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10話~看病~
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10話~看病~
病気。ぼっちには最悪の組み合わせである。
ぼっち最大のメリットは自由であると考えるが、病気はその最大のメリットである自由を奪う。身の回りはおろそかになり、寒気と熱が交互に襲い、頭痛に苛まれる。食欲は落ち、ただ布団を被ったり剥いだりを繰り返す。誰も居ない部屋でコチコチと響く秒針の針とともに時間が過ぎていく。
だが、何も対策を打っていないわけではない。市販の風邪薬、冷えピタ、インスタントおかゆ、物は完備している。ぼっちたる者、これぐらいは常識である。だが、いかんせん体が動かない。病の苦しさの前には、あらゆるものが面倒に感じてしまう。
こんな時、感情なく何でもこなすメイドロボットでもあればよかったのに思う。
インターホンが鳴った。土曜日。こんなぼっちの家に来る物好きは郵便配達員以外いない・・・・・・事もなくなってきた。誰だろうと今日はいいや、無視だ無視。3度目のインターホン、もうすぐ立ち去るだろう。
あっ鳴らなくなった。もう一眠りするか。
インターホンが鳴ってどれくらいたっただろうか。夢か現かを繰り返しているともはや時間間隔すら曖昧になってくる。そんな時、あり得ない音が静寂に包まれた家の空気を震わす。
ガチャ・・・・・・?重い体に戦慄が走った。ドアが開いた音だ。鍵は閉めていたはずだ。いや、疲労困憊しながら帰ってきたのだからもしかしたら開けっぱなしにしていたのかもしれない。ここのところ抜けが目立つからそういうことも考えられる。これは本格的に危ない。
もうろうとしながら階下へそっと降りる。物音のする方へ。気付かれないように覗いてみれば客間である和室のタンスを、黒い服を着た男が荒らしていた。幸いそんなところに通帳も印鑑もキャッシュカードもない。だが、僕のテリトリーに侵入した罪は重い。目には死刑を、歯にも死刑を。
「おい、なにをやってる」
大声で叫んだつもりだが、声に覇気がない。男はこちらを振り向き、一瞬驚いたようだが、冷えピタを貼り、息苦しそうな僕を見るとニヤリと笑い、手に持ったナイフを構えてくる。
中東のテロリストを彷彿させる出で立ちで、奇妙な仮面を被っているのがその不気味さをより際立てていた。しかし僕の敵ではない。
謎の仮面泥棒男は手に持っていたナイフを振りかぶって、投げた!私の胸に刃先が向かう。いい狙いだ。ドストライクだ。しかし、僕の体を突き破る寸前で、すかさず力を行使。飛んできた軌道を逆にたどり、もどっていく。のびる!のびる!入ったー!ナイフのあり得ない動きに戸惑う泥棒の頭に直撃し、泥棒は気を失った。恐ろしい体験ではあったが、なんのことはない。我ながらずいぶんと度胸が付いたものだ。
「どうしたの!?」
新たな声が乱入する。見知った声だった。
「あー・・・・・・花崎さん、それに雪本さんまで」
何でこんなところにいるのか、何しに来たのか、いろいろ突っ込みたいところはあったが、非常に助かった。
「こいつ、だれなの!?」
「それに、前田君!苦しそうですけど大丈夫ですか!?」
「泥棒。警察へ・・・・・・頼みます」
あっこれはもうギブアップだ。騒ぐ声が遠のく。僕はそこから意識が消えた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
起きると、そこは病院のベッドであった。腕からは点滴のチューブが伸びており、病状も体感的に相当回復していた。看護師曰く、あの後花崎さんと雪本さんが警察に通報し、泥棒は逮捕されたとのこと。加えて二人は救急車を呼び、僕を病院まで付き添って運んでくれたとのことだった。
