部があればどんなに幸せだったか。校則さえなければ。

 放課後、いつもの図書委員の仕事で本の整理に従事していた。雪本さんは僕の想定に反し、フェードアウトすることなく毎日来ている。基本的に無言で過ごすこの時間は、最初は気まずいものだったが、もう慣れてしまった。発せられる言葉は、始まりの挨拶「始めましょうか」「はい」と終わりの挨拶「お疲れ様でした」のみである。まぁもう少ししたら、やめたいとか言ってくるだろう。これまでの経験則がそう告げる。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」

 いつもの終了の挨拶を終え、帰ろうとすると、

「あの・・・・・・今日は一緒に帰りませんか?」

 なぜこうもイレギュラーが起きる。「いやです」と言おうとしたら、

「・・・・・・嫌だったらいいんですが」

 ダブルパンチで断りづらい状況を作ってくる。しかし、僕はそんじょそこらの健全な男子高校生とは違う。ぼっちでひねくれているのを全力で開き直った男子高校生である。ラブコメ脳の人なら「そこまで言われたら」と照れながら一緒に帰るシーンへ移行していくのだろうが甘い。甘すぎる。ぼっちに謙虚さは無意味だ。

「そうですか!ではお先に失礼します!」

 清々しいほどに無関心。しかし、いつもは大人しい雪本さんには珍しく、さらに食いついてきた。ん?前にもこんなことあったか?

「やっぱり嫌でも一緒に帰りたいです!」

 シャツまで引っ張ってくる。のびる、やぶれる、やめてくれ。

「わかりました。帰りましょう」

 そうはいったものの、何も話すことはない。以前に二人で帰ったときもそうだがほとんど会話せずに駅で別れた。今日もそうなるのだろうと何も考えずに、ただ帰路をどんどん進んでいく。あの時は無言の気まずさがあったが、図書委員の仕事の延長と思えばなにもたいしたことは無い。もはや渋谷の交差点の雑踏の中で、たまたま方向が一緒の見知らぬ人と歩くぐらいの空気感である。そんな無言の時間を最初に破ったのは雪本さんだった

「部活まだ決めてないんですか?」

「はい?」

「あっ、その花崎さんとそんな話してたな~と思って、盗み聞きしたわけじゃなくて、ちょっと聞こえちゃったわけで、その・・・・・・ごめんなさい」

「まぁ決めてないですね」

「私もまだ決まってないんです」

「そうなんですね」

 だから何?とすごく言いたい気持ちを抑えて適当に相づちを打つ。また無言が続いた。以前にもこの下りがあった気がする。このまま終わるのかと思った。

「私、前田君といっしょに部活したい」

 驚いた。急にぽつりとこぼした言葉が直球過ぎて、意外すぎた。そして彼女は、今までせき止めていた感情がこぼれだしたかのように早口で話し始めた。

「私、人付き合いが苦手で、ずっと友達いなくて、いつも一人で、寂しくて。周りからもかわいそうとか心配されて、それでも一人で。勇気をもって先生に相談したらこの図書委員勧めてくれて、やっとお話しできる人ができて、やっと・・・・・・」

「ちょっと待ってください!?大丈夫ですか」

 目を潤めて、積もり積もった思いを一気に吐き出すかのように話す様子。業務連絡ではない。感情むき出しの言葉。そんな言葉に慣れていない普段無関心の僕は少し心が動いた。容量オーバーで気持ち悪くなってくる。

「うん、大丈夫。きっと前田君と部活できたら3年間楽しくなりそうと思って」

 無言でただ本の整理をするだけの中から、どのような楽しい要素を見出したのかは謎だが、どこか親近感を感じた。しかし、とうてい相容れない。

 ・・・・・・そうだ、雪本さんはぼっちから脱却しようとあえいでいる。昔の僕だ。僕はできなかった。ぼっちを脱却したいのならついてくる相手が違う。僕ではない。

 もっと違うところの方がいい。

「僕は自分で部活を作る。図書部」
「私もいれてくれますか?」
「部員求めない」
「どうして?」
「嫌・・・・・・ですから」
「なんで?って聞いても、きっと答えてくれないですよね」
「そうですね」

 友達が欲しいなら、ここじゃない。部員たくさんの部活、同好会に入るべきだ。至極当然のことだか、僕が言うことではない。僕が他人の行動を指示する権利はない。ただ拒絶する。あらゆる者を拒絶し続ける。これからも、これまでも、それが安寧のぼっち生活への最適解なのだ。

「やっぱり・・・・・・うん、わかった、私も部活作る。名前は図書部支店。部員求めない」

 はい?

「支店って・・・・・・なんですかそれ」

「図書部の支店。部員がだめなら支店ってことで新しい部活を作ります」

「多分断られると思いますが」

「やってみます!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 翌朝、雪本さんと僕は先生に呼び出されて図書部と図書部支店の二つの部活の設立許可が下りたことを言い渡された。どうなってるんだこの学校は。

「前田君頼みますよ~。支店をもつなんて、部長と言うより社長かな。先生、期待してます」

「私もよろしくお願いします。えっと、・・・・・・社長」

「名前は支店と付いていますが、形式上違う部活です」

「実質は?」

 言葉選びに間違えたことを後悔した。
 
 後日知ったことだが、花崎さんはなかなか部活に入らなかったそうだ。しかし周囲の強烈な推しに抗うことができず、テニス部に入ったそうだ。早くも先輩を圧倒するプレーを見せて期待の新人と言われているらしい。

 さらには花崎さんのテニスユニフォーム、ミニスカート姿は学校中の(僕を除く)男子高校生の視線を釘付けにさせた。そしてそのユニフォーム姿で、どうして早く図書部に入ると伝えてくれなかったのか家にまで来て散々ごねられ、それを近所のおばさんに見られて「若いっていいわね~」と世間話のネタに使われる。

 学校に着いてからも「ふんっ」と怒りが収まっていない様子だった。「前田がなんかやらかしたんだ」「ひっでー(酷い)」と聞こえる。

 一方、雪本さんは満足げで、いつもより楽しそうにしていた。

「雪本さん、なにかいいことあった?」
「ううん、なんでも~」

 そうはいいながらも満面の笑顔で、夢見心地状態である。

 そして僕は連日のイレギュラーに苛まれ、疲労困憊満身創痍状態である。

 怒、疲、楽のオーラが教室を3等分し、何があったのかと教室までがざわめく始末だ。
 ただ安定のぼっち生活3年間を送りたいだけなのに、なぜこんなに邪魔が入るのか。勘弁してほしいものだ。
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