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遅延新入生勧誘編

鷺宮=アーデルハイト=弥守②

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 あとは高校入学と共に修斗に会い、一緒にサッカー部に入ってもらうようにお願いすれば完璧!のはずだったのに、パパは狩野隼人と契約する代わりに私の目利きを使ってスカウティングして欲しいと頼んできた。
 そのため私は日本への帰国が遅れてしまった。
 そんな中、修斗と同じクラスになれたのは偶然だった。
 私が仕込みをできたのは入学の手続きまでで、さすがにクラスを同じにしてもりえるようなコネはなかったから。
 約1年半ぶりに修斗を見て、嬉しさのあまり思わず私は飛びついてしまった。

 しかし、感情の昂りとは裏腹に私の心が躍ることはなかった。

 それはつまり、修斗を見ても将来性に期待できる可能性が少なかったから、ということを感じ取ったからかもしれない。
 当時の修斗はその自信溢れる存在感からサッカーをしていない時でも目立ち、強者特有のオーラのようなものが見えた。
 だけどクラスで久しぶりに見た修斗からはそのオーラは感じられず、ユースで埋もれていく雑多な選手と同じだった。
 一言で言えば丸くなった。
 ギラついていたストイックな修斗ではなく、万人受けするような、そんなイメージ。
 聞いた話によると修斗は高校に入ってからサッカー部ではなく生徒会なんてものに入ったらしい。
 一般の高校生としての生活、きっとそれは修斗自身、それに周りの人達にとっても良いことなのかもしれない。
 新しい生活、それを満喫するために修斗は変わりつつあり、周りもそれを受け入れる………………。


 なんっっっにも分かってない!!!


 サッカー選手としての類稀な才能を捨てて、一般人に成り下がる?

 あり得ない。
 あり得ないあり得ないあり得ない。

 ゴールまで繋がっているレールを乗り捨てて、先の見えない不安定なレールに乗り換える馬鹿はいない。
 なんとしてでも修斗にはサッカーを続けてもらう。
 そのためだけにここまで準備してきたのよ。
 絶対に諦めない。

 今の修斗は別に好きじゃない。
 私が好きなのはサッカーをしている修斗。
 修斗にサッカーを続けてもらうためならば、私は自分の気持ちすら偽る。


 ──────────────────


「だから私は修斗が好き」

 直接的に告白をした。
 女としての魅力を使ってでも誘導する。
 修斗にはそれだけの価値がある。

「好意を向けてくれるのは嬉しい。でも俺は弥守のことをよく知らないし、恋愛感情は持っていない。だから……恋愛関係になったりとかそういうのはできない」

 結果的に断られてしまったけど、別に構わなかった。
 彼女としての助言なら聞いてもらいやすいと思っただけで、あくまでこれは修斗にサッカーを続けさせるための口実の一つ。
 本命はヴァリアブルと瑞都高校の試合。
 修斗自身のやる気を刺激し、復帰させる。


 試合当日の放課後。
 ルンルンでヴァリアブルが来るのを待っていた私は致命的なミスを犯したことに気が付いた。

(あれ…………試合があること……修斗に話したかしら?)

 話してなかった。
 狩野隼人の手配、試合のセッティング、修斗と接触。
 これらを完了させて満足していた私は、修斗に試合があることを伝え損ねていた。

(何してんのよ私のバカッ!)

 もしも修斗が既に家に帰ってしまっていたら半年間の私の苦労が全て水の泡。
 私は急いで修斗を探すためにグラウンドから校舎の方へ向かった。
 そしてこの前手に入れた修斗の連絡先を携帯から探し出し──────。

「俺達は今も激しい競争の中で戦っとる。当時のお前は確かに嫉妬するほどに上手く、才能に溢れていた。せやけどな、相手にコカされて怪我をして、ユースにも上がれんかったお前にもう価値はない。こんなところでのうのうとしとるのがええ証拠や」

「これ以上俺の親友を侮辱することは許さん!!」

 修斗を発見した。
 そしてそこにはヴァリアブルのユース生である城ヶ崎と神上もおり、なにやらケンカしているような状況だった。

「理解しとるやろ涼介! 俺達はユースで満足してる場合ちゃう! プロだけやなく、海外進出も既に視野に入れている! 終わった選手に構っとるヒマなんかないんや!」

「それを決めるのは俺自身だ! お前じゃない! それに修斗は終わった選手なんかじゃない! 必ず怪我を完治させ、戻ってくると信じている!」

 どうやら修斗の怪我を巡ってのケンカみたいだった。
 やっぱり彼も修斗を必要としているみたいね。

「1年近く球を蹴れてない奴を必要としとる奴なんかおらんわ! 誰も、高坂修斗を求めてなんかおらん!」

 正直、城ヶ崎の意見には半々で同意できた。
 サッカーを諦めた修斗に価値は無いというのは概ね同意。
 でも、誰も求めていないというのは大間違い。
 少なくともここに一人、修斗を求めている人がいるもの。

 私はこのままケンカ別れでもしてしまうと修斗が試合を見なくなってしまう可能性を考慮し、仲裁に割って入ることにした。
 なにより、修斗の好感度を上げておくにはちょうどいい機会だもの。

「そんなことないわよ」

 そして現在の修斗がどれだけ必要とされているかを事細かく話した。
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