「二人は?」
「今は警察に事情を説明しているみたいよ。それにしても熱もある中で、よく何事もなく」
「ええ、まあなんとか」
「まあなんとかじゃないですよ!警察の人も驚いていました。最近のここら辺に出てた不審者だったみたいで、それに氏名年齢、出身、親までわからない謎の人物。大ニュースものですよ!」
「そうだったんですか」
「感情が薄いです!もっと・・・・・・」
看護師の上司っぽい人が遠くで人差し指を口にあてて睨んでいる。
「あっごめんなさい。少し盛り上がってしまいました。にしても前田さんは運がいいですよ。たまたま訪ねてきた女の子二人に助けられて、しかもあんなに心配されて、モテモテですね」
「あっそういうんじゃないんで」
「そんな真面目な顔で・・・・・・前田さん、にぶい?」
「にぶい?」
あきれた様子でこっちを見てくる看護師。なぜ呆れられるか、そもそもなぜこんな会話してくるのか、コミュ障ぼっちをより弱らせたいらしい。いや、二人は?なんて聞いたのが間違いだった。二人がどうなろうと知ったことではない。まあ、二人に怪我があれば、僕に賠償金でも請求される可能性があるから、無事であるに越したことはない。その程度だ。
でも・・・・・・
「助かりました」
「ん?」
「ありがとうございました、二人にそう伝えておいてください」
「もう一回?なんて伝えればいいの?ね、もう一回」
「ありがとうございました。ありがとう」
「ふふっ、だって、二人とも」
そう言うと花崎さんと雪本さんは病室からひょこっと顔を出した。
「めずらしー、前田君がそんな素直に!惚れちゃった?」
違う。ただ僕が二人に借りを作った。それだけだ。
「いや。よく考えたら緊急事態に倒れた人を放置したら罪になるみたいな法律がありましたね。救護は当然と言えば当然ですね」
正当な理由でもって、相手の言葉を否定する。
「辛辣っ!でもいつも通りって感じ」
そう、それが僕だ。これが僕のいつもどおりだ。
雪本さんは、
「その、元気そうで良かったです!」
と一言言って、去って行ってしまった。
後は若い者に任せて、いや私も若いけど、とか言って看護師さんも部屋から出て行ってしまい、病室には花崎さんと僕の二人きりになった。
・・・・・・何も話すことがない。
こういうときはぼっち術式「寝る」である。目を閉じ、頭を羊が一匹一匹埋めていく。意識を羊に集中させていく。体がだんだん重くなっていく。これで大体は撃退できる。病室のドアが開いて、また閉まる音がした。よし出ていったな。なんか異様に体が重いが、術式成功だ。
ぱっと目を開けると、
「ばあっ!」
点滴中の病人の上に乗っかり、花崎さんの顔が僕の顔の真ん前に。
「・・・・・・また眠気が」
「ちょっと!ノーコメントやめて!反応してくれないとこっちが恥ずかしくなるよ!」
だったらなぜそんな恥ずかしいことをするのか。理解に苦しむ。そして悪魔のいたずらとはよく言ったもので、タイミングというのはなぜこうも重なるのだろうか。
「雪本です。前田君、リンゴむいたから・・・・・・」
ベッドに男女二人。男子にまたがる女子。病室で能力を使い弾き飛ばすわけにもいかない。もんもんと怨念が病室を満たす。この怨念は普段人を気にしない僕にまで不思議なほど刺さる。後ろでさっきの看護師さんがニヤニヤしているのも見えた。まったく。僕は見世物ではない。
「女の子の嫉妬って怖いね~」
「花崎さんもその女の子ですが」
「そういうこと!」
花崎さんはさっとベッドから飛び降り、じゃあね~といって去って行ってしまった。そういうこと!ってどういうことなんだ。それに嫉妬ってなんだ。・・・・・・考えられるのは、ここで恩を売っておき後でその見返りを求めるという利権の取り合いか。私が手に入れようと思った金づるを横取りするなんて!キー!って感じか?うん、確かにそれは欲望渦巻く血みどろのドラマが始まりそうだ。恐ろしい。
