黄昏の王国〜ヒロイン不在の乙女ゲームの世界で私が勇者をつくるまで〜

風来ほっけ

文字の大きさ
32 / 47

30・英雄は聖女に跪く

しおりを挟む
「…ヴァーナ殿。
 くれぐれも飲み過ぎませぬよう、そしてホールでは私から離れませぬように。」
 適度な振動が逆に眠れそうなくらい、無駄に乗り心地が良い王宮の馬車の中で、向かい合わせに座ったバアル様が、まるで子供に言い聞かせるような言葉をかけてくる。

「……?迷子になんて、なりませんわよ?
 もしはぐれたとしても、バアル様は背がお高いですから、すぐに見つけられましょうし。」
 飲み過ぎに関しては前科があるので素直に受け止めるが、25の女が連れとはぐれたからといって、そう問題があるとも思えず、私は少し拗ねてそう言い返した。
 ついでに言えば私もこの国の女性の平均から見れば背は高い方だし、今日はかかとの高い靴も履いているから、こんな大女が人波に埋もれる事はなかろうと思う。
 だが、バアル様の目は、それによりますます真剣味を帯びる。

「…そういう事を申し上げたのではありません。
 素面ならば救国の聖女様に、不埒な事を企む者などないでしょうが、酔ってしまった男の頭には、貴女はただの美しい女性なのです。
 ……そもそもあの時、もしあのアンダリアスが、一般的な男の美醜感覚の持ち主であったなら、どうなっていたか。
 貴女は御自分の魅力を、もう少し自覚された方がいい。」
 アンダリアス将軍か。
 あの時、何か面白い話を聞いたような気がするものの、なにぶん酔っていて細かいことを覚えていないのだが、後から聞いた話によれば、彼は胸の大きな女性が、トラウマレベルに苦手だったらしい。
『おっぱいで敵の将軍を退けた女』って、昨日のお茶の時間に母に言われたわそういえば!
『これは王国史に残るわよ!!』とも言われたが、絶対そんなことで歴史に名を残したくない。
 アンダリアスだって『おっぱいに敗北した男』などと、後の歴史学者に言われたくはなかろう。
 それはそれとして、バアル様的にはひょっとして子供扱いではなく、本気で女性としての心配をされているのだろうか?
 というか……うん、多分これは。

「……つまり、私が昔から言われております、『黙っていればいい女』的な褒め言葉ですのね?」
「ブフォッ!!」
 私の問いに、バアル様はいきなり吹いた。
 うむ、とても失礼だ。

「クッ…ぶふっ……い、いや失礼。
 な、なるほど……そういうこと、かっ………!!」
 どうやら、相当ツボ入ってるらしい。
 ……結局、バアル様はツボから脱出するのに5分ほどかかり、ようやく息を整えると、笑いすぎによる涙目で潤んだ、けれど真っ直ぐな瞳で私を見つめ、言った。

「………申し訳ありません。
 レディの前で、とんだ失態を……。
 ヴァーナ殿。
 黙っていれば、などとはとんでもないこと。
 ……貴女は『いい女』だ。」
 笑みを含んだ口元から、妙に色気のある掠れた声が耳に届き、その意味が一拍遅れて脳に届いた瞬間、私の中の何かが破裂した。

 ズッキュウゥゥゥン!!!!

 待って待ってなに今の!?
 声も口調もめっちゃセクシーじゃなかった!?
 自慢じゃありませんけど年齢イコール彼氏いない歴の25歳、雄フェロモンに耐性ありませんから!
 って本当に自慢じゃねえわ!!
 つか、そうだったそうだったよ!
 このひと、最初は枯れ系として登場して、愛情度が高まるに従って色気出してくるタイプだった!!
 けど、不意打ちは卑怯です!
 ひょっとして私を殺しにかかってますか!?

「今度そのような事を誰かに言われたなら、どうかこっそり教えていただきたい。」
「……何故?」
「私からその男に決闘を申し込みましょう。」
「なんで!?」
「騎士として、剣と忠誠を捧げた女性の名誉の為に、立ち上がるのは当然のことです。」
「いや捧げてないですよね!?剣も忠誠も!!」
「儀式が必要でしたら、今からでも。」
「やめて!」
 私の反応にくつくつ笑うバアル様の声に、そこでようやく私も、からかわれている事に気がついた。
 本心じゃない事に安心しつつ、ちょっとだけむくれる。
 くっそ、大人の男はこれだからタチ悪いな!

 …まあバアル様の場合、愛情度が一定の値を超えると、一人称が『俺』に変わり、口調も若干くだけたものになるから、一人称が『私』であるうちは、こんな軽口もからかっているだけだと判る。
 ………判るけども!
 画面越しに見るのと直接当てられるのとでは、フェロモンの威力が全然違うと思う25歳喪女なのでした。
 ってやかましいわ!!
 ……なんて思っている間に、馬車は王宮へとたどり着いた。
 バアル様の手を借りて馬車から降りて、見上げた王宮は、アンダリアス将軍との戦いの為に訪れたときとは、まったく違って見えた。

 ・・・

「神殿神官長ヴァーナ様、並びに近衛騎士団騎士教官バアル卿、ただ今御到着されました。」
 案内に従ってホールの扉の前まで、バアル様にエスコートされて歩くと、扉が開かれたと同時に、メッチャ通る声で紹介された。
 ……やめて!私に注目を集めないで!!
 と心の中で必死に叫びつつも、バアル様の隣で微笑みをなんとか崩さずに立っていられた私を、誰か褒めて欲しい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

処理中です...