自分の中でいろいろとかみしめていると、さっきまでの怨念が嘘のように消えた雪本さんが病室に入ってきた。
「これ、食べてください」
「え、あ、わざわざどうも」
ウサギ型に切り取られたリンゴ。こんなに手の込んだことをしなくてもいいのに、料理にはこだわりでもあるのだろうな。
「雪本さん、前田さんは病気だから、食べさせてあげたら?」
看護師さんの言葉にえっ!?と声を上げて、か細い声でなにやらごにょごにょ言った後で、リンゴをがしっとつまむ。
「ほら、前田君!食べてください!」
食べさせるというより、押し込むと言う方が的確か。口の中パンパンにウサギ型リンゴが詰められ、余計に息苦しい。
「あはは、前田君、ふぐみたいになってます」
そりゃむくれもするだろう。泥棒に入られ、数十キロの人間重しにプレスされ、口に物を詰め込まれて、見世物にされ・・・・・・そうだ、僕は拷問を受けているのだ。ぼっちの僕に攻撃を仕掛けてきているのだ。高校に入ってからなんでまた・・・・・・
しかし、拷問を受けているにかかわらず気持ちも体も軽かった。拷問の負担以上に病気が回復してきたのだろう。きっとそうだ。
拷問部屋であるはずの病室は不思議と明るい雰囲気に包まれている。病室に差し込むまぶしい夕日は、いつもなら土曜日の終わりの哀愁を感じさせるが、今日はそんなものは感じなかった。今までとはだいぶ異様な感覚、どこか懐かしい感覚だった。
その後、医者の診察があり、すぐに退院。付き添います!と最後まで粘っていた雪本さんを早めに家に帰し、僕はひとり、帰路についた。看護師さんは別れ際に「これから楽しみにしている」なんて訳のわからないことを言っていた。病気はほとんど治りましたよといったら「そういうことではない」といって笑っていた。
久しぶりの家、といっても4~5時間程度留守にしただけだが、こうも濃い時間を過ごせば久しぶりに感じる。我が家の前にはパトカーが止まっており、黄色い帯が回収されつつあった。結構大がかりだったようだ。
「あっ、前田さん良かった。うちの署長が、あの女子高生二人と前田さんに感謝状渡したいとか言ってましたよ」
警察官の一人が僕を見つけて寄ってくる。
「僕はいいですよ。むしろ僕は単なる被害者です。冷静かつ迅速に警察に通報して、犯人を引き渡したのは花崎さんと雪本さんです」
「謙虚なのはいいけど、署長が是非といってるんで・・・・・・」
「いや、やめときます」
意思は堅い。名誉はいらない。目立つ必要もない。ぼっち生活にそんな名誉は不要だ。泥棒に入られた?前田ざまぁみろといった扱いでかまわない。僕に名誉という冠を被らせても、何様のつもりと反感を買うだけだ。それが現実であり、予測できる未来である。名誉の冠は元々人望に厚い人やあまり目立たない大人しい人こそ、より輝きを持つ。
「そうですか、そこまで言うなら署長にそう言っておきます。なんにせよ、何もなくて良かった。ご協力感謝します」
一高校生に敬礼をしていた。
「あっ、そうだ、さっき一人の女の子が・・・・・・」
警察官の声を聞き終わる前に玄関の扉を開けると花崎さんがエプロン姿で待っていた。言いたいことをすべて飲み込み、この一言に凝縮する。
「・・・・・・なにかご用件ですか?」
「前田君、ご飯にする?お風呂にする?それとも・・・・・・わ・た・し?」
「・・・・・・」
シーンとした間が入る。玄関は空いたまま。警察官は唖然としていた。はっと我に返った花崎さんは顔を真っ赤にして玄関を閉め、
「・・・・・・っ、ふう。あの、前田君、ご飯にする?お風呂にする?それとも・・・・・・わたし?」
「・・・・・・なんですか?」
「もういい!恥ずかしいよ!ほら、ご飯!」
キッチンには根野菜がたくさん入ったシチューが湯気を立てていた。しかも二つ、向かうようにして皿が配膳されている。
「さぁ、一緒に食べよ!もしかして、嫌いな食べ物とかあった?」
「いえ、ないですが・・・・・・」
「じゃあ、食べよ!あっ一人じゃ食べられなかった?ふぅふぅしてあげよっか?」
相変わらずのウザさマックス対応。学校に居るときは清楚系美人対応なのに、これは一体何だ。
「・・・・・・まさか、一杯1万円とか?」
「とらないよ!?しかもふぅふぅはスルーね」
恐る恐る食べてみると、ほっとする味が体の芯に染みていく。お肉や野菜のだしがよくシチューに出ており、うまみもたっぷりだ。相当しっかり煮込んだのだろう。
「おいし?」
「おいしいです」
「いいお嫁さんになれる?」
「なれる」
ウザさマックス顔から一転、顔を真っ赤に染めている。自分で聞いておいて、なんでそんなに照れてるんだか。たしかに料理はおいしいし、あくまで社交辞令的会話として「なれる」と言ったが、なれないと言った方がよかったのか。昭和の頑固師匠のごとく、「おぬしもまだまだよのぅ」なんて言った方が良かったのか。コミュ障にはこの辺わからない。
花崎さんが何も話さなくなってしまったので、シチュー皿とスプーンがかすれ合う音が規則的に響くだけになった。コミュ障が話せるわけがない。無言こそぼっち。コミュ障を謳うラノベ主人公を圧倒するコミュ障ぼっち、前田。
そんなとき、ぽつりと花崎さんが漏らした言葉は、彼女には最も似合わない、異質な言葉だった。
「私、未来でぼっちだった」
「それはどういう?」
「・・・・・・あっ!いや、なんでもない。ごめんね。変なこと言って。ほら、おかわりもあるから食べて食べて!」
聞く機会を失い、コミュ障ぼっちはもはや為す術なく、相手の会話の流れに身を任せた。
そして、皿洗いまで花崎さんが手伝ってくれた。その後、「一緒にお風呂入る?」なんてウインクしながらポージングをとって訳のわからない提案してくるので、全力で拒否しながら、丁重に玄関へふっとばした。そして「また明日!」といって嵐のように帰って行った。
「・・・・・・ありがとうございます」
誰にも聞かれない言葉がふと漏れた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そのころ警察では、犯人の取り調べが行われていた。
「一体こいつはだれなんだ!」
会議室で怒号が響く。行政上の登録はなく、調査のプロがどれだけ頭をひねっても素性がわからない。動機も不明。供述も意味不明。
「警部!」
「なんだ、そんなに慌てて」
「実は、犯人が死亡、というか爆発しました」
「はぁ!?」
取り調べ室に入ると、そこには死体はなく、砂が散らばっていた。聞くと取調べ中、急に体が激しく震えだし爆発四散したという。漫画チックなありえない話である。そして血や肉片はなく、すべて砂化したとのこと。
この話は警察署の世にも奇妙な話として、しかし語り次がれることはなく、何十年とただ記録として残ったとのことだった。
病気。ぼっちには最悪の組み合わせである。
ぼっち最大のメリットは自由であると考えるが、病気はその最大のメリットである自由を奪う。身の回りはおろそかになり、寒気と熱が交互に襲い、頭痛に苛まれる。食欲は落ち、ただ布団を被ったり剥いだりを繰り返す。誰も居ない部屋でコチコチと響く秒針の針とともに時間が過ぎていく。
だが、何も対策を打っていないわけではない。市販の風邪薬、冷えピタ、インスタントおかゆ、物は完備している。ぼっちたる者、これぐらいは常識である。だが、いかんせん体が動かない。病の苦しさの前には、あらゆるものが面倒に感じてしまう。
こんな時、感情なく何でもこなすメイドロボットでもあればよかったのに思う。
インターホンが鳴った。土曜日。こんなぼっちの家に来る物好きは郵便配達員以外いない・・・・・・事もなくなってきた。誰だろうと今日はいいや、無視だ無視。3度目のインターホン、もうすぐ立ち去るだろう。
あっ鳴らなくなった。もう一眠りするか。
インターホンが鳴ってどれくらいたっただろうか。夢か現かを繰り返しているともはや時間間隔すら曖昧になってくる。そんな時、あり得ない音が静寂に包まれた家の空気を震わす。
ガチャ・・・・・・?重い体に戦慄が走った。ドアが開いた音だ。鍵は閉めていたはずだ。いや、疲労困憊しながら帰ってきたのだからもしかしたら開けっぱなしにしていたのかもしれない。ここのところ抜けが目立つからそういうことも考えられる。これは本格的に危ない。
もうろうとしながら階下へそっと降りる。物音のする方へ。気付かれないように覗いてみれば客間である和室のタンスを、黒い服を着た男が荒らしていた。幸いそんなところに通帳も印鑑もキャッシュカードもない。だが、僕のテリトリーに侵入した罪は重い。目には死刑を、歯にも死刑を。
「おい、なにをやってる」
大声で叫んだつもりだが、声に覇気がない。男はこちらを振り向き、一瞬驚いたようだが、冷えピタを貼り、息苦しそうな僕を見るとニヤリと笑い、手に持ったナイフを構えてくる。
中東のテロリストを彷彿させる出で立ちで、奇妙な仮面を被っているのがその不気味さをより際立てていた。しかし僕の敵ではない。
謎の仮面泥棒男は手に持っていたナイフを振りかぶって、投げた!私の胸に刃先が向かう。いい狙いだ。ドストライクだ。しかし、僕の体を突き破る寸前で、すかさず力を行使。飛んできた軌道を逆にたどり、もどっていく。のびる!のびる!入ったー!ナイフのあり得ない動きに戸惑う泥棒の頭に直撃し、泥棒は気を失った。恐ろしい体験ではあったが、なんのことはない。我ながらずいぶんと度胸が付いたものだ。
「どうしたの!?」
新たな声が乱入する。見知った声だった。
「あー・・・・・・花崎さん、それに雪本さんまで」
何でこんなところにいるのか、何しに来たのか、いろいろ突っ込みたいところはあったが、非常に助かった。
「こいつ、だれなの!?」
「それに、前田君!苦しそうですけど大丈夫ですか!?」
「泥棒。警察へ・・・・・・頼みます」
あっこれはもうギブアップだ。騒ぐ声が遠のく。僕はそこから意識が消えた。
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起きると、そこは病院のベッドであった。腕からは点滴のチューブが伸びており、病状も体感的に相当回復していた。看護師曰く、あの後花崎さんと雪本さんが警察に通報し、泥棒は逮捕されたとのこと。加えて二人は救急車を呼び、僕を病院まで付き添って運んでくれたとのことだった。
「二人は?」
「今は警察に事情を説明しているみたいよ。それにしても熱もある中で、よく何事もなく」
「ええ、まあなんとか」
「まあなんとかじゃないですよ!警察の人も驚いていました。最近のここら辺に出てた不審者だったみたいで、それに氏名年齢、出身、親までわからない謎の人物。大ニュースものですよ!」
「そうだったんですか」
「感情が薄いです!もっと・・・・・・」
看護師の上司っぽい人が遠くで人差し指を口にあてて睨んでいる。
「あっごめんなさい。少し盛り上がってしまいました。にしても前田さんは運がいいですよ。たまたま訪ねてきた女の子二人に助けられて、しかもあんなに心配されて、モテモテですね」
「あっそういうんじゃないんで」
「そんな真面目な顔で・・・・・・前田さん、にぶい?」
「にぶい?」
あきれた様子でこっちを見てくる看護師。なぜ呆れられるか、そもそもなぜこんな会話してくるのか、コミュ障ぼっちをより弱らせたいらしい。いや、二人は?なんて聞いたのが間違いだった。二人がどうなろうと知ったことではない。まあ、二人に怪我があれば、僕に賠償金でも請求される可能性があるから、無事であるに越したことはない。その程度だ。
でも・・・・・・
「助かりました」
「ん?」
「ありがとうございました、二人にそう伝えておいてください」
「もう一回?なんて伝えればいいの?ね、もう一回」
「ありがとうございました。ありがとう」
「ふふっ、だって、二人とも」
そう言うと花崎さんと雪本さんは病室からひょこっと顔を出した。
「めずらしー、前田君がそんな素直に!惚れちゃった?」
違う。ただ僕が二人に借りを作った。それだけだ。
「いや。よく考えたら緊急事態に倒れた人を放置したら罪になるみたいな法律がありましたね。救護は当然と言えば当然ですね」
正当な理由でもって、相手の言葉を否定する。
「辛辣っ!でもいつも通りって感じ」
そう、それが僕だ。これが僕のいつもどおりだ。
雪本さんは、
「その、元気そうで良かったです!」
と一言言って、去って行ってしまった。
後は若い者に任せて、いや私も若いけど、とか言って看護師さんも部屋から出て行ってしまい、病室には花崎さんと僕の二人きりになった。
・・・・・・何も話すことがない。
こういうときはぼっち術式「寝る」である。目を閉じ、頭を羊が一匹一匹埋めていく。意識を羊に集中させていく。体がだんだん重くなっていく。これで大体は撃退できる。病室のドアが開いて、また閉まる音がした。よし出ていったな。なんか異様に体が重いが、術式成功だ。
ぱっと目を開けると、
「ばあっ!」
点滴中の病人の上に乗っかり、花崎さんの顔が僕の顔の真ん前に。
「・・・・・・また眠気が」
「ちょっと!ノーコメントやめて!反応してくれないとこっちが恥ずかしくなるよ!」
だったらなぜそんな恥ずかしいことをするのか。理解に苦しむ。そして悪魔のいたずらとはよく言ったもので、タイミングというのはなぜこうも重なるのだろうか。
「雪本です。前田君、リンゴむいたから・・・・・・」
ベッドに男女二人。男子にまたがる女子。病室で能力を使い弾き飛ばすわけにもいかない。もんもんと怨念が病室を満たす。この怨念は普段人を気にしない僕にまで不思議なほど刺さる。後ろでさっきの看護師さんがニヤニヤしているのも見えた。まったく。僕は見世物ではない。
「女の子の嫉妬って怖いね~」
「花崎さんもその女の子ですが」
「そういうこと!」
花崎さんはさっとベッドから飛び降り、じゃあね~といって去って行ってしまった。そういうこと!ってどういうことなんだ。それに嫉妬ってなんだ。・・・・・・考えられるのは、ここで恩を売っておき後でその見返りを求めるという利権の取り合いか。私が手に入れようと思った金づるを横取りするなんて!キー!って感じか?うん、確かにそれは欲望渦巻く血みどろのドラマが始まりそうだ。恐ろしい。
自分の中でいろいろとかみしめていると、さっきまでの怨念が嘘のように消えた雪本さんが病室に入ってきた。
「これ、食べてください」
「え、あ、わざわざどうも」
ウサギ型に切り取られたリンゴ。こんなに手の込んだことをしなくてもいいのに、料理にはこだわりでもあるのだろうな。
「雪本さん、前田さんは病気だから、食べさせてあげたら?」
看護師さんの言葉にえっ!?と声を上げて、か細い声でなにやらごにょごにょ言った後で、リンゴをがしっとつまむ。
「ほら、前田君!食べてください!」
食べさせるというより、押し込むと言う方が的確か。口の中パンパンにウサギ型リンゴが詰められ、余計に息苦しい。
「あはは、前田君、ふぐみたいになってます」
そりゃむくれもするだろう。泥棒に入られ、数十キロの人間重しにプレスされ、口に物を詰め込まれて、見世物にされ・・・・・・そうだ、僕は拷問を受けているのだ。ぼっちの僕に攻撃を仕掛けてきているのだ。高校に入ってからなんでまた・・・・・・
しかし、拷問を受けているにかかわらず気持ちも体も軽かった。拷問の負担以上に病気が回復してきたのだろう。きっとそうだ。
拷問部屋であるはずの病室は不思議と明るい雰囲気に包まれている。病室に差し込むまぶしい夕日は、いつもなら土曜日の終わりの哀愁を感じさせるが、今日はそんなものは感じなかった。今までとはだいぶ異様な感覚、どこか懐かしい感覚だった。
その後、医者の診察があり、すぐに退院。付き添います!と最後まで粘っていた雪本さんを早めに家に帰し、僕はひとり、帰路についた。看護師さんは別れ際に「これから楽しみにしている」なんて訳のわからないことを言っていた。病気はほとんど治りましたよといったら「そういうことではない」といって笑っていた。
久しぶりの家、といっても4~5時間程度留守にしただけだが、こうも濃い時間を過ごせば久しぶりに感じる。我が家の前にはパトカーが止まっており、黄色い帯が回収されつつあった。結構大がかりだったようだ。
「あっ、前田さん良かった。うちの署長が、あの女子高生二人と前田さんに感謝状渡したいとか言ってましたよ」
警察官の一人が僕を見つけて寄ってくる。
「僕はいいですよ。むしろ僕は単なる被害者です。冷静かつ迅速に警察に通報して、犯人を引き渡したのは花崎さんと雪本さんです」
「謙虚なのはいいけど、署長が是非といってるんで・・・・・・」
「いや、やめときます」
意思は堅い。名誉はいらない。目立つ必要もない。ぼっち生活にそんな名誉は不要だ。泥棒に入られた?前田ざまぁみろといった扱いでかまわない。僕に名誉という冠を被らせても、何様のつもりと反感を買うだけだ。それが現実であり、予測できる未来である。名誉の冠は元々人望に厚い人やあまり目立たない大人しい人こそ、より輝きを持つ。
「そうですか、そこまで言うなら署長にそう言っておきます。なんにせよ、何もなくて良かった。ご協力感謝します」
一高校生に敬礼をしていた。
「あっ、そうだ、さっき一人の女の子が・・・・・・」
警察官の声を聞き終わる前に玄関の扉を開けると花崎さんがエプロン姿で待っていた。言いたいことをすべて飲み込み、この一言に凝縮する。
「・・・・・・なにかご用件ですか?」
「前田君、ご飯にする?お風呂にする?それとも・・・・・・わ・た・し?」
「・・・・・・」
シーンとした間が入る。玄関は空いたまま。警察官は唖然としていた。はっと我に返った花崎さんは顔を真っ赤にして玄関を閉め、
「・・・・・・っ、ふう。あの、前田君、ご飯にする?お風呂にする?それとも・・・・・・わたし?」
「・・・・・・なんですか?」
「もういい!恥ずかしいよ!ほら、ご飯!」
キッチンには根野菜がたくさん入ったシチューが湯気を立てていた。しかも二つ、向かうようにして皿が配膳されている。
「さぁ、一緒に食べよ!もしかして、嫌いな食べ物とかあった?」
「いえ、ないですが・・・・・・」
「じゃあ、食べよ!あっ一人じゃ食べられなかった?ふぅふぅしてあげよっか?」
相変わらずのウザさマックス対応。学校に居るときは清楚系美人対応なのに、これは一体何だ。
「・・・・・・まさか、一杯1万円とか?」
「とらないよ!?しかもふぅふぅはスルーね」
恐る恐る食べてみると、ほっとする味が体の芯に染みていく。お肉や野菜のだしがよくシチューに出ており、うまみもたっぷりだ。相当しっかり煮込んだのだろう。
「おいし?」
「おいしいです」
「いいお嫁さんになれる?」
「なれる」
ウザさマックス顔から一転、顔を真っ赤に染めている。自分で聞いておいて、なんでそんなに照れてるんだか。たしかに料理はおいしいし、あくまで社交辞令的会話として「なれる」と言ったが、なれないと言った方がよかったのか。昭和の頑固師匠のごとく、「おぬしもまだまだよのぅ」なんて言った方が良かったのか。コミュ障にはこの辺わからない。
花崎さんが何も話さなくなってしまったので、シチュー皿とスプーンがかすれ合う音が規則的に響くだけになった。コミュ障が話せるわけがない。無言こそぼっち。コミュ障を謳うラノベ主人公を圧倒するコミュ障ぼっち、前田。
そんなとき、ぽつりと花崎さんが漏らした言葉は、彼女には最も似合わない、異質な言葉だった。
「私、未来でぼっちだった」
「それはどういう?」
「・・・・・・あっ!いや、なんでもない。ごめんね。変なこと言って。ほら、おかわりもあるから食べて食べて!」
聞く機会を失い、コミュ障ぼっちはもはや為す術なく、相手の会話の流れに身を任せた。
そして、皿洗いまで花崎さんが手伝ってくれた。その後、「一緒にお風呂入る?」なんてウインクしながらポージングをとって訳のわからない提案してくるので、全力で拒否しながら、丁重に玄関へふっとばした。そして「また明日!」といって嵐のように帰って行った。
「・・・・・・ありがとうございます」
誰にも聞かれない言葉がふと漏れた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そのころ警察では、犯人の取り調べが行われていた。
「一体こいつはだれなんだ!」
会議室で怒号が響く。行政上の登録はなく、調査のプロがどれだけ頭をひねっても素性がわからない。動機も不明。供述も意味不明。
「警部!」
「なんだ、そんなに慌てて」
「実は、犯人が死亡、というか爆発しました」
「はぁ!?」
取り調べ室に入ると、そこには死体はなく、砂が散らばっていた。聞くと取調べ中、急に体が激しく震えだし爆発四散したという。漫画チックなありえない話である。そして血や肉片はなく、すべて砂化したとのこと。
この話は警察署の世にも奇妙な話として、しかし語り次がれることはなく、何十年とただ記録として残ったとのことだった。
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一つ目の秘密は、碧が顔を隠し、声を変えて活動する登録者数158万人を誇るカリスマゲーム実況者「椎崎(しいざき)」であること。配信中の彼は、圧倒的なゲームスキルと軽妙なトークでファンを熱狂させ、学校での「クズ」な自分とは真逆の「カリスマ」として存在していた。
二つ目の秘密は、彼が三人の超絶可愛い幼馴染に囲まれて育ったこと。彼らは全員が同じ誕生日で、血の繋がりにも似た特別な絆で結ばれている。
習志野七瀬(ならしのななせ): 陽光のような明るい笑顔が魅力のツンデレ少女。碧には強い独占欲を見せる。
幕張椎名(まくはりしいな): 誰もが息をのむ美貌を持つ生徒会副会長で、完璧な優等生。碧への愛情は深く、重いメンヘラ気質を秘めている。
検見川浜美波(けみがわはまみなみ): クールな外見ながら、碧の前では甘えん坊になるヤンデレ気質の少女。
だが、碧が知らない三重目の秘密として、この三人の幼馴染たちもまた、それぞれが人気VTuberとして活動していたのだ。
七瀬は元気いっぱいのVTuber「神志名鈴香」。
椎名は知的な毒舌VTuber「神楽坂遥」。
美波はクールで真摯なVTuber「雲雀川美桜」。
学校では周囲の視線を気にしながらも、家では遠慮なく甘え、碧の作った料理を囲む四人。彼らは、互いがカリスマ実況者、あるいは人気VTuberという四重の秘密を知らないまま、最も親密で甘い日常を謳歌している。
幼馴染たちは碧の「椎崎」としての姿を尊敬し、美波に至っては碧の声が「椎崎」の声に似ていると感づき始める。この甘くも危険な関係は、一つの些細なきっかけで秘密が交錯した時、一体どのような結末を迎えるのだろうか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
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